宋の時代。
河南・光州の読書人・孔元挙なる者、光州城の郊外数里のところに住んでいたため、市街にやってくる途中には乱葬の壟(ロウ)を通って来なければならなかった。
「壟」(ロウ)は「つか」「墓場」。「乱葬の壟」は要するに野ざらしのしかばねがごろんごろんと転がっているような墓山である。
彼はほぼ毎日、市街にある州学(地方の官立学校)に通うのに、朝と夕方にこの墓山を通っていたのであった。
一夕、帰差晩、日猶銜山、聞有人高誦、維葉萋萋、黄鳥于飛之句、至于再三。
一夕、帰ることやや晩(おそ)く、日の山を銜(ふく)むがごときに、人の「維(そ)の葉、萋萋たり、黄鳥ここに飛ぶ」の句を高誦して再三に至るあるを聞けり。
ある晩、帰宅する時間が少し遅くなってしまい、夕日が山にちょうど隠れるころにその墓山を通った。ふと、
「葉はあおあおと繁り、黄雀はここで飛んでいます」
という古い歌の一句を大きな声で歌っているひとの声が聞こえた。その声は、二度、三度と繰り返してその句を歌っている。
この古歌は詩経の国風・周南に収められてある「葛覃」(かつたん)である。(←注も無しにこれがわかるのだから、わしはエラい、と思うのだが、屠龍の技を学ぶものには得るもの無し)
葛之覃兮、施于中谷、維葉萋萋。 葛の覃(たん)なるや、中谷に施(の)び、その葉萋萋(せいせい)たり。
黄鳥于飛、集于潅木、其鳴喈喈。 黄鳥ここに飛び、潅木に集い、その鳴くや喈喈(かいかい)。
「葛」は「つるふじ」で、その繊維をとって夏用の布を織る。自由民の主婦の立派な仕事である。「覃」(たん)はその蔓が長いことをいう。「施」は「延」の仮借。「萋萋」は盛んに繁っている様子。「黄鳥」は黄雀とも黄鸝ともいうが、要するに雀のような小鳥である。「潅木」は丈が低く群がっている木。「喈」は「やわらぐ」という意の語であるが、ここでは群れた鳥が仲良く鳴いている、というのであろう。
藤の蔓は長く、谷の中まで延びていて、その葉はあおあおと盛んである。
黄雀たちはここに飛び、丈の低い木々に集まって、仲良う鳴いておるわいな。
二連、三連があって、後半では、ヨメに来て充実した暮らしをしている若い女性に「女先生」がそろそろ一度里帰りする儀礼の時期である、と告げる、という内容の民謡風の詩で、伝統的には既婚女性の健康な生活をうたうものとされている。
この夕方に、この墓山でこのうたを歌うのはどういうひとであろうか。さすがに少しは興味も湧いた。
しかし先を急ぐ。日が暮れきってしまうまでにこの山は越えねばならん。
しばらく歩いて、墓山の頂に近いところまで来たとき、
差近、則聞声在墓間。
やや近く、すなわち声の墓間に在るを聞く。
すぐ近く、墓と墓の間からその声が聞こえてきたのだ。
「維(そ)の葉、萋萋たり、黄鳥ここに飛ぶ」
驚いて
回首視之、一物如蹲鴟、毛毿毿覆体、赤目猪喙、瞠視孔生。
首(こうべ)を回(めぐ)らせてこれを視るに、一物の蹲(うずく)まれる鴟(し)の如く、毛は毿毿(さんさん)として体を覆い、赤目にして猪の喙、孔生を瞠視す。
「鴟」(し)は「みみずく」。ちなみに、同じような方々ですが、両耳があるのが「みみずく」で、無いのが「ふくろう」らしいです。
「毿」(さん)は「毛が長いようす」。
振り返ってその方を見ると・・・、みみづくのようなモノが地面にじっとうずくまっている。そのモノは、毛は長く体を覆い、目はぎらぎらと赤く、ブタかイノシシのように口が尖っていた。そして、それは、孔青年の方を、目を大きく見開いて見つめているのだ。
孔は息を呑んだ。一瞬、体が固まったように動かなくなって、立ちすくんだ。
その瞬間、そのモノは、その口を開け、また
「維(そ)の葉、萋萋たり・・・」
と大きな声で歌うたのである。
「うわあ」
孔大駭、亟歩帰、即病、旬日死。
孔は大いに駭(おどろ)き、にわかに歩いて帰るも、即ち病みて旬日にして死す。
孔は大いに驚いて急ぎ駆け出し、後を振り返りもせずに帰宅したが、そのまま病に臥して、わずかに十日ばかりで死んでしまった。
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宋・洪容斎先生の「夷堅甲志」巻十六より。
これは12月11日のお話しとセットで読んでもらうと興味をそそられるのではないか。ただし、11日のお話しでは「その後不思議のことは何も起こらなかった」のであるが。