今日も変な話をしておきます。五代・江南の南唐国でのできごと。
首都・建康の官吏・黄廷譲なる者、ある日、親族の家での宴席に連なったのでした。
迨夜而散、不甚酔、而怳然身浮、飄飄而行、不能自致。
夜に迨(およ)んで散ずるも甚だしくは酔わず、而して怳然(きょうぜん)として身浮かび、飄飄として行き、自ら致すあたわず。
夜になって散会したのですが、あまり大して酔ってはいなかったのに、なんだか体がふわふわとして浮きあがり、自分でも思わぬ方向にさまよっていって、コントロールできなくなってしまったのです。
「怳然」(きょうぜん)は、「自失」のありさま。「呆然」というに近い。
行可数十里、至一大宅、寂然無人。
行くこと数十里ばかりにして一大宅に至るも、寂然としてひと無し。
そんな状況で数十里(一里=約560メートル)も移動したかと思ったころ、大きなお屋敷の前に出ました。お屋敷はひっそりとして、誰も住んではいないようです。
「ここは・・・?」
黄はふらふらと屋敷の中へとさまよいこんだのでした。
そのお屋敷の
堂前有小房、房中有牀。
堂前に小房あり、房中に牀あり。
母屋(「堂」)の前に小さな部屋があり、その部屋の中にはベッドが置いてありました。
黄は何だかもう疲れ果てていましたので、
寝牀上。
牀上に寝る。
そのベッドの上に転がりこんで眠ってしまったのでした。
・・・目が覚めました。
もうお日さまが昇っています。小鳥が鳴いています。朝になっていました。
黄はベッドの上に寝たはずであったのに、
乃在蒋山前草間。
すなわち蒋山前の草間にあり。
どういうわけか、(南京郊外の)蒋山の麓の草の間に寝ていたのでした。
蒋山は建康の街から、二山越したところにあります。数十里(10キロぐらい)では利かないぐらい遠くまで来ていたのでした。
黄は目が覚めた後もふらふらとしていて、ひとの道を訊ねながら何とか家には帰りついたのですが、
恍惚得疾、歳余乃癒。
恍惚として疾を得、歳余にしてすなわち癒ゆ。
ずっとぼんやりとしていて、そのまま病に倒れてしまい、一年以上も寝込んでいて、やっと治ったのでした。
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五代・徐鉉「稽神録」より。
明日も仕事になったので今日は短めに。明日も仕事なので落ち込んでいる、というか、不安でコワい。さらに明後日も出勤みたい。●ぬかも。あるいは黄廷譲のようにふわふわと、どこかにさまよい消えて行ってしまうかも。