康煕四年(1665)のことである。
●三月
獲鹿県山石裂。中有一卵、大如五斗甕、重六十斤、按之微軟、中有声。遍詢人無識者。
獲鹿県の山石裂く。中に一卵あり、大いさ五斗甕の如く、重さ六十斤、これを按ずるに微かに軟らかく、中に声あり。人に遍詢するも識る者無し。
獲鹿県で山中の石が裂け、中から一個のタマゴ(らしきもの?)が出てきた。その大きさは五斗入りのカメほどもあり、重さは六十斤にも達した。なんとも不可思議であったのは、これを手で揉んでみるとわずかながら軟らかく感じられ、また内部から音が聞こえた。多くのひとが問われたが、誰もこれが何物であるか、答えられるひとはいなかった。
「獲鹿県」(かくろく・けん)は河北(当時の言い方では「直隷」)の真定府にあり。一斗は10〜11リットル、一斤は600グラムぐらい。なので、自分で計算してみてください。
――古老たちはこの「タマゴ」の出現は、何のしるしであろうか、と心配しあっていた。
●四月
十七日、武林富陽県太
十七日、武林富陽県太
十七日に武林地方の富陽県の太
「武林」は江西の地名である。
―― 一体なにごとが起ころうとしているのだろうか、とひとびとは不安げに噂しあっていた。
●五月
初一日、山西省城雨霜三日、其色正青、所及之処、草木尽枯。
初一日、山西省城に霜の雨ふること三日、その色正青にして及ぶところの処、草木ことごとく枯る。
月初めの一日から三日間、山西の省都に霜が降った。この霜、不思議にも真っ青な色をしていて、その降ったところの草木はことごとく枯滅してしまった。
――かくのごときの異変、いにしえより無きところなり、とみな恐れおののいていた。
●七月
十二日、京師西城門地陥、広十八丈、深さ十六丈。俯視城堞宛然、下有水声。
十二日、京師の西城門の地陥ちいり、広さ十八丈、深さ十六丈なり。俯き視るに城堞宛然として、下に水声あり。
十二日、みやこ(北京)の西の城門のところの地面が崩落した。広さは十八丈、深さは十六丈にもなった。崩落した穴の中を覗き込むと、中にはひめがきの付けられた城壁の姿がはっきりと見てとれ、さらに地下からは水の音が聞こえた。
「一丈」は3メートル強。「堞」(ちょう)は「ひめがき」。西洋やシナの城壁の上に見られるギザギザのこと。
――いかなることが大地の奥で起こっているのであろうか。ひとびとはひそひそと不安を訴えあっていた。
●八月
初十日、陝西西安府蒲城県蔡鄭堡、離県七十余里、堡東南一角地裂、闊四十余丈、陥傷戸口五十余家、壓死男婦九十余人。
初十日、陝西西安府蒲城県蔡鄭堡は県を離れること七十余里なりしが、堡の東南一角の地裂けること闊(ひろ)さ四十余丈にして、戸口五十余家を陥傷し、男婦九十余人を壓死せしむ。
十日、陝西の西安府の蒲城県の蔡鄭堡という集落、ここは県庁の所在地から七十里も離れたところであったが、集落の東南の一画で四十余丈にわたって地割れが起こり、五十戸ほどの家が地割れに飲み込まれて損壊し、男女合わせて九十余人が生き埋めになって死んだ。
「一里」は当時、600メートル弱。
――陰陽の仕組みが狂いはじめているのではないか、と多くの人民は嘆きあっていた。
また、同月、
河決帰徳、冲没夏邑、永城二県。又高郵河水発、一水怪状類婦人、両角、腋有双翅、乗潮往来、所到之処、水即泛濫、淹没者甚衆。
河、帰徳に決し、夏邑・永城二県を冲没す。また、高郵にて河水発し、一水怪の状婦人に類し、両角あり、腋に双翅有るもの、潮に乗りて往来し、到るところの処、水即ち泛濫して、淹没する者はなはだ衆(おお)し。
黄河が帰徳の地で決壊し、夏邑・永城の二県が河の中に水没してしまった。また、長江の南京下流の高郵において江水が噴出したのだが、ひとびとはその中に、女のように見え、二つの角を持ち、両腋に羽の生えた「水怪」のすがたをはっきりと認めたのであった。その怪物は海水の干満に乗じて行き来し、その行くあらゆるところで水が氾濫して、沈んでいったひとの数、まことに多かった。
――ああ、怪物は今度はどこに現われるのであろうか。ひとびとは寄ると触るとその噂で持ちきりであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう疲れてきたのでこのへんにしておきます。この時期は世界の終わりが近づいている時期だったのか・・・というわけではなくて、この前も後も同じぐらいの頻度で天変地異、さらにニンゲンや怪物の妖しい行動が続々と記録されている。記録しているのは、浙江・華亭に住んでいた明→清代の一民間人・董蒼水先生(「三岡識略・巻五」及び「巻五補遺」による)。それにしてもチュウゴク中に起こった事件をどこから聞いてくるのか知らんがよく調べてくるものである。感心する。
・・・しませんか。確かにみなさんは(二酸化炭素の濃度予測も含めて)何でも知っているカシコい現代人だから新聞もネットも無い時代のひとになんか感心することは無いんでしょうね。