↓肝冷斎どのにそんなオゴリはありますまいに・・・。

 

平成20年12月29日(月)  表紙へ  三日前に戻る

やる気を失って二日休んでおりました(←注)が、月曜日になりましたので、12月22日の続き。

清・悟元道士・劉一明「通関文」より。

・・・わしは「色身関」を通り抜けたのです。肉体的なものを克服したのだ。ぎゃはは。

もはやわしは勝ち組だ。世間に暮らすおまえたちとはステージが違ってしまったと言ってもよかろう。

ぎひ。ぎひひ、ぎひひひ。

わしは、おのずと勝利の笑いがこみあげてくるのを感じた。

と、そのときじゃ。

「おい、何をにやにやしているのだ」

いつの間にか背後まで来ていた悟元道士・劉一明のやつが声をかけてきた。

――ふん。

わしは返事をしなかった。

――わしはすでに肉体を越えたのだ。仙人に近づいているのだ。道士風情が何をえらそうに・・・。

「おいおい、師匠に声をかけられて黙っているやつがあるか」

劉道士は、どこをどうすりぬけたのか、いつの間にか前方に回りこんでいて、登り坂の途中にいるわしの前に立っていた。

――く。わしが向上しようとするのを邪魔しようというのか・・・。

「そこをどいてくだされ」

わしは声を荒らげた。

「いや」

道士はかぶりを振り、

「どかぬ」

と言う。

わしはさらに声を荒らげた。

「ええい、どきなされ。いや、どけ! この道士風情が!」

劉道士は驚いて道を明ける・・・と思いきや、

にやり

といたしました。

横から童子が

「道士、どうやらこいちゅ、アレになっているようでちゅよ」

と言葉をはさむ。

「そのようじゃな」

道士も頷く。

「なにが「そのようじゃ」だ。はようどけい」

とわしが道士に手をかけよう、としたその瞬間、

どーん!

ああっ、道士が、爆発したッ!!

道士の立っていたところにはもくもくと白い煙があがり、前が見えなくなった。

「なななななんだ・・・・」

ようやく白い煙が消えると、そこには大きな関門が立っていたのであった。

そして、関門には「傲気関」という題額がかかり、関門の二階からは

「さあ、肝冷斎、自力でこの関門を抜けてみよ!」「抜けてみなちゃい!」

という道士と童子の声が聞こえてきた。

「くそ! 卑劣な手を使いおって!」

わしは関門の扉をどんどんと叩いたが、びくともせぬ。

「ああ、どういうことじゃ、色身関さえ通り抜けたこのわしほどの者が、この程度の関門も通り抜けられぬとは」

わしは自らの無力に感じ入って、その関門の前に膝まづいたのであった。

「聞け、肝冷斎よ」

二階から、道士の声が落ちてくる。

易曰、謙尊而光、卑而不可逾。君子之終也。

易に曰く、謙は尊にして光(おおい)なり、卑にして逾(こ)ゆべからず。君子の終わりなり。

周易(謙卦・彖伝)にはこう書かれている。

「謙」というのは、尊くて光輝く徳目であり、(そのひとは)身を卑しくしてへりくだるが、(そのひとを)無理に越えることはできない。立派なひとの終局の姿である。

――そうであった。わしは周易を読んだが、どうしてこの言葉を忘れていたのであろうか。

「道を学ぶ者は、まず虚心にしてへりくだる気持ちを持たねばならぬ。自らを卑しくし、小さくし、満たざるものとし、ただ自分の短所だけを見て、自分に長所があるなどと考えてはならないのだ。たとえ表に出さなくても、少しでも自分を誇る気持ちがあると、

明眼者一見、暗中留心、不肯棄捨、日久試確、即便提携。若是自矜自是之輩、縦然聡明過人、学問出衆、置于不問而已。

明眼者は、暗中の留心、あえて棄捨せざるを一見して、日久しく試し確かめ、即便(すなわち)提携す。かくの如き自矜自是の輩は、縦(たと)い聡明人に過ぎ、学問衆に出ずるといえども、不問に置くのみなり。

ひとを見るまなこの明らかな方は、心の中にひそかに持って、どうしても棄てようとしないでいる己れを誇る気持ちを、何日もかけて試し、確認して、ついには表に取り出してくるのである。このような自分を誇り、自分を正しいとしているようなやつは、たとえ聡明なること余人に過ぎ、学問は誰よりもできたとしても、相手にしてもらえないのだ。

よいか。

おまえたちが目指すものは大いなる道(タオ)であるのだぞ。そのために自らを修める行為をしているのだぞ。ひとを見下したり、ことを侮ったり、そんなことをしていて、「宝」を拾うことができるとでも思っているのか」

――うう。

わしはひざまずいたまま頭を垂れ、己れの行い、心ばえの至らなかったことを恥じた。

二階では、

「そろそろ鳴らしまちゅか?」

「いや、まだじゃ。もうちょっと言い聞かせてからじゃ」

という会話が聞こえ、継いでまた道士の声が落ちてきた。

「聞くがよい。おまえは、

自謂大徹大悟、高談闊論、目空四海、再不聴教高明、冒然下手、混作乱做、非徒無益、而又受害。

自ら大徹大悟せりと謂い、高談闊論し目は四海を空しとして、再び高明に教えを聴かず、冒然として下手して混作乱做(こんさ・らんさく)、非徒にして無益、而してまた害を受く。

自分で「大いに通り抜け、大いに悟った」と豪語して、えらそうなことを言い、大きなことを論じ、四方の天下に自分の学ぶことはもう無いように考えて、それ以上は、高度な知恵を持ったひとに教えを聴こうとしなくなったのだ。そして何もわかっていないのにいい加減に手をつけ、混乱したことばかりして、無駄無益、というだけでなく、自分にもまた害のあることをしていたのだぞ。

さらに進んで、

及弄得大病臨身、方知自錯、無法医治、後悔不及。

大病の身に臨むを弄得するに及んでは、まさに自から錯(あやま)ちを知るも医治するに法無く、後悔も及ばず。

大いなる病がお前の身体を蝕むまでそのような間違った自信をもてあそび続け、そのときになってやっと自分が間違っていたことに気づいても、もはや治癒する術も無く、後悔しても後戻りできなくなってしまう。

ことになったかも知れぬのだ。

夫道者、窃陰陽、奪造化、超生死、脱輪廻、為天地所宝、鬼神所秘。

それ道なるものは陰陽を窃(ぬす)み、造化を奪い、生死を超え、輪廻を脱し、天地の宝とするところ・鬼神の秘するところを為すなり。

よいか、道(タオ)というものは、陰と陽という世界の生成原理から盗み出し、ものを造りだす根源のはたらきである造化の力を奪い、生死の超越し、輪廻を脱け出し、天地が大切にしていること、精霊が秘密にしていること、をしでかそうという行為なのだ!

「鳴らしまちゅか?」

「よし、そろそろ鳴らせ」

「あい」

じゃーん、じゃーん、じゃーん・・・

ようやくドラの音が響いた。説教が最重要部に差し掛かったというしるしである。

吾勧真心学道者、速将傲気関口打通。尋訪明師良友、誠敬求教、把一切自見、自是、自伐、自矜等弊掃去、不容有些子埋蔵于内、作个虚心屈弱小人。

吾は勧む、真心よりの学道者よ、速やかに「傲気関」口を打通せよ。明師良友を尋訪し、誠敬に教えを求め、一切の自見・自是・自伐・自矜等の弊を把りて掃去し、些子の埋蔵も内にあるべからず、个(こ)の虚心屈弱の小人と作(な)れ。

わしは、おまえたち真心からタオを学ぶものに告げる。速やかにこの「傲気関」を通り抜けて行け。(その方法は)知恵ある師匠、よき友人を訪ね、誠実に尊敬の気持ちを持って教えを求めるのだ。そして、すべての自分の見識、自分で正しいと思っていること、自分で誇るところ、自分の矜持、それら不要なものを掃き去ってしまい、ほんの少しも内面に埋め残すことが無いようにせよ。心虚しく、すぐに頭を下げる弱弱しい卑しいニンゲンとなってしまえ。

じゃーん、じゃーん、じゃーん・・・

蓋以惟小故能大、惟卑故能高、惟屈故能直、惟虚故能実也。否則傲気満胸、目中無人、妄想明道難矣。

けだし以て、この小のみゆえによく大となり、この卑のみゆえによく高となり、この屈のみゆえによく直となり、この虚のみゆえによく実となるなり。否なれば傲気胸に満ち、目中にひと無く、妄想して道を明かにすること、難いかな。

つまるところ、小さいものだけが大きくなり、卑しいものだけが高い地位に昇り、屈するものだけが伸び上がり、虚しいものだけが実るのだからである。そうしない(いやしいニンゲンとならない)ならば、えらぶる気持ちが胸に満ちて、まなこには他人が入らなくなる。そんな妄想によってタオを明かにするのはあまりに難しいことであるのだ。

「うひゃあ、お許しくだされい」

わしは額を地面に押し付けて、道士に許しを請うた。

すると、

ぷしゅーーーー

という気の抜けるような音がした。

顔を上げて見ると、ああ、なんということであろうか。さっきまで高くそびえていた「傲気関」は白い煙を吐き出して、見る見るうちに小さくしぼんでしまい、最後は地面に立っている劉道士の手のひらの中に吸い込まれて行った。

道士の隣には、したり顔で童子も立っている。

――はて、これは幻術であったか?

と思う間もなく、

「速やかに行け、速やかに行け」

という道士の叱咤を受けて、わしは立ち上がり、また山道を登りだしたのであった。

わしの後から、ぞろぞろと他の修道者も登ってくる。

――そうか、ほかのやつらはずっとわしの後ろにいたのか。そしてわしが頭を下げているのを見て、にやにやしていたのじゃな・・・。

じわじわと、他の修道者への嫉みの思いが湧いてまいりました。新年はこの問題から始まることになるのでしょうなあ・・・。

 

(注)やる気を失って二日ほど八丈島に行っていたのである。往復で二十二時間船に乗っていたのです。多くの、おまえたちの知らなさそうな大地の秘密を知って帰ってきた。じわじわと小出しにして教えてやるです。

「何をエラそうなことを言ってるんだ、肝冷斎のくせに」

「二度とこんなことに来るものか」

と言う声が聞こえますが、わしは別に困らんのですよ。

 

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