↓魚はともだち。

 

平成20年12月3日(水)  表紙へ  昨日に戻る

天祐年間(904〜 唐の最後の年号である。907年に後梁が建国して開平という元号が建てられますが、なおしばらく唐の正朔を奉じた呉などの国では天祐の年号を使用していた)、江西・饒州に一老翁あり。

常乗小舟、釣鄱陽江中。

常に小舟に乗りて鄱陽江(はよう・こう)中に釣りす。

いつも小舟に乗って、鄱陽江で釣りをしていた。

この翁、その姓をとって柳翁と呼ばれていた。

柳翁には家族がいたが、家族のところに戻ってくるのは月に何度かで、

不知其居所、妻子亦不見其飲食。

その居所を知らず、妻子もまたその飲食するを見ず。

普段どこにいるのかは誰も知らず、また、家に戻ってきたときも、老妻も息子もじじいがものを食ったり飲んだりしている姿は見たことがなかった。

というすぐれものであった。

翁は、

凡水族之類与山川之深遠者、無不周知之。

およそ水族の類と山川の深遠なるもの、これを周知せざる無し。

水中にいる魚類等のことと、付近の山や川の奥がどうなっているか、について、知らないことは無かった。

ゆえに、鄱陽あたりで魚釣を生業とする者は、みな翁を訪い漁すべき場を問うてから出かけ、また、江中で遠く翁の舟を視認したときは笠をとって黙礼するのが常であった。

呂師造なる知事が赴任してきて、(唐末の戦乱の時代ゆえ)人夫を徴発して饒州の州城の守りを整えるべく濠を深く掘り下げたのであったが、城の北側の濠の工事に手をつけたとたん、雨が降り出して止まなくなった。役所のひとが柳翁のことに思い至ってこのことを訊ねてみたところ、柳翁曰く、

此下龍穴也。震動其土、則龍不安而出穴、龍出則雨矣。掘之不已、必得其穴。其霖雨方将為患矣。

この下、龍穴なり。その土を震動すればすなわち龍安んぜずして穴を出、龍出ずればすなわち雨ふるなり。これを掘りて已まざれば必ずその穴を得ん。それ霖雨まさに患を為さんとすなり。

この下あたりに龍の巣穴があるんですじゃ。その上の土を掘ろうとして揺り動かしたので、龍が不安になって穴から出てきたんですな。龍が出ると雨になりますから、雨が止まなくなったのじゃ。濠の掘り下げ工事を中止しないと、そのうち巣穴を掘り出してしまいますぞ。そうしたら長雨で困ることになるんですがのう。

と言うた。

工事は中止されず、

既深数丈、果得大木。長数丈、構畳之、累積数十重。其下霧気衝人、不可入。

既に深さ数丈、果たして大木を得。長さ数丈、これを構えて畳し、累積すること数十重。その下は霧気ひとを衝き、入るべからず。

深さ数丈(このころの一丈=3.1メートルぐらい)まで掘り進むと、果たして大木(の柱)が出てきたのであった。その長さも数丈、しかもそれが何本も重なりあって構造物となっており、何十重ねにもなっていたのだ。その奥の方は霧のようなものが噴き出して、ニンゲンには入れそうにもない。

これが見つかって以降は、しとしとと雨が降っていつまでも止むことなくなり、ついに知事の決断でその穴は埋め戻したのであったが、それでも雨の晴れぬ日が数ヶ月続いたという。

あるとき、呂知事の一族の者が鄱陽江で網漁をすることにして、柳翁を召して適当な場を訊ねたことがあったが、翁は南岸の一所を指差して、

今日此惟処有魚。然有一小龍在焉。

今日はこれ、この処のみ魚あり。しかるに一小龍の在る有り。

今日はあそこのあのところにだけ魚の群れがいますな。しかし、小龍がおるから、さてどうなるかのう。

と言って、にやにやと笑うのであった。

呂氏の者は半信半疑ながら柳翁の指差したところで網を入れてみると、たいへん漁獲があった。

舟中以瓦盆貯之。中有一鱓魚、長一二尺、双目精明、有二長鬚、遶盆而行。群魚皆翼従之。

舟中に瓦盆を以てこれを貯う。中に一鱓魚あり、長さ一二尺、双目は精明にして二長鬚あり、盆を遶りて行く。群魚みなこれを翼して従えり。

舟の中に陶製の大きな皿を置き、これに水を張って獲れた魚を入れておいた。中に一匹の「あなご」がいたが、体長は五十センチぐらい、二つの目はぴかぴかと光り、長いヒゲが二本あって、皿の中をぐるぐると泳ぎまわっていた。他の多くの魚は、この「あなご」の両側に付き従って泳いでいた。

「十分獲れたのう」

と呂氏の者たちが舟を操って元の北岸に戻ってきたところ、岸にたどりつくかどうか、というときに突然舟中の皿が割れ、その鱓魚を先頭に、すべての魚が江中に流れ出してしまい、とうとう漁獲は無くなってしまった。

後、

柳翁竟不知所終。

柳翁はついに終わるところを知らず。

柳翁がどこで亡くなったのかは誰も知らない(。おそらく仙人になったのでは・・・)

という。

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五代・徐鉉「稽神録」巻四より。このお話しからは、現実の世界と違う秩序の世界があるので、そちらに早く逃避すべきである、ということが明かにわかるであろう。

 

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