↓ネズよ、おまえが持って行ったのではないのか。

 

平成20年12月30日(火)  表紙へ  昨日に戻る

今日は火曜日なので、12月23日に続けて「明儒学案」より陳白沙の第二回を書く日です。

・・・と思って作業を開始したとき、

どんどこ、どんどこ、・・・・

と我が陋屋の扉を叩く音がした。

「年末の、こんな夜遅くにどちらさまですかな」

と扉を開けると、これは珍しい、宋の彭乗どのである。

「お久しぶりですなあ。しかしながら、わしはこれから「明儒学案」の・・・」

と言いかけると、

「おお、肝冷斎どの、宋代において不思議なことが起こりましたので九百年の時空を超えてお知らせにまいったのじゃ」

とおっしゃる。

「むう」

わしは呻った。

九百年も超えて、きてくだすったのだ。追い返すわけにもいかないので陋屋に招じ入れお話しを聞くことにしました。

なので、今日は「明儒学案」はお休みとなります。(新年1月6日になります)

お茶を勧めながら、

「いったいどういうことが起こったのですかな」

と問いますと、

「先だってのことでござるが、

有小児夜戯渓傍、見星墜。

小児、夜、渓の傍らに戯れて星の墜つるを見る有り。

その晩、ある家のこどもが谷川の側で遊んでいたところ、(谷川の中に)星がどすんと落ちてきたのであった。

星は、川に落ちると、

じゅう

と音を立てて煙(水蒸気)をあげた。

「うひゃあ、星が落ちてきまちたー」

と落ちたところを見ると、

得一石円如鶏卵、因携以帰。

一石の円くして鶏卵の如きを得、よりて携えて以て帰る。

鶏のタマゴのようなまるい石が落ちていたので、拾って家に帰った。

「これは星なのでちゅよー」

と家のひとたちに言うのですが、誰も相手にしてくれません。

「ぐちゅん」

こどもは、枕元に星を置き、泣きながら布団に入って眠ってしまいました。

是夕、其家大火。

この夕べ、その家に大火あり。

その晩、その家に大いに火事が起こった。

・・・家がまるごと焼けてしまったのです。ひと死にがあったかどうかは聞いておりません・・・。

さて、翌日、村人が集まって焼け跡を片付けた。

石は、

棄於道上、為一士人所得。

道上に棄てられ、一士人の得るところと為る。

道端に棄てられていたが、その形を不思議がった士人(地主階級の人)が拾って帰った。

ところが、その士人の家でも、

経数夕、又火。

数夕を経てまた火あり。

数日後、また火事が起こった。

士人はこの石が火を起したのだ、と言い、それを

棄渓中。

渓中に棄つ。

谷川の中に棄ててしまったのだった。

すると、

夜将半、復化為流星而去。

夜まさに半ばにならんとするに、また化して流星と為りて去りぬ。

その晩、真夜中になろうとするころ、再び変化して流れ星となり、いずこかに去って行ってしまった。

「・・・のですよ」

「へー、それはまた不思議な・・・」

と言いかけた時、わが陋屋の扉の前に、何かがどすんと落ちてきた。

そいつは、家の外の用水桶の中に飛び込んで、

じゅう

と音を立てているようである・・・。

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「墨客揮犀」巻四より。

この世に、ためになることもならないことも何ごとも遺さない、けれど予兆に満ち満ちた一種さわやかなお話ではありませんか。

今日が今年の最後の更新になると思います。本年もお世話になりました。来年こそは流星として去りゆく予感の中で一年を終わることといたします。みなさん、よいお年を。

 

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