朱廷禹の話、第二話。(昨日からの続き)
・・・これはわたし自身が見聞きしたこと。
江西から呉国の広陵に向けて長江を下ってきたときのことである。
一行の中に、親族の息子で、ちょうど十歳になる男の子が一人いた。たいそう利発で、身のこなしや容貌なども優しげな少年であった。
ある晩、馬当の津で船を舫い、ここで泊することにした。一行は岸に登り、近くの高地に上がって長江の滔滔たるを観望して、夕暮れの前に船に戻ってきた・・・はずであった。
しかし、船に戻ってみると、例の男の子がいない。
「これはどうしたことか」
とみなで手分けして、松明を手にあたりを探して回った。既に夜は帳を降ろし、四囲の山々では騒がしいほどに山鳥が鳴き、それに混じって猿や山犬の吠え声も聞こえる。
高い山々の間に、もう半月が隠れようとするぐらいの時刻になって、手分けして出た中の一隊の者たちが歓声とともに、帰ってきた。
得於茂林中。
茂林の中に得たり。
繁った森の中で見つけましたぞ。
と、その一隊を任せた中年の舟師は、若い屈強な下僕の背中に負われて眠っている少年を指差した。
「無事であったか」
ということで一同ほっと胸を撫でおろし、この晩は寝た。
ところが、次の朝になっても少年は、
已如痴矣。
すでに痴の如きなり。
もう阿呆のようになっていて、何かを聞いても聞こえぬふうである。
みな心配したが、さらに一日すると、
乃能言。
すなわちよく言う。
やっと話せるようになった。
その言を聞くに、
「一昨日は、みんなで高所に昇った帰り、道端の木陰から覗いているひとがいたのです。気になって何度かそちらを見ているうちに、いつの間にか
為人召去。
ひとの召し去るところとなる。
そのひとに誘われてふらふらと林の中に入ってしまっていたのです。
そのひとは、
有所教我。
我に教うるところあり。
わたしにあることを教えてくれました。」
「いったい何を教えてもらったのかね(いけないことではないだろうな)」
と問うと、
「ではやってみましょう」
と少年は、
乃吹指長嘯、有山禽数十百隻応声而至、彩毛怪異、人莫能識。
すなわち指を吹きて長嘯するに、山禽数十百隻の声に応じて至るありて、彩毛怪異、ひとのよく識るなし。
すなわち、指を口に当てて指笛をながながと吹くと、山鳥たちが数十〜数百羽、その音に応じて集まってきたのだ。その鳥たちの毛は色とりどり、まことに怪しげで誰もその名を知らないのもいた。
そのまま長江を下ってくる間、時々指笛を吹くとそのたびに鳥たちは集まってきていたが、楊州に入るとその数が減り出し、それに合わせて少年は
「これ以上東には行きたくありません・・・ちゅん」
と言い出し、鳥の真似をしたり、話しかけても鳥の鳴き声で答えたりするようになった。
そこで船中に捕え、
博訪医巫治之、積久癒。
博く医巫を訪いてこれを治め、積久にして癒ゆ。
あちこちに医者や巫医を訪ねて来てもらい、かなりの期間を経てようやく治った。
のであった。
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五代・徐鉉「稽神録」巻六より。明日はまた月曜日。鳥の真似もしたくはなりますよねえ・・・。