家に帰ってきて今日一日のことを思い出し、明日の仕事を考え、とにかくつらいので涙をこぼし・・・そうになっていたところ、突然、どこからともなく声が聞こえてきたのであった。その声は、
漢武宴于未央宮、忽聞人語。
漢武、未央宮に宴するとき、忽ち人語を聞けり。
漢の武帝(在位前140〜87)が壮大な未央宮(びおうきゅう)で宴会を開いていたとき、突然、どこからともなくひとの声らしきものが聞こえてきた。
と言うのであった。
「ど、どこだ、この声は一体どこから聞こえてくるのだ?」
とわたしも、当時の武帝も驚きながら部屋の中をあちこち見回した。
声は言う、
・・・武帝、驚いてあちこちを見回すうちに、そのひとの声らしきものは、だんだんとコトバを為して聞こえはじめたのじゃ。その声は云う、
老臣負自訴。
老臣、自訴を負う。
このじじいには、申し上げたきことがござる・・・。
「ど、どこにいるのだ、おまえは?」
と頭上を見上げた武帝は、
見梁上。
梁の上に見たり。
(当時の大建造物には天井板が無いので、柱と柱の間に架けられた「梁」(はり)の上を見上げることができるのですが、その)梁の上に、そのモノはいた。
老人である。しかし、宮殿の梁の上まで訴えのために入り込むことができる老人。もとよりまともなものではない。
長八九寸、面皴須白。
長八九寸、面は皴(ヒ)にして須白し。
背の丈はわずかに八〜九寸(20〜30センチ)、顔には深くしわが刻まれ、ヒゲは真っ白である。
その小さな老人、ふわりと梁の上から飛び降りて、
拄杖僂歩至帝前。
杖に拄(よ)り僂歩(ろうほ)して帝前に至る。
杖をつき、かがんで歩き、するする、と帝の前までやってきた。
「あ」という間も無い。側近の者たちの虚をつくような身軽さだが、武帝もただの飾り物ではない。「雄略大才」と謳われた逸物である。当然護身の心得もあり、ぴたりと身構えた。・・・だが、老人は、
叩頭、不言、仰視屋、俯視帝脚、忽不見。
叩頭し、言わず、仰いで屋を視、俯して帝の脚を視、忽にして見えず。
頭を叩きつけんばかりに下げる叩頭礼を行い、しかし何も言わず、まず上を見上げて屋根裏を見て、ついで俯いて帝の足を見、そして、かき消すようにいなくなった。
このときになって近侍のものども、ようやく騒ぎ出したが、武帝は
「ええい、静まれ!」
と大喝し、
「これ、あやかしのものぞ! なんじらの如何にかすべきものにあらず。東方朔を呼べ!」
と、博学の士・東方朔(とうほう・さく)を呼び出した・・・。
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いいところなのですが、わしの部屋の声は、
「肝冷斎よ、この話は知っておったか? まあ遅いから今日はここまでにしておくか」
と言うのです。あれ?どこかで聞いた声だな。それもつい最近・・・。
「また明日来るからね」
と言って声の主はずるずると時空の彼方に消えて行ったようである。ということで、話の続きとか声の主(すなわち今日の引用元)とかを知りたいひとは、明日の更新を待たれたい。いや、別に気をもたそうとかそんな高度なことを考えて明日回しにするのではなく、わしには明日もつらい宮仕えがあるので、もう泣きながら寝なければならぬのだ。