↑「精霊はタタリまちゅよー」

 

平成20年9月17日(水)  表紙へ  昨日に戻る

家に帰ってきた。今日も一日つらかった。明日はもっとつらいらしい。どうしてこんなにつらいのだろうと涙が頬を伝わった・・・とき、

「肝冷斎よ、昨日の話の続き、知っておるかな?」

と部屋のどこかから声が聞こえてきた。

「知りたいであろうなあ・・・」

と、わたしが何も答えぬうちにその声は続けたのであった。

・・・・・・・・・

武帝に呼び出された東方朔。帝から、先刻現われた小さき老人の正体を訊ねられたのであったが、その様子を聞いただけで即座に答えて曰く、

其名為藻兼、水木之精也。

その名は藻兼、水木の精と為すなり。

それは藻兼(そうけん)ですな。水べの木の精霊でございますぞ。

と。

「なんと、そうであったか。・・・かの者はわしに訴えることがある、と言うておったが、なんぞうるさい祟りをなす精であろうか」

東方朔、答えて曰く、

「さよう、あれは祟りまする。されど今回のことは、

陛下大興宮室、斬伐其居、故来訴耳。

陛下大いに宮室を興しその居を斬伐せんとす、故に来たりて訴うるのみならん。

陛下は大いに宮殿の造営を計画されておられますが、その材料として伐採しようとしている樹木の中に、かのものが居住する水辺の樹木が入っているのでございましょう。そのことを訴えに来たのみだと思われまする。

仰視屋而後視陛下脚足者、願宮室足于此、不更造。

仰いで屋を視、しかるのち陛下の脚足を視たるは、宮室ここに足りて更に造らざることを願うなり。

まず屋根を見上げ、それから陛下の脚、すなわち足、を見ましたのは、「宮殿はここにあるだけでも十分「足」りておられましょう、これ以上お造りになりませぬように」と願うたのでござる。」

と。

「あいわかった」

武帝はこれを聞いて、新宮殿の建造を中止したのであった。

新しい宮殿の建造に駆りだされようとしていた人民は、武帝のその決定を聞いて、皇帝の徳に感謝したとのことであり、あるいは東方朔がその交友のある精霊と相謀って、人民を苦しめる建造事業を止めさせるためにかような猿芝居を打ったのではないか、というひともあった。

・・・・さて。

それより後。

あるとき、帝が都・咸陽郊外の瓠子河(こし・が)に行幸されたとき、また、いずこからともなく聞こえてくる声を聞いた。

「だ、だれじゃ? どこから・・・」

一瞬驚いた帝であったが、落ち着いて耳を澄ませてみると、

聞水底絃歌声。

水底に絃歌の声を聞く。

河の中から、琴をつまびき歌う声が聞こえてきたのだった。

「ああ。これは怒ったり怨んだりする歌ではない。歓び迎える心のあふれた歌である」

皇帝が聞き入っていると、やがて

前梁上翁、及数年少、紅衣素帯佩纓、皆長八寸、凌波而出。

前(さき)の梁上の翁、及び数年少、紅衣素帯にして纓(えい)を佩び、皆長八寸、波を凌ぎて出づ。

いつぞやの梁の上に見かけた老翁と、それにつき従う数人の若者たち、それぞれ赤い衣を着、白い帯を締め、冠に紐をつけており、みな背丈は八寸ほどの者たちが、波の上に出現したのであった。

近侍の者たち、さすがに妖かしならんと驚いたが、帝、自若として曰く、

向所聞楽、是公等奏耶。

向(さき)に聞くところの楽は、これ公らの奏するや。

さっき聞こえていた絃歌の声は、おぬしらの演奏するところであったか。

対して、老翁、深く一礼して曰く、

以前帰訴、蒙陛下息斤斧、得全其居。故相慶楽耳。

以前帰訴し、陛下の斤斧を息(や)むるを蒙り、その居を全うするを得たり。故に相慶して楽しむのみ。

その節はわたくしめが訴え出ましたところ、陛下に伐採をご中止いただき、おかげさまにて住居を全うすることができましてございます。ために、わたくしどもの種族にてお互いに慶びあって、歌を歌っていたところでございました。

老人は若者たちに目配せし、波の上で再び演奏をはじめたので、帝は水辺でその曲を聞いた。この曲は聞く者の寿命を数年延ばす力がある不思議な曲であり、聴いているうちに帝の鬢に混じっていた白いものが黒く変わり、また近侍の者の中には曲がっていた腰が伸びたという者もあった。

曲終わり、帝がたいそう満足していると、老翁は数人の若者に命じて、径二寸ほどの赤い珠を持ってこさせ、これを献上した。

帝がこれを手に取ると、老翁、

「これぞ

洞穴赤蚌珠(どうけつせきぼうしゅ)

なり。これを捧げて帝のご恩に酬いんと思う。」

と言上し、再び一礼すると、その眷属ともども段々と波間に沈んで見えなくなってしまった。

・・・・・・・・・肝冷斎、ここで思わず

洞穴赤蚌珠、とは、これ如何なる珠ぞ?」

と質問してしまった。

「肝冷斎よ、知りたかろうのう・・・」

と言いながら、押入れから出てきたのは、任ムさんでした。

「なんだ、昨日からの謎の声は任先生だったのですか」

「そうだったのじゃ。もちろん「述異記」にも書いてある話じゃよ」

それならそうと言っていただければよろしかったのに。

ということで謎の声の正体もわかりましたので、「洞穴赤蚌珠」についてはまた明日ご教示いただくことにいたします。明日生きて帰って来ることができたら、ですが・・・。

 

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