↑人間がコワくなければ故郷にも帰りたいのでございますが。

 

平成20年9月25日(木)  表紙へ  一昨日に戻る

これは唐の終わりころのお話である。

湖南・鄂州の小将であった某は、もともと農家の出身で、その妻は隣村の富家の女であった。

州に出仕してみて、某はさらに出世を夢見るようになり、州の豪族と姻戚になることを考えた。

そうすると現在の妻が邪魔である。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある日の朝、某は妻とその侍女一人を誘い、帰寧(夫婦で妻の実家に挨拶に行くこと)のために郊外の村へと出かけた。

(数時間後)

その日の午後、某はただひとり、

奔告其家、号哭云、為盗所殺。

その家に奔告し号哭して云う、「盗の殺すところとなれり」と。

妻の実家に駆け込んできて、泣き叫びながら「(妻は強盗に殺されてしまったあ!」と告げたのであった。

妻の実家のひとたちは驚き嘆き、その死体だけでも納めようと某を伴って強盗に襲われたという場所まで行ったが、そこは滔滔と流れる長江のほとりであった。

「強盗は、妻と侍女を殺して、長江に死体を投げ込んでしまったのです」

死体は江の流れに運ばれてしまい、二度と浮かび上がることはなかった。

某は、死体が無いまま葬儀を執り行った。

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数年の月日が流れた。某はこの秋には郡内の豪族の女と結婚することになっていたが、官位はなかなか進まず、怏怏とした思いを抱えていた。そんなある日、長江下流の広陵まで州の用務で出かけることとなり、長江のほとりの逆旅(旅館)に宿泊したのである。

旅館で旅装を解き、くつろいでいると、窗の外に

見一婦人売花。

一婦人の花を売るを見る。

ひとりの女が花を売っているのが目に入った。

某は、その女をまじまじと見た。そのうちにその女の方も某に気がついたようで、

再拝。

再拝す。

二回、頭を下げて拝礼した。

「お、おまえは・・・」

「だんなさま、お久しうございます・・・」

それは、強盗に殺された、と某が世間に報告したところの、侍女であったのだ。

問為人耶鬼耶。

問う、人たるか鬼か。

「おまえは、生きた人間か?それとも死者なのか?」

某は、おびえたような顔をして、搾り出すような声で問うた。

答えて言う、

人也。

ひとなり。

人間でございます。

往者為賊所撃。幸而不死。既蘇。

往者、賊の撃つところとなる。幸いにして死せず。既に蘇る。

先つごろ、盗賊に頭を殴られて江に投げ込まれ、そのまま気を失っていたのですが、幸いにして死なず、蘇ることができました。

そして、商人の舟に拾われ、その舟で下働きをしながらこの街まで来て、ここに住み着いている、というのである。

「そ、そうか・・・。おまえはいま、「盗賊に頭を殴られた」と言うたが、その盗賊の顔を見たのか?」

「いえ。背後から突然撃たれたものですから。救い上げられた舟の上で、みなさんがわたしと奥様の傷を見て、おそらくそんなところであろう、とおっしゃっておられました。舟のみなさんにだんなさまも同行していたことを申し上げると、おそらくそのひとも江に流されているだろう、とおっしゃって、そのあたり一帯を探して回ってくださったのですが、とうとうだんなさまは見つからず、水底に沈んでしまったのではなかろうか、と諦めたのでございました」

「そ、そうか、賊の顔は見ていないのだな。わ、わしもそのとき後ろから一撃されて気を失ったのだが、わしは岸のすぐ近くの岩に引っかかって気を取り戻したので、助かったのじゃ。・・・それはそうと、ということは、妻も生きているのか?」

「はい」

侍女は答えた。

「わたくしと

与娘子売花給食而已。

娘子と花を売りて食を給するのみ。

奥様と交代で花売りをして、その日その日の食べ物を何とか得て、生きてきたのでございます」

娘子何在。

娘子、いずくにありや。

妻は、どこにいるのだ?

「すぐ近くに、住んでございます」

可見之乎。

これを見るべきか。

「会えるか?」

「もちろんでございます」

そこで、某は、侍女の後に従って、二人が寓居している家に向かった。

「たいへんむさくるしいところでございますので、驚かないでくださりませ。それと・・・」

「なんじゃ?」

「商人の舟に救い上げられ、だんなさまをお探ししたとき、だんなさまは見つからなかった代わりに、これが流されていたのでございます・・・」

侍女の指し示したものを見て、某は一瞬「う」と呻ったように見えた。

侍女がさっきからついていた杖である。

杖と見えたが、それは鉄を仕込んだ護身用の武器であり、これで打てばひとの頭も砕ける程度の重さがある。

「それは江に投げ込んだはずの・・・あ、いや。そ、そうか・・・それが、流れていたか」

「はい。まるで生死の間をさまようように、ゆらありゆらりと流れておりました・・・」

侍女はそう言うて某を振り向き、にんまりと笑ったのであった。(鉄を仕込んだ重い杖が、水に浮かんで流れていた?)

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続く。太平広記巻一百三十「鄂州小将」より。出世するのはたいへんなことのようでございますよ、ひっひっひ・・・。

ところで、一応わたくしの師匠筋になります岡本全勝さんが麻生総理秘書官に就任した、とご自身のHPに書いてありました(確認したいひとは肝冷斎の表紙からリンクしてあるので見に行ってください)。そういえばテレビニュースで麻生総理の後ろに立っているのを見たような気も・・・。

 

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