↑吸えば命の泉涌く。

 

平成20年9月30日(火)  表紙へ  昨日に戻る

長月も、はやつごもりとなりましたなあ。

我が肝冷斎も蕭条としてさびしくなってきました。最近は時空を越えた「おともだち」もお見えになっておりません。

客去空斎夜二更   客去りて空斎 夜二更、

缾茶再汲石泉烹。  缾茶(へいちゃ)再び石泉を汲みて烹る。

月沈漏少人初定   月は沈み漏は少なくして ひとは初めて定まり

秋静吟蛩四面声。  秋静かにして吟蛩(ぎんきょう)四面の声。

本朝・市河寛斎(1749〜1820)の「客去」七絶にございます。

「缾」(ヘイ)は「水を汲む具」「瓶」。「漏」(ロウ)は水時計の水。これが少ない、とは、水時計の水溜めに入れられた水が時間とともに滴って、水溜めには残りわずか、すなわちずいぶんと夜が更けたことをいっている。「蛩」(キョウ)はもちろん「こおろぎ」である。

 客も帰り、わしの部屋にはわし一人。夜も更けてまいった。

 瓶のお茶も冷えてしまったので、また泉から水を汲んできて、お茶を沸かしている。

ぐつぐつぐつ・・・

 半月ももう地平に沈み、水時計の残りも少なく、ニンゲンどもはようやく眠りについたようじゃ。

静かな秋の夜に、鳴き歌うこおろぎの声のみ、四方から聞こえてくる。

本日は風雨激しく、こおろぎの声もしないのです。こんな日は読書してはやく眠るにしかず。

そこで、本朝・宮川政運※の「俗事百工起源」を閲していたところ、煙草について、「牛馬問」なる書を引いて、次のような異称を掲げてあった。

※宮川政運は江戸のひと、寛政八年(1796)頃生、元治二年(1865)以降没。父・志賀理斎は伊賀者なりという。

1淡芭菰

2淡婆姑

3返魂草

4担不帰

5煙花

6相思草

7該肉果

8金絲煙

9返魂煙

10朝鮮人は、緑南草、南霊草と云う。

上記1〜10のうち、1・2・4はタバコの音訳であろうことは明らかである。

以上。勉強終わり。今日も勉強になった・・・

と思ったのですが、また次なる疑問が湧いてまいりました。

なぜタバコをタバコというのであろうか。

@    スペイン語のTabacoより、かくいうのである。さればスペイン語でTabacoというのは何故か。というに、西インド諸島トバゴの原産ゆえである。

というのが通説であるが、「俗事百工起源」には正徳年間(1711〜16)の「結髦居別集」の説として、

A    淡婆姑(タンバコ)は、南蛮国の女人の名なり。この女、痰を患うること久し、この草(たばこ)を服して治す。ゆえに名とす。

という有力説を引いてあった。

そうか、タンバコという女のひとの名前から付けられた名なのか。いかにもありそうなことだ。

@はカリブ海の地名、Aは西洋の人名が語源だ、というのである。

どちらが正しいのであろうか、読者諸姉諸兄も御考えいただきたいものである。

ちなみに私事ですが、肝冷斎は中年に至ってタバコを止めた、というか心身の衰えにより吸えなくなってしまって、この八年ぐらい吸ってない。喫煙所や喫煙車の中でタバコの副流煙を吸うと、青春の頃を思い出してしばし懐かしく、また悲しくなるのである。また心行くまでタバコの吸える心身に戻りたいものである。

 

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