↑初日の出じゃのう。

 

平成21年 1月 1日(木)  表紙へ  一昨日に戻る

謹賀新年。

年の初めですので、お年玉を差し上げようと思ったのですが、みなさんの預金口座を知らんので、代わりに知識を差し上げます。

晩年の近藤富蔵が自作の煙草入れに刻んだ四句銘。短いので、十回ぐらい繰り返し読んで覚えておきましょう。

汝木之贅物、  汝は木の贅物にして、

我人之疣物。  我はひとの疣物なり。

同病偏相憐、  同病ひとえに相憐れみ、

作忘憂草筐。  忘憂草の筐(はこ)と作りぬ。

おまえ(煙草入れの材料となった木切れ)は、もともと木にできたこぶではないか。

わしは(殺人して流されてきた)、ニンゲンのいぼのようなはぐれものである。

同じような病いにある者だと思えばひいきして愛情を注いでしまい、

おまえを「忘憂草」(ここでは「たばこ」のこと)の入れ物にしてやったのじゃ。

今年のわたしのテーマもこれなのです。

わしも疣のようなものなのであるから、今年中に、イボがとれるようにあるいは消えてしまうこともあろうか、と予告しておきます。

・・・ただし、わたくしは、近藤富蔵さんのように二十代で隣人一家を七人斬殺して流罪くらったひとと一緒にされるほどのイボではありません。

それにしても、このひとの壮年期・老年期の精神状態というのが理解できないのである。世田谷一家惨殺よりもたくさん殺したのだ。「罪を償った」とか「第二の人生」とかいうのはゲンダイの造られた何かであって、それも理解できないのだが、彼は十九世紀はじめにコロしてから六十年生きて、しかも宗教者等として生きたのではなく地方の文化人・趣味人として生きたのである。どんな気持ちで毎晩あたたかい布団の中で眠りについたのだろうか。

想像であるが、彼を「支えた」のは、(武士とか旗本とかのでさえない)進歩的文化人としてのすごいエリーチズムだったのではないのだろうか。

――わしは罪びとなのだ。

と思いながら八丈に行ってみたところ、田舎では漢文も和文も書けて西洋の学問も理解できるような人間が回りにはおらぬ。

――わしはやはり役に立ち、評価されるべき存在なのだなあ。

と思ったのではないでしょうか。

近藤富蔵ファンのひともそうでないひとも、新年早々イヤな気持ちになるような話題でしたね。しかし、社会そのものが暗いので、暗い話題となるのです。わたし一人の責任ではないのだ。わたしがみなさんを新年早々「いい気持ち」にして差し上げる義務も無いみたいだし。

本年もよろしくお願いします。(近藤富蔵さん自体を知らないひとはWikiで調べてください。ちなみに、わたしは中学校の教科書で習った。キレイごととして。)

 

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