浜松と島田に行ってましたので、表面上は二日サボっていた形になっております。何をしに行っていたのか。転職準備か?
さて、突然ですが、置塩棠園というひとをご存知ですか。「おしお・とうえん」と読みますよ。・・・と質問してみたものの、「文豪」の森鴎外と付き合いのあった人だ、ということですから、みなさんはよくご存知なのでしょうなあ。
わたくしは郷里に深い関わりのある方でありながら長く知らなかった。このたび、ご縁があって知ったところである。この年まで知らなかったのは恥ずかしいことだとさえ思う。が、みなさんはよくご存知でしょうから恥ずかしくなくていいですのう。
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それはさておき。
1月5日(月)の続きです。
次の関門まで来ました。
他の修道者たちは、先週の「嫉妬関」でわしに差をつけてずっと先に行ってしまったから、もう既に通り抜けているはずである。遅れを取り戻さねばならない。わしは少し焦りながらその関門に到達した。
この関門は、真っ赤な、炎のような色の壁と、どす黒い屋根が特徴的である。しかし通り抜けるのは容易そうだ。なにゆえとならば門扉は開け放たれているのである。
「これは簡単に抜けられそうじゃな」
とわしは意気揚々と関門の下に到達した。
扉の前にひとりのじじいが立っている。みすぼらしい身なりをし、弱く、かつ愚かそうなじじいだ。
「物乞いにしか見えぬな・・・。しかし、わしは強い心を持っているから働きもしない者には情はかけぬぞ」
と言いつつ、わしはそのじじいを押し退けて通ろうとした。
すると、じじいは踏ん張ってわしの邪魔をするのだ。その力はなかなかのものである。
焦っていたわしは頭に来た。
「ええい、じじい、そこを退け!」
切れたのである。
「よいか、わしは修道者なのだぞ、お前のようなくそじじいが邪魔をしていいような存在ではないのだ!」
と怒鳴りながら、わしはそのじじいをぶん殴ってでも通ろう、と拳を振り上げた・・・。
が、じじいの動きの方が速かった。
わしはじじいに足を引っ掛けられ、そこにもんどり打って倒れたのである。
わしは立ち上がり、
「くそ、じじい、もうカンベンならん!」
とほんとに頭に来た。もう許さん!とじじいの方に突進しようとした・・・そのとき、じじいが、言うた。
真心学道之士、行動如処子、養気若嬰児、以柔弱為先、以和平為本。
真心の学道の士は、行動は処子の如く、養気は嬰児の若く、柔弱を以て先と為し、和平を以て本と為せ。
本当に心からタオを学ぼうとする者であるならば、その行動はおとめのごとくつつましやかに、気を養うことは赤ん坊のように天真に、(そのように)柔らかで弱いことを表に出し、和やかで平らかな心であることをもととしなければならん。
その声、朗々としてその場に響いた。
わしはその声の響きに、毒気と度胆を抜かれた。合わせて腰も抜かしてしまった。
その場にへなへなと尻餅をついてしまったのである。
負けました。
みじめだ。
じじいは、尻餅をついたわしを見下ろすと、にやりと笑って、
「劉一明のやつが来たようじゃからな、後は任すとしよう」
と言うと、関門の向こうへ行ってしまった。
そこへ、悟元道士・劉一明とお供の童子が追いついてきたのである。二人はわしのアワレな姿を見て、
「やや、肝冷斎が腰を抜かしていまちゅよ」
「おお、おそらく老師に怒鳴られたのであろう。わはは、いい気味じゃ」
と言うて笑うのであった。
「さて、老師の術に当てられたのであれば、気を入れなおしてやらねばならんな」
道士はわしの前に回ると、払子を振りながら、言うた。
「肝冷斎よ、関門の題額が見えるか」
わしはそのとき、はじめて関門の題額を仰いだのであった。
「は、はい・・・、「暴燥関」にござります」
「しかり。心が焦り、切れて爆発するのが「暴燥」である。
@ 釈迦ムニ仏は前世で忍辱仙人となって、ばかにされても怒らずに我慢し、ついには仏となったのである。
A 太上老君は、ひとから「この牛め」といわれれば「牛でございます」と答え、「この馬め」といわれれば「馬でございます」と答えて我慢して、ついにタオの教えの元祖となったのである。
B 金〜元の真人・邱長春(きゅう・ちょうしゅん)は、かつて人のためにその糞を嘗めさせられたことがあったが、それを忍んで、ついにはタオを大成したのである。
C 明の真人・張三丰(ちょう・さんほう)もまた、一時期周囲のすべてのひとたちから罵られ、卑しまれたのであったが、じっと耐え忍んで、ついには成道の大事を成し遂げたのである。
以上、とりあえず四例を挙げたが、タオを学ぶ吾らは、ひとからの侮蔑には耐え抜かねばならず、怒りを暴発させるようなことがあってはならないのである。
暴気、燥性一発、元神出室、大火焼身、津液涸而正気散、内而喪真、外而敗徳、性乱命揺。暴燥之為害豈小焉。
暴気・燥性一たび発せば、元神は室を出で、大火は身を焼き、津液は涸れて正気散じ、内にして真を喪い、外にしては徳を敗り、性乱れ命揺らぐ。暴燥の害を為す、あに小ならんや。
破裂しそうな気分・燃焼しそうな性質、これらがひとたび爆発すれば、精神の中の神はその部屋から出てしまい、大いなる火がそのひとの身を焼き、体内の貴重な生命のエキスは涸れてしまい、正しい気はばらばらに散ってしまい、内面ではほんとうの在りかたを失い、外面ではひととしてのあるべき姿から遠ざかる。本当の生命は乱れ、揺らいでしまうのだ。「暴燥」の害をなす結果は、どうして小さいということができようか」
そう言うて、師匠は、わしに優しく語りかけた。
「さあ、肝冷斎よ、そろそろ立ち上がるがよい」
そういわれたが、わしの腰は立たない。
「だ、だめです。わしはもうダメなのです・・・」
「ふん。自分で何とかしようという気持ちの弱い、依存型のニンゲンは術を抜くのも面倒じゃな・・・」
道士は、しゅ、しゅ、と二度、わしの面前で払子を振ると、
「ぐがーーーーー!!!!!!!!」
と大声で怒鳴った。
わしはびっくりしまして、その反動で「うひゃあ」とついに立ち上がったのでした。
しかし、わしは腑抜けて、顔はとろんとし、足はふらふらしていた。
「おお。それじゃ、その、愚か者の感じじゃ、肝冷斎よ、わかってきたではないか。それが大事じゃぞ」
じゃーん、じゃーん、じゃーん・・・
吾勧真心学道者、速将暴燥関口打通。作个有気死人、装个無心痴漢、如愚如訥、如聾如唖、人罵也如此、人打也如此、人憎嫌也如此、人毀謗也如此。心似冷灰、心如凍冰、無一些児熱気蔵内。方是跳出暴燥関口。
吾は勧む、真心の学道者よ、速やかに暴燥関口を打通せよ。かの気有るの死人と作し、かの無心の痴漢を装い、愚なるが如く、訥なるが如く、聾なるが如く唖なるが如く、ひとの罵しるやかくの如く、ひとの打つやかくの如く、ひとの憎しみ嫌うやかくの如く、ひとの毀ち謗るやかくの如くあれ。心は冷めた灰に似、心は凍れる冰の如く、一些児の熱気も内に蔵する無し。まさにこれ、暴燥関口を跳出せん。
わしは、心からタオを求める修道者に勧める。速やかにこの「暴燥関」を抜けて行くがよい。生命を持ったままの死人ように、精神無き痴れもののように、おろかで、口下手で、耳聞こえず、言葉発せず、ひとに罵られ、ひとにぶたれ、ひとに憎まれ厭われ、傷つけられ謗られるがよい。
そうすることで、おまえの心は冷えた灰のように、あるいは凍った氷のようになり、ほんの少しの熱気も内に持たなくなるのだ。そのようであれば、この「暴燥関」を容易く通り抜けることができよう。」
「へ、へえ・・・い・・・」
わしは卑屈に答え、ふらふらと「暴燥関」を潜り脱けると、ふらふらとまた山道を歩き出した。
道士の声がなお、背後から聞こえる。
「「老子道徳経」にいう、
上善若水。水善利万物不争、処衆人之所悪。故幾于道。
上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪むところに処(お)る。故に道に幾(ちか)し。
「たいへん善いもの」は水に似ている。水は、よくすべての物の役に立つ。しかも争うことなく、みんながいやがる低いところへ低いところへと流れて行く。だから、タオに近いのだ。
と。
つまり、よくひとに下る者がひとより上なのであり、よくひとより弱くある者がひとより強いのじゃ。よくそのことを肝に銘じて振舞うがよい。もしそのように振舞わないならば、「暴燥」が心の中に住みつき、
只知有己、不知有人、只知用強、不知用弱、任性而行、随心而作、妄想明道難矣。
ただ己れの有るを知るのみにして人の有るを知らず、ただ強を用いるを知るのみにして弱を用いるを知らず、性に任せて行い、心に随いて作し、妄想して道を明かにすることは難いかな。
ただ自分のことばかり考えて、ひとのことを考えない。ただ強い力だけを用いて、弱いことによる利益を知らない。自分の本性に従って行動し、心に思ったままのことをする。こんな状態では、間違った思いを抱くばかりでタオを明らかにするのは困難であろう。」
わしは肝に銘じたのであった。
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清・劉一明「通関文」より。