閉塞すれば閉じられた蓋をこじ開けようとする力も強まるものだ。さような時代に暮らす者は、気をつけねばならぬぞ。
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唐代も終わりに近く、塩商・黄巣が乱を起こし、一方、大尉の高駢が軍権をほしいままにしていて、時の皇帝は愚物とは言いがたい僖宗であったが、乱の鎮圧に努めるよう臣下の高駢のご機嫌をとらねばならない――という、既に乱れに乱れた中和年間(881〜885)のこと。
科挙に合格して進士の資格を得た趙中行であったが、性質は極めて豪傑で、任侠の行動を旨としていた。
蘇州の禅院を旅舎として滞在していたとき、楊州からやってきた一人の女商人があって、その禅院で亡き夫のために追善の式を行った。
この女、ただものではない。まだ年のころは三十になるかならぬかであるが、もともと大富豪のひとり娘、夫の家産も継いで江南一帯の交易者たちにその名を知らぬ者は無い、荊十三娘という女であった。
十三娘、禅院の僧から趙中行のひととなりを聞き、その風采を覗き見て、
「これはいい男だね」
と大いに気に入り、趙と語らって、遂に、
同載帰楊州。
同載して楊州に帰る。
同じ車に載せて(男女の関係となったことを示す)楊州の本拠に連れ帰ったのだった。
楊州に同行した後、趙は
以気義耗荊之財、殊不介意。
気義を以て荊の財を耗(ついや)すも、ことに意に介さず。
義理人情に任せて荊家の財産を損耗させたのだが、本人はそのことを少しも気にかけなかった。
そのあたりにまた十三娘は惚れ込み、何くれと世話女房として尽くしていたのであった。
あるとき、趙の友人・李正郎なるものが荊家にやってきた。
早速、趙は十三娘をまじえて酒宴を開いたのだが、李は鬱々として楽しまぬ風情だ。
「一体なにが気にかかるのか」
と問うに、李、突然泣き出して、以下のように訴えた。
――李には長年、惚れた歌い姫があったのだが、この歌姫自身の気持ちは知らず(李に言わせれば彼に惚れているのであるが)、その父母(実の父母であるかどうかは知らぬ)が、彼女を諸葛殷という男に売り払ってしまった。
――彼女を奪い返すことはもはやならぬとしても、自分と、そして彼女の(と李は信じている)気持ちを踏みにじった彼女の父母が憎く、何としてもこの恨みを晴らしたいが、諸葛殷の屋敷に父母もともに引き取られているため手が出せぬ。
「・・・兄者、わしは悔しいのだ」
というのである。
「むう」
さすがの趙もうなった。
諸葛殷は、このころ名うての道士である。どこで修行したのかは知られぬし、道士仲間ではその術に疑問を呈する向きも多かったが、彼には呂用之という相棒がいた。そして、この呂用之という「山師」は、大尉・高駢――皇帝を越える権力を持ち、壮年を過ぎて、不老長生の術によって永遠の享楽を得たいと考えていた――の寵臣であった。呂用之は同じ傾向を持つ諸葛殷を高駢に紹介して、二人は高家のお抱え道士となって、高駢の欲望を利用してその富のおこぼれをいただいていたのである。(←「旧唐書・高駢伝」による)
友人の李の心をこの権力の寄生虫のような男に踏みにじられた趙は、顔を真っ赤にして怒りをこらえているが、さすがに何も言わぬ。
傍らにいた荊十三娘もまた憤懣やるかたなさそうであったが、ついに、
此小事、我能為郎仇之。
これ小事なり、われよく郎のためにこれを仇せん。
「それは大したことありませんわ。李さん、わたしはあなたのために、かたきを討ってあげましょう。」
と言い出したのである。
旦請過江、於潤州北固山、六月六日正午時待我。
旦、請う、江を過ぎて潤州・北固山にて、六月六日正午時に我を待て。
「どんな危害が及ぶかも知れませんから、あすの朝、あなたは長江を渡ってしまってください。江の向こうの潤州の北固山の麓で、六月六日の正午にわたしが現われるのを待ってくださいな。」
それを聞いて、李は、
「すまねえ、姉貴」
とその場にひれ伏した。
「おい、おまえ・・・」
「あんたは黙ってなよ」
と言われては趙も「ふん」と鼻で嗤って、しかしにんまりと笑い、
「しようがねえ女だなあ」
と杯をふくんだのであった。
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六月六日というと「雨降って傘さしてあっという間にコックさん」という歌を思い出します。思い出しませんか。そうですか。
閑話休題。
その日、李が北固山の麓に行って待っていると、やがて、二頭の馬にまたがって、趙と十三娘が現われた。
「李さん、お待たせしましたかしら」
「いや、大したことはありやせん。で、姉さん、首尾の方は?」
十三娘は隣の趙の方に目線をやると、趙は苦笑いしながら、
「ほらよ」
と、背負ってきた大きな袋を、馬上から李の方に投げて寄越した。
「おおっと、こいつは重い・・・。いったい?」
李が袋を開くと、
以嚢盛妓。
嚢を以て妓を盛れり。
袋の中には、例の歌姫が、入れられていた。
歌姫は、猿轡をかまされて、おびえたような目で袋の中から李を見上げている。
「おお」
あんぐりと口を開いた李の方へ、
「李さん、こちらも約束でしたわね」
と十三娘も、これは小さめの袋を投げて寄越した。
小さめといっても腋に抱えるほどはある。
「これは・・・」
とこの袋を開くと、
致妓之父母首。
妓の父母の首を致せり。
歌姫の父母の首が入っていたのであった。
「わたしたちはお尋ね者になったから、ここからいなくなります。李さんも気をつけて」
「ふん。もう二度と会うことはないだろうけどよ」
縛られたままの歌姫を抱えながら、呆然と立ちすくむ李に声をかけると、二人はいずこともなく消え去って行った。
後に二人の姿を浙江で見かけたひとがあるというが、
不知所止。
止まるところを知らず。
どこに身を落ち着けたのかは、誰も知らぬ。
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だそうです。孫光憲「北夢瑣言」より。こういう話は好き嫌いあるでございましょう。わたしはあまり好きではないのですが。
このお話しが元になって、十三娘は十三妹となり、どんどん大きな武闘小説になっていくらしいのですが、そのことはまた他日のお話とさせていただくのでございます。