↑地仙ちゃんの体型では「弓腰」は無理!

 

平成21年 1月15日(木)  表紙へ  昨日に戻る

今日は成人の日です。あれ? どうしてお休みではないのかちら。

さて。

唐・元和(憲宗の年号。806〜820)の初めごろ。

春のうらうらの宵、ある役人が酔って役所の一室で眠ってしまったのでございました。

夜中、床(ベッド)の中でふと目を覚ますと、部屋の向こう側に立てられていた屏風の手前で、何人かの女性が、「踏歌」(歌いながら踊る)していた。

その歌はかくのごとし。

長安女児踏春陽。  長安の女児 春陽を踏む。

無処春陽不断腸。  処として春陽 腸を断たざる無し。

舞袖弓腰渾忘却、  舞袖・弓腰すべて忘却、

蛾眉空帯九秋霜。  蛾眉むなしく帯ぶ九秋霜。

 (あたしたち)長安の若い女は春の陽気の(表出した大地の)上で踊っている。

 (大地の上は)どこもかしこも春の陽気でいっぱいで、(そのことゆえに逆に悲しくて)はらわたが断たれるようだ。

 (いずれの日か)袖をひるがえして舞うことも、腰を弓なりに曲げて踊ることも、みんな忘れてしまって、

 (あたしたちの)蛾の触角のように美しい眉が秋九月(旧暦)の霜のように白くなり(←年老いて髪も眉も白くなることをいうのである)、青春が虚しく消えていく時がくるのだから。

字面だけを追いかけると

「人生の真理をとらえた悲しい歌だなあ」

と思うかも知れませんが、そんなひとは世界の表面だけしか見ないシロウト。(女のひとにすぐ騙されてしまいまちゅよー。)

この歌は、若い舞姫たちが酒宴で、羅衣(うすぎぬの衣)を翻して官能的な舞いとともに、歌うのである。媚びるような眼で中・壮年の官吏たち(当時の妓女の多くは、官吏たちの宴席に必要なため官が保有している官妓である)を誘い、その歌舞の間、別の女たちが濃やかな酒を彼らの杯に注ぐのだ。

彼女らの歌は、

「・・・だから、今このときは享楽すべきでしょう?」

という意味合いの「淫歌」なのである。

ところで、少し個人的な感情を申し上げさせていただく。

なんだかすごくハラ立ってきた。唐代の官吏どもめ、自分らだけいい目に会いやがって。わたしにもハニートラップの分け前が欲しいものである。

・・・ところが、よく考えると唐の時代の官吏は、宋以降の、試験で選ばれてくる地方の中流程度の農家出身者を含むレベルの階層の出のやつらではなく、生まれ素性自体が一般人民とは違う「貴族」の一族であるのでした。フジワラの○○とか、フンヤの○○とか、アリワラの××とか、そういう類である。「役人」ではなく「貴族」さまだ、と考えれば、それぐらいの特権は当たり前・・・に感じてくるから不思議ではありませんか。

閑話休題。

酔いから覚めた役人は、この歌舞する女たちの姿をベッドの中から呆然と見つめていたのであるが、そのうち、

其中双鬟者問曰、如何是弓腰。歌者笑曰、汝不見我作弓腰乎。

その中の双鬟(そうかん)の者の問いて曰く、「如何ぞこれ弓腰」と。歌者笑いて曰く、「汝、我が弓腰を作すを見ざるや」と。

その中で、頭の上に「わげ」(髪を束ねて丸めたもの)を二つ作っている髪形の女が、踊りながら歌っている女の一人に

「ねえねえ、「弓腰」ってどんなのよ?」

と質問した。

歌っていた女は答えて言うた。

「あなた、わたしが「弓腰」をするから、ご覧になればいいのよ」

「弓腰」はテレビなどで見たひともあると思いますが、からだを腰のところを支点にのけぞらせて、横からみると弓のように見えるポーズをとること、です。

答えた女は、

乃反首、髻及地、腰勢如規焉。

すなわち首を反らせ、髻(もとどり)地に及び、腰勢規の如し。

「規」は「コンパス」。「コンパス」は解説するまでもありませんと思いますが円を描くための道具ですね。

そのまま首を後ろ向きに反らせた。女の体は異常に軟らかく、驚いたことに、頭のてっぺんが地面がついてしまった。腰のところを支点にしたコンパスのような形になってしまったのである。

これは、もはやニンゲンの姿ではない。

役人が驚いて「うわ」と口にすると、女たちは一斉にすごい目を彼の方に向けた。

その目のすごきこと。

役人は背筋に冰のような寒気をおぼえたが、次の瞬間には、女たちは無言のままで、順番に屏風の上に飛び上がり、そのまま宙に吸い込まれるように消えて行ったのであった。

役人はしばらく身動きもならなかったが、

亦無其他。

またその他無し。

それ以上のことは何も起こらなかったのである。

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唐・段成式「酉陽雑俎」巻十四より。

ああ、みなさまの文句が聞こえてきます。

「だから何なのだ」

と。

だから何なのだ、ということに答えられるようなタイプの知性とか感性を持っていれば、こんなお話し読むひまがあったら資格の勉強でもしてるアルよ。強いていえば、同じ「まともでない女性」のお話しならば、昨日の「荊十三娘」のお話しよりこちらのタイプのお話しの方が上質に感じませんかあ。と問題提起がしたい、というぐらいのことアル。

欧米的な知識と感性をお持ちのみなさんは、わしの頭を「ぺちん」と叩いて「東洋か!」とお怒鳴りになるがよいだろう。

 

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