晋の大博物学者・張華さまの逸話を二つ紹介する。
その一。
華は自分の家で、特別な酒の醸造を研究し、これに成功した。
ある日友人が来てその酒を所望したので、必ず一杯だけで終え、また飲んだ後は華のいうとおりに行動することを約束させて、地面に埋めた鉄の甕から特別な酒を汲んでこさせた。
この酒、自ら名づけて
九醞酒(きゅううんしゅ)
という。「醞」(うん)は「醸」(じょう)と同じく「かもす」の意であるから、九度醸造し直した濃度の高い酒である。
この酒を二人、一杯ずつ飲んだ。
それだけで二人はともにたいへん酣暢(かんちょう。お酒に酔ってのびやかになる様)した。
気持ちよくなった張華は、
令左右転側。
左右をして転側せしむ。
お付のひとを呼んで、(自分を)ごろごろと寝返りを打つように転がらせた。
華は、このお酒を一人で飲んだときにはいつもそうさせていたことであるので、お付の者も馴れたものであった。
友人にもそうするように言うたが、友人はいい気持ちになっていると見えて、にこにこしながら頷くばかり。張華はそのまま寝てしまったが、お付の者は一晩中彼を転がして寝返りを打たせ続けた。
友人の方はたいへん気持ちよさそうにしばらく座にあったが、夜半に車に乗って帰宅してしまったのであった。
翌朝、友人が帰宅したことを知った張華は、
必死。
必ず死ねり。
「ああ、必ず死んでいることであろう。
あたらよき友を死なせてしまった」
と嘆き、使いの者をやって安否を問わせたところ、その家では既に主人を哭する声が聞こえ、葬儀の準備を始めていた。
様子を聞いてみると、その家の主人は夜半に帰宅して気持ちよさそうにベッドに入ったが、朝になって家人が起こそうとしたところ、
腹穿、腸流床下。
腹穿たれ、腸床下に流れたり。
腹に穴があき、はらわたがとろりと溶けてベッドの下までこぼれ落ちて死んでいた。
というのである。
しかし、その死に顔はたいへん心地良さそうであったということだ。
肝冷斎思えらく――
漢の時代の故事を記した「西京雑記」に、
漢制、宗廟八月飲酎。用九醞、太牢、皇帝侍祠。以正月旦作酒、八月成、名曰酎、一曰九醞。
漢制、宗廟八月に酎を飲む。九醞・太牢を用い、皇帝侍祠す。正月旦を以て酒を作り、八月に成る、名づけて酎と曰い、一に九醞と曰うなり。
漢の国制によれば、皇帝の先祖を祭る御霊廟では、八月に(特別なお酒である)「酎」(ちゅう)を飲むことになっていた。このときには、お神酒には「九醞」(九回醸し)を用い、お供えには「太牢」(牛肉)を用い、皇帝自ら祭祀に立ち会ったのである。正月の朝に仕込み、八月にできあがるお酒を「酎」といい、また「九醞」ともいった。
という。張華の醸造した酒は、この漢室の儀礼用の秘密酒と名前は同じであるが、果たして同じものであったのかどうか。今となっては確認するすべもない。
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その二。
五岳のひとつとして信仰の対象でもある嵩山には、地底に続く大きなほら穴があった。
甚だ深く、その底がどうなっているのか、誰も知らなかった。
あるとき、
有人誤堕穴中。
ひとの誤りて穴中に堕つるあり。
あるひと、誤って穴の中に落ちてしまった。
中有草堂、二人囲棋。
中に草堂ありて、二人棋を囲めり。
穴の底には、草ぶきの粗末な建物があって、中では二人のひとが向かい合って、囲碁を打っていた。
落ちてきたひとに気づくと、彼らは碁盤を見つめたまま指図して、
飲其人以白酒一杯。
そのひとに白酒一杯を以て飲ましむ。
そのひとに白く濁った、酒らしきものを一杯飲ませた。
さらに「あっちへ」と指差すので、
行一火井、井旁有物如青泥、食之不餓。
一火井に行くに、井旁に青泥の如き物ありて、これを食らうに餓えず。
そちらへ行くと、中から炎のちらちらと出ている井戸があり、その傍らに青い泥のようなものがあった。(囲碁のひとの指示するとおりに)その青泥のごときものを食ったところ、ハラが減るということは無かった。
そのひと、その後、どこをどうしたかは明かではないが、
半年許、乃出。
半年ばかりにしてすなわち出ず。
半年ほどして、ようやく穴から出てきたのであった。
肝冷斎思えらく――
このひとの食った火井の傍らの青泥の如きものとは、
@
火井は石炭ガスに引火したものであろう。そのそばにコオルタアルがあったのである。このひとは、コオルタアルを食う特異体質のひとだったのだ。
A
火井の炎は天然ガスに引火したものであろう。その熱により周辺にいわゆる粘菌類が大量に発生しており、それを食ったのである。
のいずれかであろう。どちらであるかは読者のご判断にお任せするところである(まあ知恵のあるやつは・・の方を選ぶよね。ぷぷ)
さて、このことはすぐに都に伝えられ、大博物学者・張華にも報告された。
張華、報告を聴くや即座に、
所飲者玉漿、所食者龍脳石髄也。
飲むところのものは玉漿、食らうところのものは龍脳・石髄なり。
最初に飲んだのは「玉の霊水」であり、食ったのは「龍の脳みそ」「石の骨髄」である。
と答えたのには、みな驚いたことであった。
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張華さまは相変わらずすごいなあ。
二話とも、梁の殷芸(いん・うん)の撰した「小説」、すなわち「殷芸小説」に書いてあることである。本に書いてあるのだから本当のことであろう。なお、「殷芸小説」の本体はご存知のとおり現在すでに佚しているので、南宋の曾端伯が編集した「類説」(巻四十九)所収に拠った。
閉塞せる現実を忘れて高尚の世界に遊びたいもの・・・だが、明日もまだ平日なのですなあ。