今年は春が来るのでしょうか。
毎年、冬になると心配になる。気象学者どもは「当たり前だろ。大丈夫じゃ」と言うのであるが、本当に大丈夫なのだろうか。天さえ落ちてくるかも知れぬこの世の中で、大丈夫などということがあるのか。米国型資本主義さえ大丈夫ではなかったではないか。
・・・ところで、「大丈夫」というのはどういう状況をいうのでしょうか。
普通にはこの成語は、次の「孟子」の記述によるとされる。
――戦国時代、滕の町の市の広場。(古代ギリシアの「アゴラ」のような場所を想像してみてください)
群衆の中で、突如、景春というひとが大声で言った。
これは、議題を立てたのである。
公孫衍、張儀、豈不誠大丈夫哉。一怒而諸侯懼、安居而天下熄。
公孫衍、張儀、あに誠に大丈夫ならざらんや。ひとたび怒れば諸侯懼れ、安居して天下熄(や)む。
公孫衍と張儀はいずれも戦国時代の魏のひと、諸侯に外交・内治の権謀術数を説いて重用され、天下を動かした「説客」といわれるひとたちである。特に張儀は強大な秦の国にほかの国々がどう対抗すべきか、について、蘇秦の合従(ほかの国々が同盟して秦に当たる)の説を破り、連衡(各国がそれぞれ秦と同盟を結ぶ)を唱えて秦の威を高からしめた(「史記・張儀列伝」)ことで名高い。
公孫衍と張儀こそ、まことの大丈夫というべきではなかろうか。彼らがひとたび意志を明かにして(その戦略を説いて回れば)、諸侯さえ恐れ不安になるし、安らかに落ち着いているときは天下も安らかになるのだから。
「このわたしの立論について、みなさま如何思われますか」
異見がある者は反論せよ、というのである。
古代の自由人たちは議論好きであるから、「わいわい」「がやがや」と何やかや言いながらひとが集まり出した。
と、そこへ
「待て待てい」
と眼らんらんとしてヒゲぴんぴんと張り、六尺豊かなおじさんが現われたのであった。
「おお」
ひとびとは道を空けた。
「あ、説客の孟軻だ」「うるさいぞ、こいつは」「景春はやられるぞ」
とざわめいている。
孟軻は「景春よ。おまえはまだ礼を学んでいないのか?」と皮肉っぽく呼びかけ、次いで広場の隅々まで聞こえるようなでかい声で言うた。
是焉得為大丈夫乎。
これ、焉(いずく)んぞ大丈夫たるを得んや。
その二人のような者がどうして「大丈夫」といわれることができようか。
よいか。
丈夫之冠也、父命之。
丈夫の冠するや、父これに命ず。
男が元服して大人になるとき、はじめて冠を着けるが、このときは父親が大人になるための注意をするのである。
これに対し、
女子之嫁也、母命之。往送之門、戒之曰、往之女家、必敬必戒、無違夫子。
女子の嫁するや、母これに命ず。往きてこれを門に送り、これを戒めて曰く、往きて女(なんじ)の家に之(ゆ)けば、必ず敬い必ず戒め、夫子に違う無かれ。
女が大人になってヨメに行くときには、母親が娘に対していろいろ注意をするのである。母親は嫁入りの日に、城市・村落の門のところまでこれを送って行き、注意して曰く、「ここから出かけてこれからのお前の家に行ったら、必ずあちらさんを敬い、必ずいろんなことに注意しなければならないのだよ。そして夫子(お前の夫)の言うことに逆らってはいけないのだよ」と。
以順為正者、妾婦之道也。
順を以て正と為すは、妾婦の道なり。
(このように)ひとに従順であるのを正当とするのは、女性のあるべき姿である。
孟軻がわざわざ「妾婦の道」について論じたのは何故か。南宋の朱晦庵は、
○さきほどの二人のやり方は、主君に阿り、権勢に従順なだけの「妾婦の道」(おんなのくさったようなやつ)なのじゃ。
というためであったと注し(「孟子集注」)、そのダンジョキョウドウの理を知らぬ阿呆さをさらけだしているのも、現代から見れば可笑しいかぎりである。
これに対して、大丈夫の道とは、
居天下之広居、立天下之正位、行天下之大道。得志与民由之、不得志独行其道。富貴不能淫、貧賤不能移、威武不能屈。(A)
天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行く。志を得れば民とともにこれに由(よ)り、志を得ざれば独りその道を行う。富貴も淫するあたわず、貧賤も移すあたわず、威武も屈するあたわざるなり。(A)
天下という大きな家に住み、天下という広い立場から意義のある地位に就き、天下に通ずる大きな道を行くものである。志を得てしかるべき地位に就けば、人民とともに「道」に従った行動をとり、志を得ずしてその地位を失えば、たったひとりで「道」に従った行動をとる。富貴の中にあってもその心がけは変わらず、貧賤の中にあっても変わることなく、武器で威しても変わることがない。
此之謂大丈夫。
これをこれ、大丈夫と謂うなり。
こういうひとを「大丈夫」というのじゃぞ。
朱晦庵先生はこれにもいろいろ注をつけてくれているが、ダンジョキョウドウの理を知らぬ以上、その言葉は聞いてもらえないであろうから、ここでは紹介しない。
景春、その言葉に反論するあたわず、やがて孟軻の弟子となったという。
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以上、「孟子・滕文公篇下」に書いてあった。
孟軻というひとは、以前も書いたと思うが、若いころは読むのがつらかった。しかしある年齢まで来たら突然孟軻というひとが好きになった。一生懸命なひとは(自分の周囲にいるのでない限り?)微笑ましくさえ思うのである。それにしても(A)の言葉は美しいでしょう。・・・と思いませんか。わたしは、口頭で唱えているととろんとしてくる。本宮ひ○志先生の作品みたいに、頭の働きを止める?効果があるのかも知れぬ。
今日はとある場所で、つくば山と富士山が両方見えてびっくりした。