昨年12月29日に続き、清・悟元道士・劉一明「通関文」より道を究めんとする者の通過せねばならない関門について、報告します。
今回は前回の予告どおり!に、第八関門「嫉妬関」に進んでまいりました。
・・・山道の向こうに関門が見えてきたころ、回りには霧のようなものがたちこめはじめ、同時に、わしと同様にタオを究めんとする修道者たちの姿が増えてまいりました。こやつらは、わしが前回の「傲気関」で師の悟元道士から手ひどく叱られているときに、後ろに控えて笑っていた(と思われる)やつら。「傲気関」以前の各関門も、どうせわしより楽をしながらすいすいと脱けてきたに違いないのだ。ひとが苦労して関門を脱けているというのに、こやつらは楽に・・・。
関門の前まで来ますと、閉じられた門扉の前に、劉道士と助手の童子が立っている。
わしら数人が最初に到達したので、わしらが通してもらえるかと思ったのですが、どういうわけか、道士は修道者が十何人も集まったところでやっと払子を振り上げ、関門に掲げられている題額を指し示した。
「見よ、タオを学ぶ者たちよ。この関は「嫉妬関」である。たやすく見えてこの関門を脱けるのは意外と困難なのだ。なんじらはみなで助け合ってこの関門をも通り過ぎて行かねばならぬ。この関門はそうしなければ通り抜けられぬのであるから・・・」
「お待ちあれ」
わしは、つい道士の言葉をさえぎってしまった。もうどうにも我慢ならなくなっていたからである。
「おお、尊敬する劉道士よ。我が敬愛は道士とともにあります。しかしながら、そのお言葉はあまりにも偽善に満ちておりますぞ。よろしいですか・・・」
わしは他の修道者らの顔をぐるりと見渡した。えらそうなやつ、愚かそうなやつ、不安そうなやつ、老若男女いるが、みなよくよく見ればわしより劣っている点もある。わしより恵まれる必要の無いやつらなのだ。
「・・・ここに集っているやつらのほとんどは、わしとは違い、何の苦労もせずにここまで来たやつらなのです。こやつらに易々と関門の通り方を教えてはなりませぬ。それこそタオのためであり、道士の名誉のためでもなり、引いてはこやつらのためでは無いでしょうか!」
道士は黙ってわしの顔を見ている。
しかしひるむわけにはいかぬ。タオのため、道士の名誉のため、こやつらのためであるのだ。わしは勇気を出して、
「尊敬する道士よ、どうか、楽ばかりしているこやつらはきちんと懲らしめ、わしのように苦労した者を大事にしてくだされ」
と言いはなった。
道士、この言葉を聞いて、しばらく茫然としていたが、ややあって
「ぷ・・・ぷぷぷっ・・・、わあっはっはっはっは・・・」
と笑い出した。
横で童子も笑い出している。
「ぷぷぷー、こいちゅ、やられまちたねー」
「わはは、まったくじゃ。こうも簡単に「嫉妬霧」にやられるやつがおるとはなあ」
と道士は払子でわしを指しまして、
「この関門に近づいたときに、立ちこめた霧のように見えたのは、無味無臭のおそろしい「嫉妬霧」、それを吸った者の心に働きかけ、他のひとたちを妬ましく思わせる心理的な毒ガスなのじゃ。このガスは知らぬうちにおまえたち修道者の心を蝕むのである。ただ、安心せよ。この嫉妬関を通り抜ければその効果は無くなる。また、普通の者は心に少し影ができるぐらいで、言葉にしたり行動に移したりはせぬ。特に志の弱い者、自己中心的な者、楽がしたくてしかたない者などがガスに中毒しやすいのであり、この肝冷斎はおそらく最後の類であろう」
と言うたのである。
「な、なんとおっしゃる・・・」
わしは道士の方に向けて一歩踏み出したが、道士が、しゃ、しゃ、と払子を振ると、その場から足が動かなくなった。
「肝冷斎よ、今、毒気を抜いてやったから、お前はしばらくすれば正気に戻るであろう。まずはみなとともに我が話を聞け」
夫修真者、修性命也。性命二字、人人具足、個個円成、処聖不増、処凡不減。既人人有性命、則知大道為公共之物、人人可以明大道、人人可以作仙仏、是在信心志士自修自証耳。
それ真を修むる者は性命を修むるなり。性命の二字は人人に具足し個個に円成し、聖に処して増さず、凡に処して減らず。既に人人に性命有れば、すなわち、大道は公共の物たりて、人人以て大道を明かにすべく、人人以て仙仏と作すべきなるを知らん。これ、信心の志士の自ら修め自ら証せるにあるのみ。
ああ、本当のことを学び身につけるということは、本当の命を学び身につけようとすることなのである。本当の命、というものは、すべてのひとにあり、それぞれに成し遂げられていくものであり、聖人のものだからといって増えるのではないし、凡人のものだからといって減る、というものではない。(このように)すべてのひとに本当の命があるということを理解すれば、大いなるタオはみなでともにするものであり、ひとはみなこのタオを明らかにすることができ、ひとはみな仙人や仏さまになれる、ということがわかるであろう。このことは(言葉でわかるものではなく)、信仰心のある堅い志の立派な人間が、自分で身につけ自分で確信するしかないのであるけれども・・・。
この確信に至るための修行の中で、必要なものは、自分自身の志を除けば、賢明なる先生(「明師」)と良き朋友(「良友」)なのだ。
蓋良友之益、有半師之功。借彼之有知、以益我之無知、借彼之所能、以済我之不能。利益甚多。
けだし、良友の益は師の功の半ば有り。彼の知有るを借りて以て我の無知を益し、彼のよくするところを借りて以て我の不能を済す。利益甚だ多し。
つまるところ、良き朋友の利益は、師匠の功績の半分ぐらいにはなる(全体の三分の一ですね)。良友の知っていることを借りてくればわしの知らないことを知ることができるし、良友のできることを借りてくればわしのできないことをすることができる。その利益は大きいとは思わんか。
ところが、世間には次のようなあほうがおるのじゃ。
自無志気、朋友勧勉、反加不愛。自有過犯、朋友規戒、即起無明。不但不聴、且懐嗔恨。
自ら志気無く、朋友の勉むるを勧むるに、反って不愛を加う。自ら過犯ありて朋友規戒するに、即ち無明を起こす。聴かざるのみならず、かつ嗔恨を懐く。
自分がやる気が無くているときに、友人からがんばるように言われて、逆に相手に対して怒る。自分が間違ったことをしでかしているときに、友人から注意を受けて、明察を失う。どちらも、言うことを聴かないだけならともかく、恨みや怒りまで持つというのだ。
道士はわしをじろりと見た。
わしは、さっきまでの勢いはどこへ行ったのであろう、道士の視線を受けて、目を伏せてしまった。
「そういうやつは、
見人善而不知遷之于善、自本無過而嫉人自致其過、居心拐杖、日学日下、学于下愚不移之地矣。
人の善を見てこれを善に遷すを知らず、自らもと過ぐる無くしてひとの自らその過ぐるを致すを嫉み、心に居りて杖を拐し、日に学べば日に下り、下愚移らざるの地に学ぶなり。
ひとさまの良いところを見ても自分も良くなろう、と思うこともできず、自分がもともとひとより優れていないくせにひとさまが優れている点をさらに進めているのを見て嫉み、心の中で杖を振り回して、毎日努力しているつもりでも毎日のように堕落していって、(孔子が、わしが)いくら教えても変えようが無い(と嘆いた)「下愚」のレベルまで落ちていくのである。
ただ、安心するがよいぞ。(道士はまたわしの方を見て笑ったようである。目を伏せていたのでわからぬが・・・)
さらに下がいるのじゃ。
有一等不知高低之非類、見人言道、当面歯笑、見人修行、暗中毀謗。
一等の高低を知らざるの非類ありて、ひとの道を言うを見ては面に当って歯笑し、ひとの行いを修めんとするを見ては暗中に毀謗す。
どこが高くてどこが低いのかも知らぬニンゲン以下のやつもいて、ひとがタオについて語るのを聞いてはその面前で歯を見せて笑い、ひとが行いを立派にする努力をしているのを見てはいないところで謗る、というやつらじゃ。
そこまで落ちたやつらはこの関門まで来ることさえできなかったであろう。
よいか。
地蔵菩薩ははるかな過去の世に「すべてのひとが成道してから、わしは成道します。それまではずっとひとを救済する仕事をします」とおっしゃった。
唐の道士・呂洞賓は世間のひとを尽く救ってから、仙界に飛翔する、という誓いを立てて、今も世界を経巡りながら、困ったひとを助けておられる(はずな)のだ。
そのような伝説まで遡らなくても、南宋のころ、等しく重陽道人を師匠とした七人の高弟たちは、道人が仙界に登られたあと、七人の中の馬道士を師匠として仕え、ついにみな手を携えて成道の大事を成し遂げたのじゃ。
お前たちはこのひとたちを見習い、嫉妬の心を無くさねばならん」
「ああ!」
わしは、ついにその場に崩れるように跪き、地に額をつけて道士と他の修道者たちに懇願した。
「わしが誤っておりました。どうか、どうか、わしを許してくだされい」
じゃーん、じゃーん、じゃーん・・・
道士の声がする。
吾勧真心学道者、速将嫉妬関口打通、大同無我、只把自己攻苦磨煉。尊人之長、示己之短、低頭作事、誠心前進、走過一歩是一歩、行的一功是一功、存聖賢之心、存聖賢之行、終久了的聖賢事業。否則、嫉妬満腔、愈学愈壊、好人且不能作、何敢望聖賢。
吾は勧む、真心より道を学ぶ者よ、すみやかに嫉妬関口を打通し、大同無我にしてただ自己をとりて攻苦磨煉せよ。ひとの長を尊び、己れの短を示し、低頭して事を作し、誠心に前進して、走過すること一歩これ一歩、行うこと一功これ一功、聖賢の心を存し、聖賢の行いを存し、ついに久しくして聖賢の事業を了せよ。否なれば、嫉妬腔に満ち、いよいよ学べばいよいよ壊し、好人すら作すあたわず、何ぞあえて聖賢を望まんや。
わしは、おまえたち、真心からタオを学ぼうとする者たちに勧める。すみやかにこの嫉妬関の関門を通り抜けて行け。大いなるものの前ではみなが同じであること、個人など意味がないことを理解して、ただ自分を責め、錬磨せよ。ひとの長所を尊び、おのれの短所をはっきりさせ、頭を低くさげながらことを為していけ。真心を持って、一歩づつ、一事業づつ、着々と進んで行くがよい。聖人賢者の心を持ち、聖人賢者の行動を真似していけば、いつの日にか聖人賢者と同じことが成し遂げられるであろう。
そうでないならば・・・。ああ。おまえの体中には嫉妬の思いが満ち満ちて、学べば学ぶだけ壊れていくだろう。「よいひと」にさえなれはしないのに、どうして聖人賢者を望むことができようか。
――わしは、だめだ。
わしは、嫉んでしまったのだ。もう聖人や賢者にはなれるはずがないのだ。
わしはその場に跪き、顔を地面にくっつけて、泣いていた。
関門の扉は道士の手によって「ぎぎぎ」と重い音を立てて開かれ、他の修道者たちは次々とそこを通り抜けて行くのに、わしは、立ち上がって他のひとたち、劉道士や童子などにも合わせる顔も無いと思い、自分が情けなく、すべてに絶望したのだ。
・・・と。そのとき。
わしの後から来た修道者のひとりが、この哀れなわしの肩を抱え、そっと助け起こしてくれた。
そして、次にやってきた修道者の誰かが、わしの背中を叩いて前へ進むように促がしてくれた。
さらに、次にやってきた修道者のひとりが、わしの足がなかなか進まないのを見て、わしの腕をつかみ、ぐい、と前に引っ張ってくれた。
ようやくわしは、彼らが、わしなんかと一緒に修道の山に登ることを望んでくれているのだ、と知って、
「ああ」
と嘆息すると、自らの力で歩き始めたのである。
――これが師の功に半ばするという良友の益であるか。
わしがそうやって何とか嫉妬関を通り抜けたのは、修道者の群れの一番最後であった。
「こいちゅで最後でちゅ」
まだ劉同士と童子はそこに残っておられ、道士はわしが通り過ぎるの見届けて、
「よし、では閉じるぞ」
ぎぎぎ・・・
と、再び重い嫉妬関の門扉をお閉めになられたのであった。
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ああよかった。落伍せずにすみました。しかし、ほっとする間もなく、すぐに向こうの方に新たな関門が見え始めた・・・。
ところで突然ですが、みなさんは現在日本全国に何人ぐらい仙人がいると思いますか。もちろん(いい加減な)推測で、ですが・・・。→答えは明後日に明らかにされるであろう。