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明日はお前の「誕生日」おめでとう。s33年「本署」に居た私に「日本原ちゅざいしょ」にゆく辞令が出た。まだ結婚もしてないのに「高校をそつぎょうしたんだからいっしょに行け」との命令である。 ママもえらいところで信用されて、とりあえずの荷物を纏めて、署の自動車で、パパ、ママ、おばあちゃん、3にんを送ってくれた。近所の人も大勢来てくれた。おばあちゃんの「親戚」もあり助かった。 |
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病院は津山一でも子供が出て来ない。私もおばあさんも困った。 3日位で生まれた。次は名前だ。s33・34頃『夕起子』(由かもしれん)という「ラジオドラマ」の「ヒロイン」が居た。それにあやかろうと考えたが、其の儘ではいけないので「由紀子」とすれば、「品」があるし、利口そうだ、それに「紀」の字は「尊い」のだ。 |
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大阪万博について。 事業も良い時だった。 すずは覚えていないというがお前は11歳、良く覚えているだろう。 家族全員、時には親戚まで連れて行ったものだ。 |
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長女の想い出 倉敷青陵高校の2年か3年の頃、何処かから推薦があったのだろう「ミス・ユニバース」へ連れて行けという。車で広島ホームテレビ迄行き、尋ね尋ねて会場まで行った。美人ばかりで圧倒された。然し並み居る美人を跳ね除けて最終予選までいった。通ったら「東京」迄行かねば成らん「良かった良かった」と私は思ったがお前は残念であったらしい。その後東京に出てから、ミスインターナショナルの東京代表になった。 |