思うに…。(Essay)

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・畳替えと期待(2009.4.26)
・コラムとエッセー(2006.1.29)
・万年筆の感触(2005.5.3)
・ゆとりの時間
・秘密基地
・わが街、矢上団地
・老いを想う、死を覚悟する
・ハウステンボス

畳替えと期待

09燃えるツツジの色  わが家では18年ぶりに畳替えをした。畳表は赤茶けて、へりは擦り切れていかにもみっともなかった。2階の寝室の畳は、10年ほど前にホットカーペットを敷いた影響でイグサが蒸れてしまい、表面がぼろぼろとはがれて服にひっつくありさま。本当は昨年の暮れに変えるつもりだったが、夫婦とも親の容体の不安定などが続き実行を見合わせた。そしてやっと、今月22、23日に実現した。

 畳替えに際して、私はある期待をしていた。最近、不眠傾向にあるので、イグサの真新しい匂いで意識が落ち着き、眠りが深くなるのではないかと、思っていた。だが、期待通りにはいかず、睡眠不足はいまだに続く。

 不眠解消の期待が科学的根拠に裏打ちされたものだったかは知らない。以前、イグサの効能をそう聞いていたように思う。しかし、人間、思ったほど物事は期待通りにはならないもんだなと達観していられる。今までと違うのが、期待外れでもさほどがっかりはしない。がっかりすることには慣れてしまったのかもしれない。いや、本当は期待はしていなかったのかもしれない。期待するむなしさを知っていたから…。

(2009.4.26)

コラムとエッセー

06年の初日の出  エッセーとコラムの違いがなかなか分かりにくい。ホームページを更新するようになって、しばしばそう思う。

 エッセーは随想であり個人的な感想、コラムは評論である。かくいう本欄「思うに…。」の英語名はいつの間にか?「コラム」から「エッセー」に改称した。何故なのか、これを評論というにはおこがましいと思ったからだ。「思うに…。」は明らかに個人的な感慨、感想であり、評論と言えるほどの主張は入っていない。およそコラムのレベルにないと判断した。

 ただ、どちらにしても書くのは難しい。それぞれ見識と、豊かな感受性がものをいう。素人目ながら、一番読む機会の多い新聞でも、掲載されたコラムやエッセーに優劣を感じることがある。

 唐突だが、2006年の初めに、私の「あるべき文章像?」を考えてみる。シンプルに考えた。(1)平明な文章に努める(2)屁理屈で私見を正当化しない(3)冷静な判断ができる環境で書く─など。

 読者の少ない個人のホームページだが、これくらいは常に心しておきたいと考えている。(ちょっと、大上段に振りかぶったかな…)

(2006.1.29)

万年筆の感触

ハート型の雲  部屋の片付け、引き出しの整理をしていて、社会人になった当時に使っていた万年筆が数本見つかった。その一本を二十数年ぶりに使ってみる。ワープロにはない、書くという実感が、指から手首に、腕にまで、そして頭にまで伝わってくる気がした。なんと、初めてではないのに新鮮なのだ。

 最近、言葉を思い出せないことがある。ワープロ(ソフト)の場合、読みで入力・変換して、「そうこんな字だった」と確認して書き進めていくのだが、万年筆に限らず、ボールペン、鉛筆で文字を書くときは、まず文字を瞬時に想起する。そうしないと書き進めることはできない。当たり前のことなのだが、改めて文字を書いてみてそのことを実感した。そしてそれは、ワープロにはない感覚だった。

 もちろん、ワープロがだめだと言っているのではない。これも当たり前なのだが、ワープロは文字がきれいだ。書き直しも容易にできる。文節の入れ替えだって簡単だ。実際、この文章は万年筆でメモ紙に書いたのだが、こうしてワープロで入力し直している。少し文章も書き直した。それに、日付とファイル名をつけておけば、後々の整理に非常に便利だ。

 要は文字を手書きするという感触から、このようなとりとめのない起稿をしてしまったのだが、少しだけ充足感を味わった。自分の時間を過ごすという“ゆとり”を感じた。さあ、引き出しに眠っている?万年筆を探してみてはどうだろう。新鮮な感覚が甦ってくるかもしれません。

(2005.5.3)

ゆとりの時間

長崎港  ホームページを昨年8月に立ち上げて6カ月目に入った。つたないデジカメ写真を入れるようになって、少しオーバーかもしれないが生活に潤いを感じるようになった。というか、好きだった写真撮影という趣味に意欲を取り戻しつつある。

 わたしはどちらかというと会社人間なのだろうと思う。責任感が強く(これは悪いことではない)、些細なことも気にするタイプだと自己分析している。与えられた仕事はそつなくこなすように訓練して、いつか後輩たちもそうするように説き、手本を見せようとする。合理性を説き、無駄な作業を省くよう求める。それが、会社にとって最も好ましい社員像なのだと、信じて疑わないようになった。

 ただ、こう書いたからといって、わたしが会社の柱として仕事をし、後輩をも一目置かせる辣腕のサラリーマンだと誇示しているのではない。単に型にはまった人間になり、自分自身でも個性のない、面白くない人間になってしまったと、近頃感じるようになったから嘆いているのだ。

 つまり、この嘆きを解消するために、今後はもう少し自分を取り戻す努力をしようと、年頭に当たり思いを新たにした。ゆとりの時間はあらゆる工夫をして合理的に、時には割り切ってつくらなければならない。2005年のコンセプトはこういうことだ。

秘密基地

西山水源地  「ホームページを作って、コミュニケーションの輪を広げたい」。趣旨はその一点。でも、ここで考えた。昔からコミュニケーションをとるとか、コミュニケーションを実践するのが上手ではなかったはずだ。どちらかというと、人溜まりからいつのまにか逃れようとする自分の姿ばかりが記憶にある。少年時代、青年時代、壮年時代のいずれもそうだった。とすると、この目標は絵空事になってしまうのか。

 いや、不得手だったからこそ、コミュニケーションにあこがれ、バーチャルで実現したい。ここを訪ねてくれた人に、少しでも居心地のよさを感じてもらえたらという漠然とした思いはある。

 しかし、コミュニケーションの輪が大きく広がった場合の適正な管理法や対処法を知らない。分からないままサイトをスタートさせてしまった。ここに書き込む文章の難しさも改めて知った。ついつい言葉をオブラートに包んでしまう。それが悪いというわけではない、気になるのはバーチャルの世界の持つ無限の広がりに自ら限界をつくり、自分の枠をいつの間にか形成し、その限られたの中だけでモノを考えているのではないかという、とりとめのない疑問が湧き出してきた。

 ここを自分自身の“駆け込み寺”にはしたくない。自由なこころで、かつ理性をコンパスにして、未知へ探検をしよう。このサイトを少年時代のようなワクワクする“秘密基地”に造り上げていきたいと思う。

わが街、矢上団地

団地の朝  矢上団地、「矢上ニュータウン」と言った方が通りがいいのだろうか。でも、正式な町名はかき道2〜5丁目である。私たち家族が長崎市北部の団地からここに引っ越してきたのは、平成3年3月末だった。そのころはまだ周辺に空き地が多かったが、今はほぼ全区画が埋まっている。計画戸数2,500戸、人口9,000人の県内屈指の大型団地だ。ちなみに、この団地の開発は先ごろ破綻した長崎県住宅供給公社。

 矢上ニュータウンは道路が広い。バス通りには両脇に歩道があり、ガードレールより街路樹で車道と歩道を仕切っており、緑の多い街並みという印象。団地の中央部には多目的広場を有した近隣公園があり、春には桜やツツジの花が咲き誇る。5つの児童公園、集会所、ショッピングセンター(ダイエー)もあり、とにかく成熟した団地といえる。

 無論、欠点もある。公共交通機関は長崎県営バスだが、長崎市の中心部行くまでの料金が高く、便数も少ない。個人的には一杯飲み屋もほしい。国道34号沿いの矢上地区に行かないとスナックはおろか居酒屋もない。少子化、子供たちの成長で人口が減少傾向にあるのだろう。人通りが少なくやや活気に欠ける気もする。でも、私はこの街が好きだ。わが子も成長して、妻と2人暮らしの生活になったが、中年の夫婦が過ごすには手ごろな環境、空気ではないかと思っている。

老いを想う、死を覚悟する

浜辺  「死を覚悟する」とはなんとも物騒な表現だが、自殺をしようと考えているわけではない。つまり、54歳という年齢を超えて体力に衰えを感じ、実際に体の端々に変調を来し、確実に“老い”を確認することが多くなった。ふと、いま病気か事故かに遭って死んでしまったら家族はどうなるのだろう、親は、親類はどう私の死に対処するのだろう─などと考えてしまう。

 愛娘たちは、青春の真っ只中にいる。私も三十数年前はそうだったのだと、今さらながらに思い出している。むなしいわけではない、かといって鋭気が満々とみなぎっているわけでもない。不思議と客観的に自分の老いと、あるいは何時来るかわからない死を考えるようになった。

 少しは大人になったのかもしれない。人生を楽しんだという思いがあるのかもしれない。だが、覚悟といえるほど人生を達観しているわけでもない。死はやはり怖い、出来るものなら死なずに済むものなら…。何をバカなことを、やはり覚悟が足りないようだ。もう少し頑張って残りの人生にかけようかな。

ハウステンボス

風車と運河  ハウステンボスの楽しさは“散策”にあると思う。「一度見たら、二度とは行かなくてもいいところ」という声を耳にする。しかし、それは逆だと思う。ハウステンボスは元々「人が実際に暮らす街」をイメージして造られた(たぶん)。一度行って、テーマパークとして上っ面だけを見ただけではその良さは分からない。二度、三度と訪ねるうちに、その街の雰囲気に引き込まれていくのだ。まるで、この街に住んでいる一人のように…。

 ハウステンボスの奥にはオランダの王宮を模した「パレスハウステンボス」がある。その前庭には芝生が手入れされて、初夏の頃は特に緑が鮮やかだ。パレスハウステンボスを訪れる人は果たしてこの芝生の色を楽しんでいるだろうか。目の前にある建物の形や壮大さに目を奪われて、正門の左右に立ち並ぶ背の高い木々とこの芝生の調和に無関心ではないだろうか。これはハウステンボスを楽しむうえで極めてもったいないことだと思う。

 東京ディズニーランドなどのアミューズメントパークを期待してハウステンボスに来ては、たぶん期待は裏切られる。ヨーロッパの風景、いや、ヨーロッパにはないハウステンボスという街のオリジナルな風景、雰囲気こそがこの街の目指すものだと私は信じている。ここを訪れる人がそれを少しでも感じることができたなら、この街は「千年の街」へまた一歩、歩きだすのだ。


心の景色〜karakuのホームページ〜
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