一章 サービスとはなにか
一、サービスの意味
サービスということばはずいぶん古くからあるようです。当然外来語なのですが、最近流行りの「リストラクチャー」とか「フィランソロフィー」とは違って、もう完全に日本語として定着しています。
しかし、それだけにいろいろな意味を持っているようです。ことばには「内包」と「外延」とよばれる二つの意味が存在します。内包的意味とはそのことばを聞いたときに、頭のなかでイメージしてしまうことがらをいいます。
例えば「山」ということばから、ある人は厳しい冬山を想像し、またある人は優美な富士山を頭のなかに描くかもしれません。「山の絵を描いてください」と言ったら十人が十人とも違う絵を描くことでしょう。
それでは、あなたは「サービス」ということばを聞いてどのようなイメージをお持ちになりますか。「まけてもらう」「おまけをもらう」「ただで何かしてもらう」といったような語感があるのではないでしょうか。このイメ−ジが内包です。
それに対して外延的意味とはことばの指し示す範囲や指示を明確にしたもので、誰が聞いてもその意味がはっきりとわかる、言い換えれば相手としっかりコミュニケーションできることばの使い方をいいます。
日本語のことばには「差別用語」のようにことばの本来の意味から離れて、イメージがひとり歩きする、つまり内包的意味をたくさん持ってしまうという傾向があります。
もはや日本語になってしまったサービスもかなり「内包的」なことばになっています。ですから、販売において「こころのこもったサービスを」とか「サービス第一を心掛けよう」といったところで、販売担当者ごとに違ったサービスの内容を思い浮かべることになります。人によってサービスの内容が異なっていては、お客様の信頼は得られません。したがってサービスを考える前にサービスとは何か、サービスの外延的意味を探る必要がありそうです。
さて、サービスを国語辞書で引くと次のように記されています。
サービス[service] 1)奉仕、客の好意を得るように努めること 2)給仕・接待 3)物質生産以外の労働、社会に役立つ無形の生産 4)おまけ、割引
その他、関連したことばとしてサービスエリア、サービス業、サービスステーション等の項目があります。他のカタカナことばはたいてい一、二行で終わっていますから、日本に入ってきてからいろいろな意味を持ったことがわかります。
それでは本来のservice にはどんな意味があるのでしょうか。こんどは英和辞書を引いてみました。
[service] n.1)尽力、世話、功労 2)公共事業、用役、事務、施設 3)配給、供給、配水 4)奉職、勤務、服務、任務、労務、奉公、雇用、使われること 6)有用、助け、 7)神に仕えること、礼拝 8)客扱い、もてなし
これも多くの意味があるようです。その他service 〜という関連語は二十以上並んでいます。いずれにしても、日本語・英語ともサービスということばには多くの意味があることが分かります。それだけ大切なことばであることがうかがえます。
ところでこうして二者を見比べてみるとサービスということばの原語の持つ意味が、かなり変わって伝えられていることに気付きます。サービスとはもともと生活の場から生じたことばであり、「神に仕える」という信仰の表現でもあったことばです。それが日本に入ってきてから「客の好意を得る」とか「おまけ、割引」といったような商売の方策を表現することばに変わってしまったようです。ですからサービスを考えていこうとする場合、本来の「奉公、もてなし」ということを飛び越えて、サービスの手法の開発のみに終始してしまうと、サービスの本質を捕らえられずにうわべだけの接客テクニックの追求になってしまいます。というわけですから、本質的なサービスを提供しようとするならば、お客様をおもてなしするにはどうしたらいいか、という取り組み姿勢がが不可欠となります。
さて、それではサービスというとらえどころのないシロモノを定義するとどうなるでしょうか。
経済学辞典によるとサービスは「一般に物質的財貨を生産する労働過程以外で機能する労働を広く包括する概念である」と説明されています。つまり、生産以外の仕事全部がサービスというわけで、これではあまりに広すぎてよくわかりません。
AMA(アメリカ・マーケティング協会)では「販売に供されるか、または財貨の販売に関連して供給される活動、便益、満足のことをいう」と定義しています。すなわちサービスとは活動・便益・満足のことであり、モノとの抱き合わせだけでなく、単独でも販売されるものであるというわけです。
アメリカの経済学者フィリップ・コトラーはこう定義しています。
「サービスとは、人または組織が他の人または組織に与える、本質的には目に見えない、所有権の移転を伴わない効用である」
コトラーは、サービスは目に見えないものであると言っています。確かにサービスはモノとちがい無形です。また、所有権が移転しないとはこういうことです。たとえば、マッサージのサービスを購入したひとがいたとします。たいへんに気持ちの良いマッサージだったので、自分の受けたサービスを友人に転売しようと思っても、これはできません。マッサージというサービスを買っても、手に入れられたのはその「気持ちがよかった経験」だけであり、所有権まで買えないからです。
このほかにも多くのひとが、さまざまな定義を唱えています。それだけサービスは多くの概念をもっているのです。
こうした多くの見方をまとめると、サービスとは「効用」であることがわかります。かぜ薬の効能書に書いてある効用と同じ意味です。
もしあなたがかぜ薬を買うとき、何を基準に選びますか。箱やビンのデザインでしょうか。それとも丸薬の大きさや色でしょうか。容量でしょうか。
このような目に見えることがらで選ぶひとは皆無でしょう。かぜ薬を選ぶ基準は、自分の症状によく効くか効かないかです。そしてこの効用は見ることのできないものです。
このときの薬が「モノ」であり、効用が「サービス」であると考えると、わかりやすいいと思います。
また、同じ薬であってもひとによって効くときと効かないときがあります。さらに与えすぎると逆効果にもなります。長く効果が期待できるものもあれば、すぐに効かなくなる薬もあります。なにより、薬はかぜをひいていないときには必要ないものです。
こうして薬にたとえて考えてみると、サービスとは「必要なものを、必要なときに、最適な状況で提供し、お客さまの満足を創造すること」であることがわかります。
そして、この「必要なもの」「必要なとき」「最適な状況」の三つがサービスの構成要素となるのです。
それではなぜ小売業にとってサービスが大切なのでしょうか。
小売業は製品の生産はいたしません。すでにできあがったモノを買ってきて、店頭に陳列し、買ったときより高く売って利益を出します。お客様も品物に、店が仕入れたであろう価格よりも高い値段が付いていることを承知で買っていきます。それは、差額分だけお店がサービスをしてくれることを承知し、期待しているからです。
ですから、商品を販売したとき、そのうちの利益分はサービス料と考えるのが妥当です。つまり小売業は商品という素材にサービスという付加価値をつけて利益を出すという、サービス業にほかならないのです。 いままではサービスの三つの要素のうちのひとつ、すなわち「必要のもの」をお客様に提供できていれば、小売店は成り立っていました。しかし、これからは単に必要なものを提供するだけでなく、それがお客様にとって、「必要なとき」であり、「最適な状況」であるかどうかが重要になってきています。
もうお客様は「必要のもの」はほとんど持っているか、それとも簡単に手に入れる方法を知っているからです。
いま小売店が「物を売る」ことから「サービスを販売する」ことに考えを改め、いかに高品質のサービスを提供できるかが、競合相手に打ち勝ち、生き残るための唯一の方法です。