!DOCTYPE HTML SYSTEM "html.dtd"> サービス 1−2 本質サービスと表層サービス

二、本質サービスと表層サービス

さて、サービスとは値引きやおまけとは違うということが、おわかりになったと思います。それでは、本質的なサービスとはどういうことなのでしょうか。

例としてサービス業の代表である、ホテルのサービスについて考えてみましょう。旅行者がホテルに泊まるとき、求めるものは何でしょうか。

まず、安全があげられます。見知らぬ土地であっても他人の侵入を防ぐドアと鍵、プライベートな空間を確保してくれる厚い壁などです。つぎに求められるものは清潔さではないでしょうか。糊のきいたリネン、磨かれたバスタブ、掃除の行き届いた室内。そしてさらに快適さを求めるならば、エアコンや静けさなど。

こうした、安全・清潔・静寂・空調といったサービスは、ホテルにとって基本であり、機能です。これが本質サービスであり、このサービスが欠如しているならばホテルとして成り立たない要件です。

不潔で騒々しくていつ寝込みを襲われるかわからないようなホテルならば、路上に寝るのとなんら変わりがありません。

このほか、銀行であれば計算を正確におこなう、電力会社ならば二十四時間電気を供給する、鉄道ならば安全に時間通り運行する等々、サービスを受ける人が最低限期待するサービスが本質サービスです。

それに対して、本来の業務とは関係がないけれども、あればお客様がより満足するというサービスがあります。たとえば、ホテルであればフロント従業員の笑顔がさわやかであるとか、ロビーの雰囲気がよいとか、このサービスがなくともよいのだけれど、これがあるからこのホテルが好きだ、といった類のことです。このように、その企業や店の存在そのものには関係がないのだけれども、あれば他の店よりも差別化できるというサービスのことを、表層サービスといいます。

市場が成熟し、街にあらゆるモノやサービスがあふれる現在、お客様にとって機能的サービスを受けることは当たり前になり、お店を選択する基準には成りえなくなってきています。

小売店でいえば、欲しい商品が豊富にあり、適正な価格で提供され、販売担当者に正しい商品知識があり、おつりを間違えない、といった本質サービスは、お客様にとって当然受けられるべき当たり前のサービスであり、サービスがよい悪い以前の問題であるというわけです。

このように本質サービスは最低限のサービスですから、それが欠如するとお客様は不満を持ちます。また、サービスがある一定のレベルまで達してしまうと、それ以上どんなに本質サービスの向上に努めてもお客様の満足度は上昇しません。当たり前のサービスを受けても、何の感動もないわけです。

ですから本質サービスばかりにさまざまな努力をし続けても、お客様の店に対する満足度は一定以上に上がらず、他店と差別化をすることは不可能になります。

小売店におけるこの二つのサービスをまとめると、つぎのようになります。

本質サービス

・欲しい商品がある、価格が適性、期待するサービスがある ――> 理解できる店

表層サービス

・店内が楽しい、店員の提案能力がある、個々に応じた接客 ――> 共感できる店 

さて、ここで注目したいのは、本質サービスは表層サービスで代償できる、ということです。

本質サービスは最低限の当たり前サービスなのだから、他のサービスで代償できるなんておかしい、とお思いになるかもしれません。確かに理論的に考えれば計算ミスの多い銀行に預金を預けるひとはいないでしょう。

しかし、理論的に行動しないのも人間なのです。

たとえて言えば、多少の計算ミスがあったとしても、窓口の女の子の笑顔がたいへんに素晴らしければ許してしまうこともあり得るのが人間です。

たとえば、飲食店において、最も本質的なサービスは「おいしい料理」を提供することです。繁盛する店の第一条件が、「味がよいこと」であることに反対するひとはいないでしょう。

ところが、「味がよい」と頭で理解できても、「共感」できなければお客様は店に足を運びません。

私が以前仕事が終わってから、よく行く小料理店がありました。軽い料理と酒を出す店で、帰宅するまで腹をもたせるのに通ったものでした。ところが、お年寄りがひとりで切り盛りする店のことですから、あまり上等なものが出ないのです。いやむしろ、決しておいしくないものも出てくるのです。

それなのになぜ私が通っていたのか。それは、そのお年寄りとの会話が楽しかったからだと思います。おなじ金を出せば、もっとおいしいものを食べさせる店はいくらでもありました。でも私は共感する店に足を運んだのです。

逆に一度行ったきり二度と足を運ばない店もありました。その店はたいへんに味のよい中華料理店でしたが、昼休みに行ったところ料理が出てくるまで時間がかかるのです。一時間の昼休みの内三十分が待ち時間でした。なんでビジネス街の昼時にこんな店が開いているのか憤慨したものでした。

いくらおいしい料理を出す店であっても、共感できない店すなわち自分が満足しない店に私は行く気がしなかったのです。

それとは逆に表層サービスは他のサービスと代償がきかない性質を持っています。表層サービスは感性にかかわるものだけに、ひとつでも共感できない部分があると、すべてのサービスが無になる可能性があるのです。

品ぞろえや価格の明示などの本質サービスがしっかりした店があったとします。店内の雰囲気もよいので、あなたはこの店が気に入りました。ところが、買い物が終わって代金を払い店を出たあとで、後ろから従業員同士があなたのうわさ話をしているのが聞こえてきました。(ちょっと今のお客、センスのない服を着てたわね・・・)

さわやかなお見送りという、表層サービスができない店だったのです。

さて、あなたはもう一度この店に行く気になるでしょうか。

表層サービスは本質サービスをカバーする代償力を持っています。しかし、表層サービスのなかにひとつでもお客様に不満や失望を与えるものがあったら、すべてのサービスが崩れてしまうのです。本質サービスは足し算ですが、表層サービスは掛け算です。ひとつでもゼロがあったら、全部がゼロになってしまいます。それどころか、マイナスに感じたサービスがあったら、全部がマイナスにさえなってしまうのです。

小売店がサービスを考えるとき、いかに表層サービスが重要であるかご理解いただけたかと思います。もちろん、表層サービスで代償できるから本質サービスはおろそかでよいというつもりはありません。さきほどの小料理店でも味がよければ、それに越したことはありません。お客様ももっと集まるにちがいありません。

もう少しこの二つのサービスのについて考えてみましょう。

まず、本質サービスの質はお客様の層(市場)を決定づけるといえます。だから本質サービスの要素に欠落や異質なものがあったらいままでの市場のお客様は離れますが、新しい市場のお客様が現れます。そして新しいお客様の数が多ければ、企業はその市場に立脚することができます。たとえ利息の計算がいいかげんな銀行でも、機密保持や絶対的な安全性があれば、それを支持するお客様は現れます。スイスの銀行がそうです。

もちろん、どの市場にもお客様が存在するとは限りません。まして小売店はお客様の数の商売です。自店の一番数の多いお客様の層に、そのお客様が求める本質サービスを提供することが必要になります。

また、本質サービスと表層サービスの境もハッキリと線を引けるものではありません。同じサービスであっても、お客様によって当たり前のサービスと捉えられることもあるでしょうし、期待以上のサービスと感じることもあるでしょう。ただひとついえることは、これからの小売店にとって機能のサービスよりも感性のサービスがより重要になってくるということです。当たり前のサービスは当然他の店でも受けられるわけで、競合店を考えたとき、お客様が自分が利用する店を選定する要因としては弱いものがあるわけです。

本質サービスはその店の存在領域を決め、表層サービスはお客様の評価を決める、といえるでしょう。

それは、実はモノそのものにもいえることなのです。たとえば自動車の本質的な機能を考えてみると、それは馬力であり操縦性能であり居住性能であるはずです。しかしこの本質的な機能が優れているだけでは車は売れません。スタイルや色やテイストが車選びの重要なポイントになります。

わが家にもそんな商品が散見されます。そのひとつがトースターです。ずんぐりとした形のクロームメッキ製で、上からパンをいれるあなが二列並んでいる昔のスタイルを模したものです。厚いパンは入らないし、その上場所はとるし、基本性能は最悪です。でもあたたかさのある存在がとても気に入っています。

このようにモノの世界でさえモノが持つ機能的価値よりも意味的価値の方が重視されるようになってきています。モノの付加価値を高め、店の持つ本質サービスを際立たせる表層サービスの開発、これが支持される店づくりのためのキーワードです。当たり前の本質サービスさえおこなっていればそこそこ売れた、という時代は去ったといえましょう。