三章 小売店にとってのサービスマーケティング
一、マーケティングとは
マーケティングの歴史は一八五〇年、アメリカのサイラス・マコーミックという人が提唱してから始まる、といわれています。その後プロクター&ギャンブル社のラルフ・S・バトラーがセリング(販売)、マーチャンダイジング(商品政策)、アドバンタイジング(広告)といった従来とは異なった分野での企業活動をあらわす言葉としてマーケティング」という言葉を使いました。
一九〇〇年代初頭はアメリカが大恐慌に見舞われた時期です。その原因はいろいろありますが一言で言ってしまえば、大きな企業がいくつも生まれ大量生産をした結果、流通在庫が過剰になり恐慌を招いたのです。そんな時代にあって「これではいけない。企業は単に物を作って売りまくるだけでは、お客様から見放される」という気づきがマーケティングを生み出しました。
経営理論家のピーター・F・ドラッカーは、著書「現代の経営」のなかで、「販売部は何でも工場が作ったものを売っていればよい、というのが五〇年前の経営者の典型的な考え方であったが、今日では市場が要求するものを作るのがわれわれの任務である、と改められてきている」と述べています。ドラッカーのいうように、市場のニーズをつかむことがマーケティングの基本といえるようです。
それでは、マーケティングとは何かを考えてみましょう。
アメリカ・マーケティング協会では、一九八五年に「マーケティングとは個人と組織の目標を満足させる交換を創造するために、アイデア・財・サービスの概念領域・価格・プロモーション・流通を計画・実行する過程」という定義を発表しました。なんだか、いかにも学者が考えそうな、よく分からない定義ですね。
経営学者フィリップ・コトラーは著書「マーケティング原理」のなかで、「マーケティングとは、ニーズと欲求を満たすために、交換過程を通じてなされる人間の活動である」と述べています。
日本のCS(顧客満足度)研究の第一人者である牛窪一省氏は、「マーケティングとは企業の利益と顧客の満足を同時に創造すること」と言われています。
そのほか、さまざまな定義がされていますが、どれもマーケティングを販売促進や販売計画といった手法のことでなく、企業活動全体を捉えた言葉としています。そして、必ず入っているのが「顧客の満足、市場のニーズ」という「お客様」に目を向けるという概念です。つまり、企業活動のすべてを「お客様」に向け、その結果その企業が伸びていくことがマーケティングの考え方であるといえます。
ここではマーケティングを次のように定義したいと思います。
「マーケティングとは、企業がお客様によって育てていただけるようにするための努力」つまり、「お客様第一主義」の精神をつらぬくことです。すべての企業活動をお客様第一とし、お客様のお蔭で成長するプログラムを作ることがマーケティングなのです。
さて、慶応義塾大学の嶋口充輝教授はマーケティングを「効果と効率」という切り口から次のように解説しています。マーケティングを解説するのに大変に分かりやすい考え方なので以下にご紹介させていただきます。
企業が伸びていくためのキーワードは「効果」と「効率」です。
「効果」とは、企業活動が市場のニーズにぴったり合っているということです。だから効果的な商品やサービスはお客様に支持され、大きな売上をつくります。
「効率」は利益率がよいということです。同じ商品を作るのに、製造コストを半分にできたら効率的な生産ができたということになります。
ですから、「効果的」なモノやコトを「効率的」にお客様に提供できたら、その企業は確実に伸びるはずです。今現在、伸びていない企業は、その活動を「効果的」「効率的」に変えればよいのです。
ところが、現実には「効果・効率の追求」が大変に難しいのです。
それは、効果と効率が反比例の関係にあり、効果を上げようとすると効率が下がり、効率を追求していくと効果が下がるからです。
それでは「効果と効率」についてもう少し考えてみましょう。
たとえば、「効果的な商品」を扱っている小売店があったとします。その商品はお客様のニーズにぴったりと合っていたので大変に売れました。ところが、しばらくたつと売れ行きが鈍ってきました。人件費がかさみ、利益も少なくなってきました。そこでその店はこの不況を乗り切るために、販売担当者の人員整理をおこないました。光熱費を少なくするために店頭の蛍光灯を半分にし、経費節減のためアフターサービスもやめました。メーカーにもっと安く作るように無理を言いました。この結果、商品一個の販売費用は安くなり大変「効率的な商品」になりました。
さて、この「効率的な商品」を売る小売店は今後も伸びていけるでしょうか。けっして伸びることはないでしょう。「効率的」な商品はお客様にとっては良い商品でないからです。
この例でも分かるように、「効果」とはお客様から見て欲求を満たしてくれる魅力ある商品やサービスのことをであり、「効率」とは企業側から見て、コストがかからない好ましい商品やサービスということになります。
言い換えると「効果」はお客様の求めるものは何か考えて満足を作ることであり、「効率」は企業の都合を押し進め利益を確保することです。
先程の小売店の場合について、もう少し掘り下げて見てみましょう。「効果的な商品」は、お客様のニーズに合った物だったので初めのうちはよく売れたのですが、それがだんだんと売れなくなったわけです。その理由としていくつかの原因が上げられます。
まず、お客様のニーズが変化したということです。ほとんどの商品やサービスは、時間とともに陳腐化していきます。お客様のニーズの変化に気づかない店は、「もはや効果的でない商品」をさらに仕入れ、お客様とのギャップはどんどん大きくなっていきます。
それから他の原因として、より良いサービスをする競合店が近くに出店した可能性もあります。同じ商品ならば少しでも気持ち良く買える方へお客様は流れます。
こうした市場の変化に気づかないお店は、効率の追求で挽回策を考えます。なぜ効率を先に考えてしまうかというと、効率は企業側の問題ですから、自分で手を打ちやすいからなのです。蛍光灯の数は自分の手で減らせますがお客様のニーズは自分で変えることはできません。つまり企業はもともと「企業の常識」から抜け出しにくい体質を持っているのです。
効果と効率は反比例の関係にありますから、効率を追求すればするほど、効果はだんだんと下がっていくことになります。効果が下がると、お客様はさらに離れていきます。
ですから、企業としては「効果的効率主義」を考えていくことが重要になってきます。あくまで効果が先で、効率は後からついてくるものなのです。 さて、「マーケティング」に対する言葉として「セリング」というものがあります。バーゲン・セールのセールの動名詞形です。
このセリングと対応させてみるとマーケティングの意味がわかってくると思います。
| セ リ ン グ | マーケティング |
| ・売り込む方法の追求 ・「今日の糧」作り(短期決戦的行動)・刈り取り型 ・御用聞き、押し込み中心 ・アクション中心 ・商品中心 | ・売れる仕組み作り ・「明日の糧」作り(長期戦略的思考)・種蒔き型 ・コンサルティング中心 ・分析力、創造力中心 ・お客様中心 |
こうして並べてみると、セリングは「効率的」、マーケティングは「効果的」な企業活動ということがよく分かります。
ドラッカーは「マーケティングの究極の目的はセリングを不要にすること」と言っています。マーケティングがしっかりとできていれば、もはや売り込まなくとも売れていくというわけです。これは極論だと思いますが、先ず売れる仕組みを作り、それから売り込む活動に移るという考え方の道筋が大事です。効果的効率主義とはこのように、マーケティング・セリング活動の実践です。
マーケティングが真にしっかりと構築されていれば、売り込み型のセリングによる日常の販売努力は必然的に軽減されていきます。