美濃加茂市太田町には、昭和3年1月2日母校太田小学校(現、美濃加茂市立太田小学校)の裁縫室で第1回の同窓会を開き、平成のはじめまで50年以上の間絶えることなく、年に一度の同窓(級)会を行った同窓生達がいた。
蘇陽会というその会には会報誌があった一員であった親父が,生業としていたガリ版印刷で作った物である。
その中から各地に散った同窓生に向けた太田小学校に関する記事を抜粋する
昭和11年7月15日
発行より
母校だより
太田小学校児童数(4月現在)
 男子397 女子347 合計744
行事
1月1日  新年拝賀式
1月6日  消防出初式  
少年消防隊活躍す
1月8日  第三学期始業式
2月11日 紀元節拝賀式
太田町青年団春季総会
2月12日 父兄懇談会
2月17日より2月19日まで
      尋六児童伊勢参宮旅行
伊勢→奈良→京都
3月5日  学芸会開催
3月17日 卒業生神社参拝
高女郡是製糸工場見学
3月18日 卒業生警察郵便局見学
3月25日 卒業式
4月6日  入学式 始業式
      尋1男子 55人
      尋1女子 56人
4月18日 遠足運動
      尋3以上  躍進博
      1,2年  太田橋
4月29日 天長節拝賀式
5月27日 海軍記念日
      講演あり
5月24日 名古屋新聞主催学童写生大会
      午前9時より11時半マデ
      日本ライン写生
     参加校 太田・古井・坂祝・川辺
5月26日 鉄道公徳週間
      太田駅長ノ講演アリ
6月4日  ムシバ予防デー
      会員岸君歯ノ衛生ニツイテ講演サル
昭和12年1月5日
発行
分より
母校だより
東濃中学へ遠征
11月13日我が母校児童競技部選手は田口訓導に引率され東濃中学競技会に出場熱戦又接戦太田健児の名を轟かした。

書方図画競書会
11月19日 3時間目に書方の競書が行われ、四,五、時間と図画の写生会が行われた。審査の結果実にすばらしい成績を収めることが出来た。

通学団対抗野球大会
一一月一九日 校庭に於いて西巾、北町、両通学団の対抗野球試合が行われました。
両軍とも善戦久き有様であった。


母校参観
一一月二十六日 岐阜師範学校付属小学校教生二十数名母校参観に来られた。母校の偉貌に皆感心したと。

童話会
十二月十四日 東京雄弁会講談社社員石澤善次郎氏来校午後0時半より約二時間に亘り有益な童話をされた。尋常三年生以上一同聴取。

ラヂオ講習会
十二月十五日午後七時より二時間名古屋放送局主催ラヂオ講習会が開催された。来講者多数盛会を極めた。

処女会

十二月二十四日処女会支部長参集し種々競技された。
 
書 初
一月一日展覧用の書初は十二月二十三日に書いた。因みに書初文字は次の如し
  尋一  オメデタウ
  尋二  正月はつゆめ
  尋三  日本一富士山
  尋四  四方拝初日影
  尋五  乾坤一新
  尋六  掩八紘而為宇
  高一  送雪梅花笑 霞含竹葉清
  高二  神境清静雅楽
  *
唱歌会
一二月二十六日第二学期唱歌会が開かれました可れんな少年少女の唇をづいて妙なる音楽はかなでられ実に盛会であった。その中の一,二を拾って見る。
6.斉唱 健児よ来たれ  高男
15.斉唱 里心     四女
18.斉唱 お伽歌    一男
29.独唱 月見草    五女
プログラム三十七回実に洗練されていた。

第二学期終業式
十二月二十六日に挙行されました。無断引用、転用は行わないで下さい
昭和12年6月15日
発行分より
母校だより
一月一日
 母校に於いては昭和十二年の新年祝賀式を挙行致されました 。
一月二日、三日
 昭和六、七、九。十年卒業生の同級会が催されて思い出を語ったとのことであります。一月六日
 消防出初式に当たり母港少年消防隊も参加し、非常に目覚ましい活躍をいたしました。
一月八日
 第三学期始業式が挙行されました。
一月十六日
 太田署管内警察官の警察訓練を警察部長校庭に於いて観察されました。目づらしいこととて見物人多数集まり時ならぬ賑わいを呈しました。
一月十六日
 午後一時半より若嶋座に於いて教育映画あり全校児童観覧する。
一月十七日
 第一部落の学校の先生母校に来られ教育会が催されました。
二月十一日
 紀元節拝賀式が厳かに挙行されました。
二月十四日
 午前中鉄道員採用試験あり受験多数集まりました。
二月二十三日
 尋常科卒業生修学旅行に出かけました。
 伊勢参拝二見にて楽しい旅の夢を結び奈良見物の後京都に出で加茂川のせせらぎを枕頭
にきき一夜を明かし京都見物後二十五日夕刻恙く帰郷いたしました。
三月九日学年末大学芸会開催
 日頃練りに練った児童劇に唱歌に実に魅せられるばかりであった。よく十日には陸軍記念日をトして校下一般父兄に公開いたしました。
三月十九日
 尋常六年男女は太田郵便局及び太田警察署内部の見学をいたしました・
三月二十七日
 昭和十一学年度修業卒業式
 町有力者多数臨席のもとに卒業証書修業証書並に賞状の授与式が挙行されました。
四月二日
 先生が多数おかわりになりました、他校へお行きになった先生たちの告別式がありました。
四月六日
 入学式 小学校並びに青年学校入学式がありました。可愛らしい一年生のランドセルをせおった姿が見られました。
四月十五日
 午後一時よおり尋常五年以上の者は福地吉夫氏の満州視察談を聞きました。
四月二十九日
 天長節拝賀式が挙行されました。
五月四日
 春季遠足運動が挙行されました。
  一,二年  加茂農林
  三、四年  鬼ヶ島
  五年以上  関市
五月五日
 尋常科高等科競技部選手兼山グランドに挙行された競技会に出場、奮戦又奮戦左記の成績を得太田健児の意気をあげました。
 高男・・・・優勝  尋男女・・・・二等
五月九日
 関体育協会主催競技会に高男及び尋男女出場大いに戦いました。

母校だより製版後母校の先生によって作られた原稿をいただきました。校長先生始め諸先生に厚く感謝すると共にここに謹んで掲載いたします。重複する点もあるかと思います。ご諒承願います
◎書初展覧会(一月一日)
  新年拝賀式と同時に行はれました。
◎保護者会  (二月十三日)
◎学芸会   (三月九日十日)
 種目は次の様でした
一男   メダカ
一女   つくしの坊や
二男   良寛様
二女   二人の夢
三ノ一  寝坊太郎
三ノ二  虹、お母様の歌
三ノ三  あんなの地蔵
四男   箱根の関所
四女   俄地蔵  王様の裁判
五男   少年航空兵
五女   赤い箱
六男   動物の観兵式  盲とつんぼ
高一男  北緯五十度
高一女  隅田川
高二男  菅原道真
高二女  灯籠の大臣

◎母校の先生 (四月一日)
毎年職員の大異動がありますが本年は特に大移動を見ましたがら現職員の紹介を致します。
  大竹錠市(校長)
  古田有三
  後藤源二
  林  辰
  板津 勲
  加藤正造
  生駒修司
  水野文雄
  葛西さだ子
  松原功績 
  川村英子
  羽柴克己 
  板津 章
  五島海南
  堀部 恭
  堀場三好
  杉本きぬ子
  高木文夫
◎入学式(四月六日)
 年々太田町の人口が増加すると共に入学児童数も増加致しまして本年の如きも百四十五人入学致しました。因みに全児童数をお知らせいたします。
昭和12年8月21日
発行分より
母校だより
  自六月一日 夏休み
●時の記念日   六月十日
時の貴さ時間の観念を徹底させるための記念日、児童にはポスターを製作せしめ街頭に貼りました。又学校にては時に関する訓話もあり、この記念日は意義深く送られました。
    *
●学童写生大会   六月十三日
名古屋新聞社主催学童図画写生大会がライン河畔で行はれました。参加児童数百名に達しました。天下勝景日本ラインを描き出す学童の画筆は紙面に躍動しました。その成績たるや実に驚嘆に償するものがありました。
    *
●苗代害虫駆除   六月十二日
この日から各通学班に分かれて苗代の害虫を駆除することが始められました
  *
●口腔検査    六月十七日
学校医によって全児童のムシ歯の検査がありました。結果は非常に良好であって郷土の為喜ばしきことであります
  *
●視 察      六月十八日
揖斐郡養基小学校の先生が七名我が学校を参観に見えました。学校の施設経営に諸先生方のご努力に感心されたことのことであります。
  *
●庭球大会    六月二十日
第一部会(太田、坂祝、田原、今泉、富岡、富田、蜂屋、加治田、伊深)の先生達の対校
庭球大会が今泉小学校で行われました。学校よりは古田先生を主将に加藤、松原、羽柴、後藤、五島の先生方が出場され戦われ優勝戦にて惜しくも富岡軍に敗れました。返すがえすも残念でありました。
 
 
●伊勢参宮
    六月二十四日
大竹校長先生は学校を代表して伊勢神宮に御参拝になりました。
  *
●講 演      六月二十四日
金平静雄氏来校せられ琉球事情の講演をされました。南国の情調纏綿としてつきず。耳にするもの皆児童の心をそそることばかり、地理の参考として非常に有益でありました。
  *
●童 話      七月一日
大阪毎日新聞社員須古氏来校児童の為に約二時間に亘たり面白い童話をして下さいました。児童はおおよろこびでした。
  *
●映写機披露の夕べ  七月三日
六百五十円を投げ出して活動写真映写が母校に購入されました。映画教育の叫ばれる折り誠に時宜を得たもの喜ばしきことであります。然もこの費用が町民の寄附金に俟っていますことは又有意のことであります。
さて、六月二十七日は映画室暗室装置も完成いたしまして三日夕披露映画会が校庭に於いて開催されました。観衆山をなして盛会を呈しました。
  *
●ラヂオセット購入  七月一日
映写機の女房役をつとめる蓄音機の必要なることは言をまたない。そこでレコードもかかるラヂオの購入の運びになりました。一度母校を訪れて見なさい。職員室には立派にその偉容を現しております。
  *
●野球大会  七月十日(優勝戦)
通学団別対抗野球大会は連日行われました。可憐な少年投手の繰り出す直球にボールに団員は熱狂いたしました。優勝の栄冠は遂に北町通学団に下されました。猶番組結果左の通りであります




   *
●童 話   七月十五日
飯田正穂氏来校児童に有益な童話をして下さいました。
   *
1行事、字数40文字ほどが製版後に消されている
   *
●撮 影    七月一九日
母校児童の学校生活をフィルムにおさめようと言うので各学級毎に種種の生活状況が撮影されました。完成したら学校にて公開されます。
学校映画『いてふの木のもとに』と題されました。母校の大銀杏を忘れた方はないでせう。何かなつかしい気がいたします。
   *
●終業式   七月二十一日
夏休みになりました
昭和13年2月13日
発行分より
いちょうの木の下に
一日の学校生活がフィルムに収められたものです。あの母校の庭の大いちょうの木のもとに遊びたはむれる母校の児童の姿がよくうつっています。始業より下校までに児童のする日課がよくうつされています。時間中、べんとうの時間、お掃除などが次々とスクリーン
に現れます。
この一巻の試写会が九月九日に母校に於いて行われました。

●野球試合

九月十九日後后二時より職員対高等科との野球戦が開かれました。双方共に善戦左の如き成績であった。                                             >
 九 対八 先生軍の勝
又、二十日には先生方の野球戦が行われました。太田校 坂祝校です。

●剣道部遠征

九月二十三日八百津に於いて「学童剣道大会」へ出場、板津章先生の引率。
奮戦に奮戦、三等賞の栄冠をかち得たのである。

●競技部岐阜へ遠征
十月十日我が競技部選手は水野主任生駒、高野の三訓導に引率され、岐阜師範学校競技会に出場。左の如き成績を獲得太田健児の名を轟かせた。
     八00米リレー  四等
     二00米      二等
十月十七日には水野生駒両訓導に引率され武儀中学校競技会に遠征
     高男 二等    尋男 四等

●秋期大運動会挙行
十月二十三日好天に恵まれ、非常時下の大運動会は挙行された。観衆はあふれた。午前八時堂々たる入場式午後四時万歳の声に幕は閉ざされた。
さすが事変下の運動会演技種目の一ツ二ツ拾い上げてみる。
 坊やの愛国号   空中戦
 クリーク突破   トーチカ奪取
 われらの神風号 等々

第一部落競技会(今泉小学校ニテ)
 十一月四日今泉小学校校庭に於いて行われた競技会に出場堂々と戦う
  成績  尋五  一等
       尋六  二等
       高等科 一等
この競技会には我々も出たことがある。思い出深いものである。

●優勝旗
十一月四日尋六女子選手水野訓導に引率され関の武儀高等女学校競技会に出場。堂々と
優勝して帰る。

●参宮旅行
本年度尋常科卒業生は十一月八日より三日間にわたり伊勢奈良京都方面へ修学旅行をなし、全員恙なく帰る。その行程左の通り
  第一日(十一月八日)
   午前六時二十一分 太田駅発
   外宮内宮参拝 各所見物
   夕方 二見着 楽しき夢を結ぶ
  第二日
   午前六時十六分 二見発
   途中奈良見物  午后一時二十一分奈良発
   桃山御陵参拝
   夕方京都着   京都の夜景見物
  第三日
   午前京都見物
   夕景なつかしき我が家の人となる。
尚、引率の先生は
 大竹校長先生  板津先生  加藤先生  林先生 生駒先生                >

●秋季遠足運動
十一月十一日楽しい遠足 が行われました
行程は次の様でした。
 尋五以上・・・・・三和村  春日神社
  尋三、四年・・・・鵜沼村  不動様
  尋一、二年・・・・坂祝村  坂祝神社

●青年学校査閲
十二月七日午後一時半より青年学校査閲あり。成績良好
査閲官箕浦中佐
尋五以上少年団の教練を行い同中佐に視察を受けました。

●町葬
故納土奨君大岩稔君の町葬が十二月十六日行はれました。於校庭 一同参列

●南京陥落祝賀会
十二月十七日午後一時半より祝賀旗行列
夜、提灯行列

●終業式
十二月廿六日第二学期終業式及び唱歌会開催

●新年祝賀式
一月一日、昭和十三年新年拝賀式を挙行

昭和13年6月20日
発行分より
●新年拝賀式
昭和十三年一月一日 戦捷の春を迎えて厳かに行われた拝賀式。昔ながらの式次第。私達はこの式の後にはミカンを貰ってよろこんで帰ったものだった。
   *
●消防出初式
母校に設置せられている少年消防隊は一月六日太田消防出初式に参加少年のはつらつたる活動を遺憾なく発揮陰に陽に消防組の活動を扶けその存在を十分に認められることが出来た。
   *
●始業式
一月八日第三学期始業式が行はれた。正月を迎へて希望に輝いた数百の児童を前にして大竹校長は淳々として学期始めの訓話を致され式が終わる
   *
●映画試写会
一月十日学期始めの映画試写会が行われる。高学年低学年に分かれ新しいフィルムにて試写児童達は楽しく映画の鑑賞に時を過ごした。
   *
●神社参拝
一月十五日全校神社参拝を行う。午前九時校庭に全校参集整列武運長久国威宣揚を祈願のため八幡神社に参拝。
   *
●学芸会
三月五日昭和十二学年度学芸会を開催五日には校内のみにて行い六日には父兄一般に公開。美しく飾られた舞台にて可愛らしき児童の生み出す芸術観衆は皆恍惚として我を忘れている。拡声器より出る可憐なる唱歌は何ともいえない美しく清らかな感がする。プログラムは左の通り
 1.ハーモニカ愛国行進曲       高二 野口貴一 外
 2.劇    橘 中佐           尋四 赤塚正昭 外
 3.仝    舌切雀            尋一 浅野和子 外
 4.仝    桜井駅            尋五 長谷川住夫 外
 5.仝    赤頭巾            尋三 野口繕子 外
 6.    桃太郎           尋一 伊藤義文 外
 7.舞踊  孝行雀お山のいたづら 尋四 渡辺あや 外 
 8.劇    真の英雄          尋六 渡辺泰三 外
 9.舞踊  さうですね           尋二 川村とし子 外 
10.劇    銃後             尋五 笹 鈴子 外十六名
11.舞踊   君ヶ代            尋一 野口まさ子
12.劇    日支融合          尋四 丹羽辰夫 外
13.舞踊  紅傘日傘          尋三 小栗鈴子 外
14.劇    おヽ南京が見えたぞ   尋五 本山幸吉 外
15.仝    小南公            高一 佐光登美恵 外
16.舞踊  つんつんつくしんぼ    尋一 大脇江美子 外
17.劇   養老後日物語       尋三 宮崎久臣 外
18.仝   コブトリ            尋一 山田利平 外
19.仝   蛍の光            尋六 井戸ふみ子 外
20.錦の御旗               尋四 平川 恭 外数名
21.劇   銃後の力          尋二 山田 実 外
22.仝   江戸をどうする      高一 大沢多喜二 外
23.仝   浦島太郎          尋二 加藤悦子 外
24.仝   万寿姫           尋四 内海歌子 外
25.舞踊  愛国行進曲        高二 佐藤照子 外
   *
●見学
三月十二日六年高等科卒業児童は愛岐水力ダム工事場の見学をする。六年女子組は郡是製糸工場をも見学する。
  *
●卒業式
三月二十六日修業卒業の式典は挙行された。町有力者多数の臨席を仰ぎ厳かに執り行われた。今にも綻びそうになった桜の蕾にやわらかな陽がふりそそぐ中を証書賞状を手にした児童が朗らかに家路に急ぐのが見られる。なんだか遠い昔が思い出されてなつかしい様な
気がする。
  *
●入学式
昭和十三学年度始業式及び入学式が四月六日の行われた。進級のよろこびに輝く顔父兄につれられた一年生の顔どれもこれも喜びにかがやいていた。
   *
●講演 四月六日午後一時半
新愛知新聞社特派員小池記者来校中支方面戦線従軍の講演あり。聴衆多数実に盛会を極めた。
   *
●先生のおかはり 四月六日
三月末の移動により転任された先生方は次の様である
 松原先生 那加高等農林学校へ
 水野先生 加茂郡切井小学校へ
 川村先生 岐阜市本郷小学校へ
 生田先生 退職
後任として
 志知道雄先生  海津郡城山小学校 ヨリ
 佐藤友二郎 先生 養老多芸小学校ヨリ
 酒向 誠先生   加茂郡下麻生小学校ヨリ
 安福 杵子先生  女子師範学校卒業
 中道宗義先生   鹿児島県 ヨリ
 米山忠男先生
   *
●野球リーグ戦
五月四日より一週間通学団対抗野球リーグ戦を行う


 
●競技部活躍
五月十五日 各務原グランド選手権大会に出場
五月二十二日 関体育会へ出場
  *
●二宮尊徳銅像建立
駅前丸大運送店の寄付により二宮尊徳先生銅像を建立することになり五月二十五日盛大に地鎮祭執行され、直ちに起工
さる
昭和13年10月25日
発行分より
各務ヶ原に於いて学童オリンピック大会が開かれました。
母校学童選手は生駒、高井稜線製に引率され出場、立派な成績を得ました。

7月7日
●支那事変1周年記の日
祐泉寺忠魂碑前にて慰霊祭が行われました。児童参列、引き続き八幡神社へ武運長久祈願をなす。
  *
母校校庭に建造された二宮尊徳先生銅像の除幕式が厳かに執り行われました。
  *
7月二十一日
第一学期終業式が行われました、楽しい夏休みがおとずれて来ました。今年は比較的涼しい夏でした。
  *
八月一日
ラジオ体操の会が始まりました。今日から二十日の間 毎朝六時にはラジオに合わせて一,二、三、四・・・・と元気な体操が行われます
  *
八月二十一日
酷暑の中、七百の児童の画心は躍る。学校より祐泉寺に至る間に於いて写生大会が行われました。或いは木かげに坐り、或いは岩かげに八月の日光を受けつつひたすら画筆を運ぶ七百の童に一筆一筆描き上げられていく一枚の画はどれもこれもよく出来ました。
   *
八月二十六日
長い夏休みも終わってしまいました。今日から第二学期、始業式が行われました。数々の思い出を抱いて元気に七百の学童は登校致しました。
   *
八月三十一日
書方競技会が行われました。
一心を筆端にこめて書かれる聖書どれも一等賞がやりたい位。
   *
九月四日
書方図書の成績展覧会が行われました。
   *
九月十四日
●学団対抗野球試合優勝戦
第一回、二回、三回・・・戦と勝ち残ってきた勇者、上町学団、下町学団の優勝戦、息づまるような熱戦、球神は遂に上町学団に幸いしました。スコアー左記
 上町 12a      8 下町
new
昭和14年6月10日
発行分より
この欄後藤源二先生に大変お骨折りをかけたことを始めにお礼申し上げます
  *   *
昭和14年の新春一月1日町民多数の参列を得て新年祝賀式を挙行、年の始めのためしとて・・・の歌の床しさよろこばしさ。九百にたらんとす全校児童の丹精になる書初めが校舎に展覧されて東亜建設の春を一層意義あらしめている。
式終了後恒例の新年互例会もあり一日学校は賑わしく終わった。
   *
一月六日 太田町消防出初式あり、本校少年消防隊も之に参加 少年の活躍もめざましきものがあった。
   *
一月九日 いよいよ今日から三学期。一つづつ年を拾った児童達の顔が輝いている。
   *
二月七日 林先生を迎える。前にお身体の加減が悪く一時学校をやめて見えた林先生が再び本校にお勤めされることとなり一同先生の健康と御幸福を御よろこび申し上げる。
   *
二月九日 保護者会を開き教育上の種々打ち合わせ及び相談をする。
   *
紀元節祝賀式挙行 二月十一日午前九時より後記二五九九年建国の古を偲び聖寿の万歳皇国の発展を思う。識語 校内剣道大会を開催する。児童の意気大いにあがり盛会を極める。
   *
二月二十日 運動場が大変悪くなっていた為保護者会の力により土を入れることになり、今日からその工事が始められる。完成すればよい運動場となり子供達はよろこぶことだろう。同時に玄関屋根の修理
   *
三月五日 校内学芸大会
三月六日 公開学芸会
この両日にわたり本年最終の大学芸会を開催出演児童の磨かれた演出振りは観る者を恍惚の境にさまよはさずにはおかなかった。
   *
三月二十六日 町有力者参列のもとに本学年度卒業証書賞状授与の式を挙げる
 蛍の光 窓の雪・・・・修業生の歌声
 仰げば尊し我が師の恩・・・・卒業生の声
送る者、送られる者ともに輝かしい希望の顔を輝かしている。人一生の間忘れることの出来ない日がある。
授与式に引きつづいて、堀部泰先生の告別式先生は朝鮮の小学校へお勤めになるとのこと
   *
四月一日 先生がお変わりになった
 吉田有三先生 加茂郡久田見小学校へ
 生駒修司先生 加茂郡西白川小学校へ
 佐藤友次郎先生 恵那郡大井町農商青年学校へ
 堀部 泰先生 朝鮮江原道江陵郡連谷小学校へ
 堀部美好先生 退職
   *
 森瀧三郎先生 加茂郡久田見小学校から
 西尾 篤先生 岐阜市華陽小学校から
 山田 昌先生 岐阜県女子師範学校から
 笠原兼司先生 新任
 稲葉美代子先生 郡上郡下川小学校よから
 三品しづ子先生 新任 
   *
四月六日 いよいよ新学期 第一学期始業式
一年生の可愛らしさ。新しいカバンやランドセル、ピカピカ光る帽子の徽章、子供等の顔が晴れ晴れとしている。
   *
学級の編成
 尋一ノ一 四八人  板津  勲 先生
 尋一ノ二 五三人  安福利子 先生
 尋一ノ三 四六人  葛西さだ子 先生
 尋二男子 六〇人  笠原兼次 先生
 尋二女子 五二人。 稲原美代子 先生
 尋三ノ一 五一人  小野好道 先生
 尋三ノ二 四六人  三品しづ子 先生
 尋三ノ三 四五人  杉本きぬ子先生
 尋四男子 五二人。 林 辰 先生
 尋四女子 五六人  山田 昌 先生
 尋五男子 五六人  板津 章 先生
 尋五女子 五六人  志知道夫 先生
 尋六男子 六〇人  酒向 誠 先生
 尋六女子 五八人。 加藤 正造 先生
 高一男子 五六人  後藤 源二 先生
 高二男子 四四人  森瀧 三郎 先生
 高 女子 三八人  西尾 篤 先生
   *
四月二十四日 楽しい遠足 ランドセル、水筒、リュックサック の列 列 一日の行楽。日は暖か 吹く風はなごやかに子供等にとってはこの上もないよろこびがある・
 尋一,二年  太田橋
 尋三,四年  小山観音
 尋五,六年  加治田 清水寺
 高等科    伊深 正眼寺
   *
四月二十五日 靖国神社臨時大祭
全校児童校庭に整列 遙か東京九段の社に神鎮まります護国の英霊に対し黙祷を捧げる。
   *
四月二十九 天長の佳節 一堂に会し聖寿の万歳を唱える。
完結 昭和14年6月10日発行分(第29号)、昭和15年6月28日(第30号)発行分の編集後記には「いちょうの木」の割愛と次号で復活と書いているが、されることなく30号で終わっている。 2006年8月15日
トップページに戻る 無断転載、流用は禁止いたします (C)2005.12.31 Hiroshi Matsuno  
1
1