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NEW第八章「歴史街道」を行く!(2018年版)


 第八章へようこそ!この章は2012年3月にスタートしました。ここでは、私が歩いた歴史的景観を伝える町並みを紹介致します。これらの町並みの多くは、「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」に指定され、国の経済的支援を受けて保存されています。

左の写真は、奈良飛鳥にある法隆寺回廊です。ギリシャ・パルテノン神殿と繋がる「エンタシス」として有名な柱列です(2011.11月撮影)。


                                           
鹿児島県1:知覧麓武家屋敷街
鹿児島県2・入来麓武家屋敷街
徳島県・美馬市脇町うだつの町並み
岐阜県・郡上市八幡町明治・大正の町並み
奈良県・宇陀市松山伝統的建物群保存地区
岐阜県「世界遺産・白川郷」地区
山口県・萩市城下町地区
三重県・熊野古道伊勢路



(1)知覧麓武家屋敷街



戦国時代〜江戸時代・明治維新期まで、何故、薩摩・島津氏は強い軍団を持ち続けられたのか?何故、関ヶ原で勝者となった家康は敵対した島津氏を武力で制圧しなかったのか?島津氏は何故、鎌倉幕府(源頼朝)時代から徳川幕府滅亡後、廃藩置県に至るまで長期に渡って、薩摩地方を支配できたのか?これは、日本の武家支配の歴史の中で長い間、疑問に感じていた一つだった。その答えの一つを、藩内に広く展開された「麓(ふもと)」と呼ばれる薩摩独特の防衛拠点となった武家屋敷群で見ることができた。




有名な「知覧」の麓武家屋敷街には、2011年11月30日に訪問、庭園などが公開されている武家屋敷を見学しました。石垣は2種(「切石垣」と「玉石垣」)あり、「切石」の方は「主家」、「玉石垣」は「分家」と区別されていました。







(2)入来麓武家屋敷街



入来町は、鹿児島県薩摩川内市にあります。ここ入来は、「入来文書」(鎌倉時代から明治維新まで、薩摩入来の武家「入来院氏」の記録、日本封建制の歴史を記録した文書)で有名な町です。2011年12月2日、見学。




入来には、島津氏により戦国時代から江戸時代にかけて「麓」と呼ばれる独特な武家屋敷街が形成されました。ここに美しい「玉石垣の街」ができました。






(3)美馬市脇町うだつの町並み



「うだつの町並み」は、四国の中央部、山深い徳島県美馬市脇町にあります。2011年12月9日に四国の名峰・剣山から下りてきて訪問しました。「うだつ」は、隣家との境界に取り付けられた土造りの防火壁のことです。製作に費用がかかることから、裕福な家しか設けることができませんでした。




美馬市脇町は、陸上交通と水上交通の両者の要となる町でした。ここに、特産の阿波藍を商う商家が華麗な町並みを作り上げたのです。






(4)郡上市八幡町明治・大正の町並み



郡上八幡は、何と言っても「郡上踊り」で有名です。町のキャッチフレーズも、「そんなに急いでどこに行く、少し遅れていいじゃないか!」です。日本の社会が置き忘れて来た「懐かしい風景」を色濃く残している街です。





郡上八幡の名物は、「郡上踊り」だけではありません。長良川が市の中央を流れる「清流の地」、戦国時代の有名な歌人・宗祇にゆかりの名水「宗祇水」、そして、「城下町」の風情です。





郡上八幡の中央を流れる長良川。多くの釣り人がアユ釣り(?)の釣り糸を早い流れの中にたらしてしました。




(5)宇陀市松山伝統的建物群保存地区



宇陀市は、奈良県東北部大和高原に位置する小盆地にあります。江戸時代には、織田信長の次男「織田信雄」の所領となり、「織田松山藩」3万石の城下町でした。もっとも織田信雄はもっぱら京都に住み、ここは「隠居料」であったと言われています。





この城下町は交通の要衝であり、「宇陀千軒」「松山千軒」と呼ばれるほど栄え、それを偲ばせる商家などの町屋や土蔵、寺社建築などが残っています。



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(6)世界遺産『白川郷』地区


2013年のGW山行として、北アと中アの残雪期登山を楽しんだ中日の5.1に白川郷の城山展望台にて撮影

(7)山口県萩市城下町地区


2013年の夏季休暇中、中国地方を一周、鳥取・島根・山口・兵庫の「名山と歴史の旅」を満喫しました。

「看板」、山口県・萩市城下町地区にて撮影

萩城下町その1

(8)熊野古道伊勢路


2018年5月、「ヒノキの美林」で有名な三重県紀北町を訪問し、友人のネパール人カルマが起業した「カルマフォレストケア」の紹介を行ないました。その際、紀北町の名勝である世界遺産となった「熊野古道伊勢路」の馬越峠を初めて歩きました。

熊野古道伊勢路を歩く
美しい石畳の道が続いていました
馬越峠に続く石畳の道(その1)」
2018.5.21撮影

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