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| (1) | 山への想い |
| (2) | 山行履歴 |
| (3) | 山の仲間達 最近読んだ山書 2015年の山の仲間達 |
| (4) | 山と同人誌 「山・酒・温泉」第8号発刊 「山書」への誘い 村上春樹氏の言葉 |
| (5) | 人は何故、山へと向かうのか |
大阪で生まれ育った私が「山への憧れ」を抱いたキッカケは、高校時代の「信州への修学旅行」でした。その修学旅行で、生まれて初めて中部山岳に足を踏み入れ、美ヶ原、霧ヶ峰(車山)、蓼科山に登りました。皆で行列になって登った頂上で、北アルプスの陸続とつながる青い山脈を見た時、それが私の中で「山の原体験」と化しました。あの時、感動した「光景」に再会するために、今でも山に向かっているように感じています。(高校は「大阪府立茨木高校」、時期は「昭和43年9月3日-7日」、修学旅行で信州の山に登るという企画は当時の高校では珍しいものだったと思われます)
私の住んでいる埼玉県の比企丘陵は関東の中西部に位置しており、ここをベースにして東北から信州までの山々を登るにはとても好立地です。関東在住43年間で、「山行ノート」に記録に残している山行は合計642回(2018年1月1日現在)となりました。今までの山行記録を主要な山域別に分類し、頻度順に並べると次の通りです。
| 奥武蔵・秩父の山 | 101回 |
| 北アルプス・御嶽山 | 58回 |
| 奥秩父・中央線沿いの山 | 56回 |
| 八ヶ岳・蓼科山 | 41回 |
| 丹沢の山 | 39回 |
| 奥多摩の山 | 37回 |
| 西上州・上信国境の山 | 23回 |
| 南アルプス | 20回 |
| 箱根 | 19回 |
| 上毛・日光・足尾・足利 | 19回 |
| 上信国境の山 | 15回 |
| 尾瀬 | 13回 |
| 那須 | 10回 |
| 東北の山 | 11回 |
山行を楽しむ山域は地元「奥武蔵・秩父」が一番多く、ここにはお気に入りの山「笠山」もあります。この奥武蔵には「山歩きのトレーニングコース」をたくさん持っていて、その一つが越生・毛呂山にある「鎌北湖〜宿谷の滝〜物見山〜ユガテ」コースです。近くの高麗には「日和田山」があり、有名なクライミングゲレンデもあります。五番目の「丹沢」は東京での会社員生活が始まってすぐに、学生時代の友人達と一緒に山岳訓練を目的に頻繁に登った山域です。今でも年に一度はこの丹沢山域に入り、ボッカ訓練と称して大倉尾根を登っています。塔ノ岳山頂にある尊仏山荘は富士山から湘南の海まで一望でき、私の好きな山小屋の一つです。「北アルプス」にも私のお気に入りのポイントがたくさんあります。その第一は、上高地からセルリアンブルーの梓川に沿って横尾に向かう途中にある「徳沢」です。まだ雪の残るゴールデンウィークから晩秋まで、この徳沢で野営生活を楽しんでいます。ここの「牧歌的」とでも表現したい穏やかな空間がたまらなく好きです。槍や穂高、蝶などから下りてきて、この徳沢のキャンプ場に着くとホッ!とします。二番目にお気に入りは、友人のペンションがある白馬村神城をベースにした遠見尾根の登攀です。残雪期に素晴らしい景観を味わいながら一登りすると小遠見山に到ります。ここから見るカクネ里から一気に突き上げる鹿島槍の姿には、いつ見ても息を呑まさせられます。とりわけ、4月の残雪期、「カクネ里」から突き上げる鹿島槍ヶ岳の雄姿は、「神々しさ」に満ち溢れています。
私の「お気に入り」の野営地・上高地から2時間の「徳沢」にて
山を介して、様々な人との「つながり」を楽しんでいます。今、一緒に山行を楽しむ仲間は、5グループあります。一つ目は地元比企・鳩山の山仲間「山遊会」、二つ目は社会人の山仲間の「YSO山の会」、三つ目は中学・高校・大学時代の山仲間(都岳連加盟の山岳会やフリークライミングサークルに所属)、四つ目は職場の山仲間、そして、5番目は2005年の3月初旬に八ヶ岳・赤岳鉱泉で偶然一緒になり、意気投合して山行を楽しむようになった山仲間で、まだ3名だけですが「関西健脚登山隊」と呼んでいます。これら全ての仲間達とは「山が好き」という一つの共通項でつながっています。そして、2006年以降には、この5つの山仲間を組み合わせた「合同隊」形式での山行が増えてきました。この合同隊にまたその友人が参加するという連鎖もあり「山仲間」も着実に進化しています。
ここでは、様々な「山の仲間達をご紹介します
左の画像は北八ッ・天狗岳を歩いた時に撮影
この山行メンバーは地元鳩山の山仲間達です。住んでいる鳩山も自然が豊かな地域ですが、山好きな仲間も多く、春夏秋冬、誘い合って山行を楽しんでいます
左の画像は北ア・唐松岳山頂にて撮影
左側の帽子のT氏は大学時代からの友人で、今は「フリークライミング」で活躍しています。グレード5.12aをクリアーして私の優秀なコーチ役となっています。関西在住なので、中間地点の信州で待ち合わせて、一緒に「山スキー」から「残雪期の北ア山行」など、一緒に楽しんでいます
これも、「合同隊」です。地元鳩山の仲間と大学時代の仲間を組み合わせたものです。
左の画像は丹沢・沢登りにて撮影
右側のK君は「YSOの会」の技術リーダー的存在で、世界7大陸の最高峰の内、既に5座の登頂を果たし、今、南極最高峰のビンソンマシフ(4897m)にアタック中です
(1月17日、登頂成功のニュースが入りました。これで、7Sammitの内、6座まで登頂達成です)
おめでとう!
山から下りて一番楽しいひと時
場所は、八ヶ岳、山頂より下りてきて温泉で一汗ながした後
(唐沢鉱泉にてYSOの仲間達と '03.7月)
YSOの山仲間には、様々な社会人の山好きが集まっています。「多忙な?」企業人ばかりの集団ですが、月例山行からお花見、芋煮会、そして「同人誌」の発行まで、活発に活動しています
この画像は、2005年3月、残雪期の南八ヶ岳縦走中に硫黄岳頂上にて撮影
2005年10月9日、北ア・後立山連峰の秘境「風吹天狗原」にて撮影
今回は、YSOの山仲間達と紅葉を尋ねる山旅でした。北アの守り人と言われる尾沢洋氏と風吹山荘でお会いし、「風吹天狗原」に案内して戴きました。そこは、後立山の秘境と言ってよいところです。一面の草モミジとなった湿原には「クロマメの木」が小さな秋の果実を付けていました。ここにも、素晴らしい自然が残っていました。
2005年11月5日、上越国境・谷川岳の「トマの耳」にて撮影
メンバー6名の内、5名が「大阪」「神戸」「宝塚」出身の関西人です。未だに大阪に住んで、フリークライミング三昧をしている二人を除いては、関東暮らしが長くなってしまったメンバーですが・・・。
2006年1月21−22日、霧ケ峰の「ヒュッテ・ジャヴェル」にて撮影
2006年3月4−5日、南八ヶ岳の「赤岳から阿弥陀岳縦走」時に撮影
2006年5月4日、北アルプス唐松岳山頂にて撮影
2006年8月6日、冨士山頂にて撮影
2006年10月8日、南ア北沢峠テン場にて撮影
2007年2月3日、道志・御正体山山頂にて撮影
2007年2月11日、八ヶ岳・赤岳天望荘にて撮影
2007年3月10日、北アルプス・白馬小蓮華稜線にて撮影
2007年4月30日、北アルプス・穂高の白出ノコルにて撮影
2007年9月16日、南アルプス聖岳山頂にて撮影
2007年9月15日〜17日の2泊3日で「南ア深奥部」の光(てかり)岳から聖岳を縦走しました。光小屋、聖平小屋に自炊泊をしました。どちらの小屋も登山者は少なく、とても落ち着いた山行を楽しむことができました。
2007年10月28日、燧ヶ岳をバックに尾瀬沼にて撮影
2007年12月1日、「YSOの山仲間」芋煮会にて沢田氏撮影
2007年12月23日、八ケ岳・丸山山頂付近にて撮影
2008年1月14日、八ケ岳の主峰・赤岳山頂にて撮影
明るいビバーク仲間
2008年3月30日、南ア鳳凰三山から撤退後、標高2200m地点でビバークの翌朝に撮影
2008年GW山行「乗鞍岳山頂」
2008年5月4日、北ア乗鞍岳山頂(3026m)にて撮影
2008年秋山山行「常念岳山頂」
2008年11月2日、北ア常念岳山頂(2857m)にて撮影
2009年1月3日、浅間・黒斑山にて撮影
2009年3月21日、北ア・西穂独標に向かう稜線にて撮影
2009年の残雪期山行として3月20−22日の日程で北アルプス・西穂高と上高地に合同隊(鳩山隊・八王子隊)の5名で行ってきました。西穂でも積雪1.5m程度、平年より少ないとのことでした。
2009年7月20日、北ア・抜戸岳にて撮影
2009年8月12日、飯豊連峰・温身平(ぬくみだいら)にて撮影
夏山山行第4弾として、8/11-14の日程で東北・飯豊連峰に山仲間5名で出かけました。コースは天狗平ロッジに泊まって、翌日朝、ブナ林が輝く「温身平」から石転ビ沢の大雪渓を登るコースでした。今回は、3泊4日の山行、東北の山らしく、全て自炊の山行でした。食糧を始め、自炊装備・宿泊装備(シュラフ、マット)・雪上歩行装備(アイゼン、ピッケル、ロープ)の重装備を担ぎ上げました。
丹沢・塔ノ岳山頂
「YSO山の会」お花見
平成23年(2011)4月30日、八ヶ岳・黒百合ヒュッテ前にて撮影
GW山行第一弾として「YSOの仲間」と八ヶ岳・天狗岳を登りました
メンバーは4名、内女子二人(山ガール)は初雪山体験でした。黒百合ヒュッテに泊まり、雪上歩行を練習すると共に「ロープワーク講習」と「ワインパーティ」、「ツボマッサージ」などで盛り上がりました。「恒例のお花見会」
平成24年(2012)4月7日、多摩川土手(狛江)にて撮影
「YSOの山の会」の仲間達との恒例のお花見会です
「奥秩父・乾徳山」
平成24年(2012)5月26日、乾徳山登山口にて撮影
「YSOの山の会」の仲間達との軽い山旅でした
「尾瀬山行」
平成24年(2012)9月22-23日、尾瀬沼にて撮影
「会社の職場」の仲間達9名で秋の尾瀬を楽しみました
「GW山行」
2013年のGW山行には残雪期登山を御嶽&恵那山で楽しみました「合同隊山行」
久々の「合同隊(鳩山隊+中野隊)」山行を鳳凰三山で満喫しました「職場の仲間達」
毎年秋、職場の仲間に呼び掛けて、秋の山歩きを楽しんでいます。今年は、那須の山でした「雪山山行」
道志山塊「今倉山〜二十二夜山縦走」
2014年も雪がたっぷり降っています。その中、地元の山仲間10名で道志の山に登りました愛鷹山地「越前岳」
3月の地元山仲間の定例山行YSO恒例の「花見会」
YSOの山仲間達
「春山山行」
甲府盆地の山「甲州高尾山」
4月の地元山仲間の定例山行南アルプス前衛の山「千頭星山」
5月の地元山仲間の定例山行「夏山山行」
高校同窓会登山「大菩薩嶺」
茨木高校(大阪府立、創立129年)のOB&OG5名で大菩薩山行を楽しみました。
地元山仲間「鳩山隊」3名で赤城山トレラン
山行が好きだ。そして、山行と同じ位、「山書」を読むことが好きだ。登山家自身が書いた「山行記」は勿論のこと、山行経験がある作家達が山を舞台にして書いた「山岳小説」を読むことも好きだ。何故か?と問われると、山書の中で主人公達が歩き、登攀し、眺めた山々の光景を共に体験し、心情を共感すること、それができるから好きなのだと思う。
山が好きで、山のエッセーを書くのが好きだという「山の仲間達」と今、「山の同人誌」を作っている。これからも「山書の杜」を彷徨し、「いい本」に出合うことを希求しつつ、自らも体験したこと・感じたことを書いて行きたい。
山が好きな人は、写真が好きだったり文学が好きな人も多いのですが、私の山仲間の一つ、YSOの仲間には文学青年(?)達が多く、山の紀行文や随筆、詩文、写真を集めては毎年、立派な同人誌「山・酒・温泉」を刊行しています。編集長の白井氏は、第3号の巻頭言の中で登山が他の多くのスポーツと異なる点として、「多くの文学的成果物を生み出してきたこと」を挙げられています。つまり、「紀行文や詩、随筆、物語、小説などいわゆる文学と呼ばれるジャンルの出版物はスポーツの中で登山が最も多い」ということです。
この登山と文学との関わりの中では、私達日本の山ヤには「大きな財産」があります。それは、山の雑誌「アルプ」の存在です。この雑誌は、哲学者でもあり山ヤでもあった串田孫一氏が中心となって、「山を中心主題として文学・芸術活動する」という目的で発刊されたものでした。実に、昭和33年から昭和58年まで25年間に渡って、月刊誌と別冊が300号まで刊行されました。この雑誌は、山に関する紀行文だけでなく、詩、絵画、写真など多彩な内容を持っており、執筆者も串田孫一氏、尾崎喜八氏、藤木九三氏、辻一氏、小林一行氏、小島六郎氏など層々たる顔ぶれが連なっておりました。神田や阿佐ヶ谷にある山の古書を扱っている書店で、私はこの「アルプ」の姿を見つけると、今でもすぐに買ってしまいます。
私達の山の仲間達で制作している同人誌「山・酒・温泉」も、この「アルプ」のように次第次第に完成度を高めて行きたいと思っています。そして、この同人誌「山・酒・温泉」の発刊が、更に多くの「山が好き」な仲間達との交流を広く深くしてくれることも期待しています。
「YSO山の会」の「文芸」が大好きな山仲間達で、「山の同人誌」を刊行しています。そして、その「第8号」が平成25年12月5日に無事、発刊できました。この最新号の執筆者には新人4名も加わり総勢15名、YSOの山仲間の広い交友関係を表すように様々な仕事を持つ社会人達(女優や、地雷除去で世界を駆け回っているNPOメンバー、世界中を歩いている旅行家など)から自慢の原稿(詩・随想・山行記・写真・イラスト)が集まり、ページ数も118ページとなりました。
この山の同人誌の入手を希望される方は、私宛にメールを下さい(第11章にメールコーナーがあります)。また、この本は、御茶ノ水にある有名な山書の店「茗渓堂」でも入手することができます。)
YSO同人誌「山・酒・温泉」第8号について
私もこの第8号の編集に関わると共に、山のエッセーを1編、寄稿しています。それは、「ストイックな山・YSOな山」です。この「ストイックな山・YSOな山」は、私が2010年に登った山から3件の山行(奥穂から前穂、会津駒、富士山)を取り上げて紹介したものです。
9月22日の「朝日新聞」(夕刊)に山梨県立文学館の館長である近藤信行氏が「山と文学との関わり」や「日本人の山」について的確にまとめられた文章「山に寄り添う日本人」を見つけました。これは、日頃私自身が感じていることにもつながっています。下記にその文章の「要約」を掲載します。
(要旨)日本には山を詠った詩歌、山を描いた文章など登山行為と結びついた多彩な文学がある。日本人は古くから「山と精神文化」とを同一次元で見て来ており、自らの心を山に投影して来た。昭和31年6月、マナスル登頂を果たした槙有恒(ゆうこう)氏はカトマンズで開かれた登頂祝賀会で、「私はマナスルを征服して来たのではない。この壮麗な山との親しみの交わりを深めてきたのだ」と述べられたと言う。その歓迎会に居合わせた登山史家のレッヒェンぺルク氏は深い感銘を受け、槙氏の話しとして「高峰に登るのは、自然への巡礼と同じことである。人間、精神、自然は一つの宇宙の一部である。私達が山に登ろうとして出発するとき、私達は決して戦いに行くのではないのだ。」と書き記した。八千メートル峰の初登頂に成功した後で、自然と人間の融和を語ったということは、日本人の登山を考える上で極めて象徴的なことである。
近藤信行氏のこの結びの「言葉」に私も全く同感です。そして、これは日本の多くの登山愛好家が心の中で思っていることではないでしょうか。氏が館長をされている山梨県立文学館にも是非、一度足を運んで「山を主題とした文学作品」の数々を拝見したいと思いました。
何故、一流と言われる登山家達は「素晴らしい文章」を残しているのだろう?「登山家=作家」と言っても過言でない位、読む人を感動させる作品の多さには驚かさせられる。これは、彼や彼女ら登山家達が「死」と隣り合わせの世界の中に自ら入り、そこで「真剣に」生き、「感性」を鋭く研ぎ澄ましているからではないだろうか?以下に、2009年〜本年に私が読んだ「山書」を紹介します。
| 中川博樹 泉 久恵 |
文豪が愛した百名山 | 深田百名山を舞台にした著名な作家・作品を取り上げた本。深田久弥自身の 文章からの引用と共に作家(芥川龍之介、井上靖、宮本輝など)自身の言葉でも 山の良さを知ることができる内容でした。 |
| 高橋千剱破 | 名山の文化史 | 興味深い山書だった。今、日本の山に登るとやたらと神社が目に付く。しかし、これは明治新政府の宗教弾圧(廃仏毀釈)によって、日本独特の山岳修験の核として発展してきた名寺院がことごとく破壊・抹殺された結果だと知った。この弾圧で多くの堂塔、貴重な文化遺産が失われたとのことだった。これは、私に新たな視座を与えてくれた本だ。 |
| 椎名 誠 | ハーケンと夏みかん | 面白い短編集だった。私は、単独で山に入る時、一冊の文庫本を持参することにしている。この文庫本は「北信州の名山の旅」に持参した。夜一人のテントの中で読んでいて、ゲラゲラ笑ってしまうことが度々あった。避難小屋泊の夜でも、読んでいて笑ってしまい、同宿した登山者から「何を読んでいるのですか?」と質問されてしまった。こういう「山旅」も世の中にはあるということを改めて知った。 |
| 谷 甲州 | 単独行者 | 19歳の時、新田次郎の「孤高の人」を読んで衝撃を受けた。これも、加藤文太郎が昭和11年1月、槍ヶ岳・北鎌尾根で遭難死するまでの「自己と山との戦い」を描いた小説だ。文太郎を描いた小説は、いつ読んでもそのストイックな姿勢に惹かれてしまう。 |
| 佐瀬 稔 | 喪われた岩壁 | 「副題」は「第2次RCCの青春群像」だ。面白く一気に読んだ。高度な登攀、特に谷川岳や穂高に青春を賭けたクライマー達の軌跡を改めて知ることができた本だ。彼等が戦時中も谷川岳の岩場に向かっていたとは驚きだった。 |
| 小西政継 | マッターホルン北壁 | 言わずと知れた「山岳同志会」のリーダーだ。第2次RCCと同じく、日本山岳会的な既成登山を批判し、尖鋭的な登山(「鉄の時代」)を自ら実践したクライマだ。小西氏の著作は、名著「グランドジョラス北壁」に続き2作目。 |
| 吉尾 弘 | 垂直に挑む | 12歳で社会人山岳会に入会、14歳の時、谷川岳で積雪期初登攀の記録を作った人だ。奥山章、芳野満彦らと、昭和30-40年代の日本のクライミング史で中核的なクライマーだった。しかし、常に生き方や性格に悩む内省的な登山家だったところが魅力でもある。 |
| ラインホルト・メスナー | メスナー自伝 | 「超人」と呼ばれたクライマーの自著だ。南チロルに生まれ、ドロミティの岩場を父親と登った卓越した登攀者の姿を改めて知った。後半では、植村直己と同じく「水平の世界」にも挑戦した。 |
| 小泉 弘 | 装丁山昧 | 本書の紹介文に「山の本好き、装丁好きに贈る珠玉のブックデザインの集大成」と書かれていた。全くこの通りだ!食い入るように、それこそ、寝食を忘れて読了した。作者も登山家、なんと私の地元の登山家仲間が属する山岳会の方だった。その上、「ヤマケイ」のPD(Printing-Directer)の紹介では私の会社の職人の方が取り上げられていたので親近感も100倍! |
| 笹本稜平 | 未踏峰 | この作家の作品は初めて。南三陸町でのボランティア活動中に、夜間、テントの中で読んだ。北八ヶ岳の森と湖の世界からネパールヒマラヤへと挑戦する話しだ。「気質タイプが異なる人」とのコミュニケーションの仕方からも参考になる。 |
| 熊谷達也 | 光降る丘 | 2008年6月14日発生したマグネチュード7.2の「岩手・宮城内陸地震」で栗駒山が山体崩壊した。土砂崩れで大きな被害を受けた開拓村の話しだった。2013年3月、南三陸町ボランティア後、「くりこま荘」に泊まってその崩壊跡を見た。 |
| 立松和平 | 二荒(ふたら) | 日光連山は好きな山域だ。その中心・男体山を開山した勝道上人と修験者としての姿勢を描く。そして、中禅寺湖畔に暮らす人達や欧米の大使館員の営みなども知った。益々、日光の山・湖が好きになった。そして、同時代を生きたこの作家が亡くなったことは残念 |
| 村口徳行 | エベレスト登頂請負い業 | 山仲間からの推薦本、読んで随分とプライドの高い人だと感じた。自信家なのだろが、それは実績が裏打ちされている。自分の雇主に対しても、歯に衣を着せぬ筆致には脱帽。エベレスト登山の現状を知ることができた。 |
| 山野井泰史 | アルピニズムと死 | ”死”と極めて近い立ち位置で岩壁に挑戦することが生きるエネルギーとしてきたクライマーだ。彼の山は「趣味」とは対極にある「真剣勝負の山」と言ってもいいだろう。 |
| 宮尾登美子 | 天涯の花 | この小説の舞台となった剣山の標高1400mにある「剣神社簡易宿泊所」に2015年9月、泊まった。剣山の歴史、山の様子、そして、キレンゲショウマのことなどもこの本で知った。 |
今まで読んだ山書の中で、最も印象的だったもの
| 加藤文太郎 | 単独行 | やはり一番は「加藤文太郎」のこの本だろう。文太郎は私の好きな登山家でありそのストイックな登山姿勢に惹かれる |
| 松涛明 | 風雪のビバーク | 衝撃的な「死」である。ザイルを組んだ岳友ために果たして私達は死ねるのか? |
山書とは余り関係がないが、私の好きな同時代の作家に村上春樹氏がいる。その村上氏が2009年2月15日、パレスチナと戦闘行為中のイスラエルでとても印象的な発言をされた。この発言はエルサレムで行われた「文学賞受賞」記念講演の中で行われたものだ。私たち一人一人の生き方に対して極めて重要な示唆に富む言葉だと確信するので、以下に掲載したい。
村上春樹『どれだけ壁が正しくても、どれだけ卵が間違っていようとも、私は卵の側に立つ』・・・これは、私たちの生を抑圧する様々な動きや仕組みを「高い壁」として表現し、それと対峙するヒトを「卵」とした村上氏が得意とする比喩だ。この「高い壁」に強いたげられるヒトに対する氏の共感もまた私がこの作家を好きな理由の一つだ。この村上氏の言葉は、2009年の「最も印象深い言葉」の中に確実に入るものとなるだろう。