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第十一章「交流のページ」(2018年版)工事中!


 第十一章へようこそ!この章は、皆様との「交流のページ」です。山以外の私の プロフィール紹介と、連絡先などを記載しています。このHPへのご質問、ご意見なども 是非お聞かせ下さい。

(1)サイト管理人の田村について

「還暦パーティ」



 2011年11月に還暦を迎えました。左の写真はその「還暦パーティ」の時のものです。会社の仲間達88名が集まってくれて、盛大に祝ってくれました。会社では人材育成の仕事をしていたので、その時の教え子達です。

「卒業パーティ」



 2016年11月に42年間勤めた大日本印刷株式会社(DNP)を卒業しました。研修会館の大ホールで、山仲間、ジムトレーニング仲間、手話仲間、そして、DNPの教え子達77名が集まって「卒業パーティ」を開いてくれました。こんな格好をさせられました!



「田村ヒューマンアカデミー」起業!



 2017年元旦、「田村ヒューマンアカデミー」を起業しました。DNP時代の人材育成の経験を活かして、他社とは「一味違う」人財育成を支援します。2.8-10の3日間、池袋サンシャインで開催された「page2017展」に田村ブースを出展しました。



(2)哀悼!東日本大震災!

2011年3月11日午後2時46分、巨大地震が日本の東北、大西洋沖で発生しました(「東日本大震災」)。
The huge earthquake attacked to the Tohoku area in Japan on Mar 11,2011。
マグニチュード9.0、日本の観測史上最大の地震でした。最大深度は、宮城県栗原市で「震度7」が観測され、東北の太平洋岸を中心に「巨大津波」が襲って甚大な被害を齎しました。
2017年3月11日現在、死者・行方不明者は18,446名、災害関連死者は3,523名、全壊・半壊の建物は40万151戸、仮設住宅などにはいまだ12万3千名もの避難者が住まざるを得なくなっています。
There were a lot of victims in this earthquake, dead & missing persons 18457, compete & half broken houses 400151.

また、東電福島原発のメルトダウン事故により夥しい避難者が生み出され、津波被災地の復旧工事の遅れなどからも避難の長期化と人口流出が続き、市町村消滅の危機という深刻な事態ともなっています。私も、同世代に生きる者として、この未曾有の大震災への復興支援と再生に関わり続けて行きたいと思います。そして山ヤとして注意しなくてはならないことは、2011年3月11日以降、日本列島の地下構造は大きく変化したと言われており、2015年にも日本各地で地震活動や火山活動の活発化が報告されました。中でも木曽の名山「御嶽山」が2014年9月に噴火し、57名の死者と6名の行方不明者を出す大災害を齎しました。2016年4月には中央構造線に沿った九州熊本・大分で震度7の巨大地震も連続して続きました。日本列島の「地下構造」の変化に注意を払って行く必要があります。


「南三陸町ボランティア」活動


「南三陸町の象徴“防災対策庁舎”の残骸、2012年3月26日撮影」


毎年3月、宮城県南三陸町のボランティアセンターで復興支援活動をしています。南三陸町には3年続けて、お隣の石巻市にも1度、ボランティア活動に行っています。最初は、「ガレキ除去」が主体でしたが、今は「生活再建支援(漁業・農地)」、「仮設住宅清掃」などに支援内容が変わって来ました。

今年(2014年)3月の「防災対策庁舎(残骸)」前の写真です。
この「悲劇の建物」は、残して貰いたいと思っています。


宮城県南三陸町の「春告げランチ」


ボランティア期間中は地元の海鮮料理店で昼食を摂ることにしています。
この日は「牡蠣のソテーとタコ(南三陸名物)刺し」です、2014.3.20 撮影

海外ボランティア活動「ネパール大震災復興支援」

2015年4月25日、ネパールでM7.8の大地震が発生しました!
2014年11月、「田村隊」メンバーで歩いたカトマンズの街も大きな被害を受けました。旧王宮など多くの歴史的建造物を始め、レンガ造りの住宅が倒壊しています。


エベレストベースキャンプでは雪崩れが起こり、登山者やシェルパ達も巻き込まれました。地震発生後一ヶ月が経過しましたが、死者は8784名と言われているのですが、山岳民の村々の情報は正確に伝わっていません。


ネパール大震災の復興支援活動で、シェルパの村「ファプレ村」に文房具・衣類・義援金を届けました。村人たちが「歓迎パーティ」を開いてくれました。

2016年4月7日-21日で、ネパール復興支援活動に参加しました。 これは、2014年のアンナプルナトレッキングで私達がお世話になったシェルパの住む村々を回り、子供達に文房具やTシャツを届け、自宅が倒壊した家々に義援金を届けたものです。

日本国内でも「火山活動」が活発化しています。屋久島の隣「口永良部島」で噴火、箱根大涌谷や阿蘇山で立ち入り規制、桜島でも火山警戒レベル4など、日本各地の活火山で地下のマグマの動きが心配です。2014年の
木曽御嶽山の火山爆発の遭難者を出さないように火山警戒情報に留意して、安全登山を楽しみたいと思います。


(3)山行で育つ!


 左の画像は2004年10月、南ア・北岳山頂にて撮影したもので、右側で手を上げているのが私です。左側の男性は、頼もしい山仲間の一人で立教大学の鳥類研究で有名な先生です。私の自宅は、関東地方の比企丘陵(埼玉県比企郡鳩山)にあり、豊かな自然に恵まれています。出身は大阪、東下りをしてかれこれ40年になりました。山に登ることで、「自然の雄大さ」や四季折々の「自然の息吹き」を感じることが好きで、年間で30回位は様々な仲間達と山行を楽しんでいます。左の写真は、2004年10月、黒戸尾根から甲斐駒に登り、一旦、広河原に下りて、北岳・間ノ岳・農鳥岳と縦走して奈良田温泉へ下山した時のものです。このHPを通じて、「山を愛する人達」との交流の輪が更に広がることを期待しています。




北アルプス白馬岳稜線

07年3月10日、白馬岳・小蓮華にて撮影


登山家&山岳写真家の志水哲也氏が主催した「白馬雪洞山行」に鳩山隊の仲間3名で参加、その折、白馬岳に続く小蓮華の稜線にて撮影したものです。この日、栂池上部の沢筋の急斜面に「雪洞」を掘り、そこに泊まりました。雪洞の内部は広く、また洞内の気温も±0度で快適なキャンプを楽しむことができました(第三章に詳報)。




北アルプス裏剣

モルゲンロートに染まる「神々の座」

2007年10月24日、北アルプス「剣岳」の岩稜  仙人池にて撮影


裏剣に会いたい!という気持ちを登山を始めて以来、ずーっと持ち続けて来ました。それを今回、単独行として黒部峡谷に向かい、黒部下ノ廊下の「阿曽原」から、2007年7月に開通したばかりの「雲切新道」を辿って実現することができました。剣は、その圧倒的な姿で私を迎えてくれました。10月23日朝、阿曽原のキャンプ地を出発して、翌24日夕方に阿曽原に戻るまで、登山者には(人間には)誰一人とも出会わない、とても「静かな山行」でした。



(2)「交流の場」リンクコーナー

(3)著者へのメール

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