ひとり今思うこと
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ここは好きな花をバックにして思いを吐露する場所にしました
花の画像 by wayone




「初めての沖縄へ演奏旅行」

川崎市文化協会会員として、川崎長唄連盟は参加することに決定し演奏曲は「勧進帳」を

四丁四枚(唄四名三味線四名)でやることに芳村金吾会長に承諾を得て出演者を決める。

唄 芳村金吾・柏 庄英・杵屋和桜・杵屋佐恵隆

三味線 杵屋勝芳歌・杵屋佐登繭・杵屋佐容澄・杵屋勝邑喜

スタッフ一名と友人の筝演奏者小笠原沙慧さん達と平成21年1月29日早朝羽田空港より

一路沖縄空港へ、十時五十五分無事着陸、団体バスで東南植物楽園にて昼食、一瞬にして飛び

去るジェット機の音に一同驚き、先ほど基地の側をバスで通過したのを思い出した。

オリオンビール工場見学で美味しいビールを頂き、一箱我家に送る。

最初の宿は歩いて十分ほどで「美ら海水族館」に行ける「チサンリゾート」というホテルだ。

前から行って見たいと思っていたので、閉館一時間前に仲間と滑り込み、巨大なマンタや

ジンベイザメを見て大感激。いつもと日の入り日の出の時間が一時間ほどずれていた。

2日目は演奏用の留袖を着て市役所へ表敬訪問後、国立劇場おきなわへ那覇市文化協会との

交流はお互いに華やかに優雅に務めることが出来、良い思い出が出来ました。

沖縄の友人が案内してくれた店で楽しいひと時を過せたことも幸せでした。

3日目は那覇市歴史博物館で知らなかった琉球王朝のことを知り、世界遺産の首里城を見学、

「戦争ほど残酷で悲惨なものは無い、平和ほど幸福なことはない」と強く胸に迫るものを感じ

芸術文化の交流で微力ながらも平和に貢献できたら、これ以上の喜びは無いと更に己の道を

精進することを決意致しました。




「本当に無残です」

あまりにもいろいろな事件があり10ヶ月もなにも書く気になれませんでした。

でも今日は黙っていることは耐えられません.イスラムを愛して勉強をしてお役に立とうと

努力をしていた有能な韓国の青年キム・ソンイルさんがイラクで武装グループに

拉致され、ご家族はじめ多くの人の願いもむなしく殺害されてしまいました。

なんと云う悲惨な出来事でしょう両親のそして妹さんの気持ちは察するにあまりある思いです。

あまりにも残酷過ぎて言葉が見つかりません。

自分には関係ないことと無視をすること自体、自分の人間性が失われて行く様な気がします。

平和は全人類が望むことでしょう?世界を変えるには人間が変わらなければなりません。

それにはまず自分が変わらなければなりません。無気力にあきらめていては、なにも変わりません。

私は自分の出来ることで平和を目指します。楽器を持つ人は武器を持ちません、

自分の音楽の道で頑張ることが、私の世界平和への戦いです。

自分の生命も人の生命も同じく尊いのです。このことが解れば戦争はなくなります。



今日は「58回目の終戦記念日」

PCと顔を並べているTVが、当に「 全国戦没者慰霊」式典を中継する寸前の様子。

気がつくと正午と同時に立ち上がって1分間の黙祷に参加していた!

この1分間は結構長いのだ、終戦記念日が近くなると戦争録画の色々な場面が目に入るが

そのなかにあった脳裏に浮かぶ, 長身の日本兵の亡骸が長身の我が息子(いまサラリーマン)

と重なって涙が出てしまった。どれだけ大勢の人が肉親を戦争の犠牲にしたのだろう?

<戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない。だが、その戦争はまだ、続いていた。

愚かな指導者たちに、ひきいられた国民もまた、まことにあわれである。>

これは世界何カ国語か(詳しい数は忘れました)に翻訳されている小説「人間革命」冒頭の有名な

言葉です。著者は良識ある世界の識者や指導者が尊敬して止まない、世界平和実現の為に,

生涯をささげておられるSGI名誉会長 池田大作先生です。

母と子供が笑顔で暮らせる21世紀になってほしいものです。



「胸が痛む」

2003.8.11夕方のTVをON,いきなりカンボジアの少女売春の実態をレポートしている!

10歳にもならない子もいた、スラム街のような街に潜入、日本人グループもいる、

ほんのわずかの金で子供を売る親、それを買う大人、人間の心ではない!こんな事が出来るのは!

チャンネルを回した、今度は川村志歩ちゃん11歳が祖母と2人で凶悪な叔父の人質になって、

志歩ちゃんが刺されて殺されるまでを親や警察の状況を時間を追って報道、

勇気をふるいチャンネルを替えずに最後まで見たが、本当に息が苦しく胸が痛んだ、

精神が変になりそうだ!こんなニュースばかりを見ている子供達の感覚はどうなってしまうのだろう?

大人の私でさえ耐えられないのに!正常な感覚を保つのは良書を読む、美しいものを見る、

本物の芸術を見たり聞いたり、自身を高める努力をしていないと知らず知らず毒に犯され,

無感覚無表情無責任に成りそう・・・・!



「売れさえすれば何を書いてもいいのか?」

いやですね〜〜〜!取材もしないで、デマを書き、大勢のひとに迷惑をかけ 訴えられても、

裁判で何回負けても、多額な賠償金を何回払っても反省をしない週間O潮もいやですね〜〜!

「捏造体質」にO潮社が史上最高額の「2000万円」の賠償命令が出た熊本の医療法人への

デマ事件「いつ」「どこで」「誰が」がデタラメ。社長個人の刑事責任も問われたのね。

まともな出版社に戻りたいなら、「自浄作用」するのが人間として、社会人として当然でしょう。

「金輪際、デマ記事は書きません」と社長本人が社会に約束すべきでしょう。

本屋さんも銀行もこんな悪質な出版社の本を置いていると良識を疑われて恥ずかしいですよ

ほんとうに!





「韓国は日本文化の恩人の国」

6月17日〜22日 日韓舞踊草の根文化交流で韓国へ行った。

丁度サーズ問題で国の内外でニュースたけなわ取り合えず色々の障害ををクリアして

機上の人となる。スチュアーデス達のヘアスタイルは皆きちんと後ろに纏め見た目も清楚で清々しい

韓国の賑やかな街中を歩いて感じたのは、人々をみて受ける感じは日本と比べて健全だと言う事。

日本では感じることが出来ない安心感みたいなものが 自分の中に確認できたのは私ばかりでは

なかったのがあとで解かったが、これってそれだけ日本の人が乱れてる?すさんでいる?

と言うことなので悲しい気持ちになる。電車の中で化粧するなどは論外というものだ!。

韓国の国立国楽院(国立劇場)のお客さん用ではない食堂でメンバー全員と食事をしたが

ダンサー達?かも知れないスマートな体系に髪はひっつめて後ろに丸くかため

足元まであるコバルト色の回ればすそが朝顔の花のように広がるドレス,袖は白いゆとりがある

長袖という素適なメンバーが私達と同じセルフサービスの食事を順番に並び,おかずを皿に盛っていた

ホテルのバイキングに比べればずっと質素で、辛かったが爽やかな雰囲気が心地良かった

その夜7:30の開演で「歌舞伎400年記念日韓舞踊草の根文化交流」を日本の演奏家は舞台下手

赤毛氈の上に スタンバイ,舞台上手に韓国の演奏家達がスタンバイ。リハーサルを客席で見せて

いただいたが音楽も舞踊もとても優雅で格調高く魅了されてしまい、カルチャーショックをうけた。

韓国人間国宝の横笛演奏は楽屋でモニターを日本側全員息をつめて聞き入ってしまった

日本の伝統文化がはじめて入ったというので,交代で本番後は舞台の幕の陰から音楽家たちが

楽屋に戻らないでこちらの演奏を舞台のそでに立ったまま見つめていた。

日本人は文化の恩人の国の韓国を見下げるような病癖を持っている、なぜか持っている人が多い

と言うべきかも知れないが大変な間違いだと思う, ごう慢だとも思う

文化芸術を通して真の友好を結んでいきたい。



「いつになったら解かるんだろう」

憎しみから幸福は生まれない、暴力には暴力をという発想を変革しない限り、

何百年何千年経っても戦争という残酷で悲惨な行為はなくならない,20世紀は

戦争の世紀で人類の大量虐殺が何度も実行された。21世紀は全人類が

本当は心の中で望んでいる平和の世紀にしたいものだ。

宇宙から地球を見た人が必ずいう言葉それは青い美しい星、国境線もない。

1つの生命に見えた、そこで国と国が人間同士が殺し合いをしているなんて信じられないと

すべて人の心から始る、戦争もそうだ。平和も一人ひとりの心から生まれる

何よりも人間の生命が大事という事がわからなければ、はじまらないのだが。

争いは、その規模が小さくても(身近な兄弟、夫婦、親子、友人など)大きくても

(現在のイラクとアメリカのように国と国など)根源は修羅の生命状態なんですね!

修羅は自分が正しい自分が偉大、相手は間違っている 相手を馬鹿にする見下す

という驕り高ぶっている状態ですね?自分のほうは聖戦なんだ、相手は悪魔なんだから!

とお互いに思ってぶつかるわけね。「ごめんね?私も悪かったけど、

あなたもここをなおして」とお互いがまず自分を見つめる勇気

相手の立場を思いやる心が大切なんですね?あとは忍耐の話し合いだと思います。



「2003年は新春浅草歌舞伎から」

若さあふれる舞台でした、歌舞伎400年という(出雲の阿国が慶長八年に

「かぶき踊り」をはじめて披露してから400年)本年の新春若手歌舞伎

1.菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)=車引(くるまびき) 2.奴道成寺

(やっこどうじょうじ) 3.義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)=川連法眼館の場

(かわつらほうげんやかたのば)の三つの出し物を昼夜の配役を替えての公演。

「若手役者の登竜門」といわれる浅草歌舞伎,車引きはそれぞれ若さが

はちきれんばかりのお芝居だった 中村七之助の舞踊「奴道成寺」は、

おかめ大尽ひょっとこ3つ面をかわるがわる付けてひょうきんにリズムカルに本当に上手だった

獅童の忠信(源九郎狐)も熱演で両親を慕う思いに私も目頭が熱くなりました。

皮ジャン姿の5人衆、煩悶し、苦悩し、猛稽古をして、1つの大役を作り上げて行く、その過程で培われる

力は計り知れないものがある(歌舞伎研究家塚田圭一の文)。悩むうちが花、

悩み即成長なんですね?安定してしまうと澱みが出てきて感動が減りますね?

何事もそうだと思います, 芸術家は戦えという意味がわかります。



[2002.12.5コラムを読んでー2]

「神はみたもうか」という題名、今藤政太郎さんがお書きになったこの記事は

近来に無いステキなニュースとしてノーベル賞を受けた田中耕一氏が大学や

研究所の教授でもない人だったので、「神様は見てて下さったのか」と。

そしてその後に「尾崎華泉さんという作曲家を皆さんはご存知だろうか。

名前は聞かずとも、吾妻歌舞伎のために創作された尾崎氏の「流れ」を聞いた方

なら多数いらっしゃるに違いない<中略>1滴の水がだんだんに成長して

大きなうねりの流れる様を表現して間然とするところがない。その尾崎氏は

この6月に他界された。たくさんのお人に愛される作品を作りながら多くの人々に

知られること無く亡くなった・・・・云々と。最後に誰の作曲か詠み人知らずのように

レッテルの力を借りず名作を作った尾崎氏は偉大で幸せだったかも知れない

と冥福を祈られていた。「神はみたもうか」との題名もうなずける。

尾崎華泉さんの名前は勝国先生にうかがっていた。およそ20数年前くらいだったかな?

ある文化祭で和楽器だけのオーケストラ34名、琴15名、細三味線7名、

津軽三味線3名、大鼓1名、鼓1名、樂太鼓1名、能管1名、尺八5名、

確かこの 人数の割合だったと思う、まだまだ力の無い私がそのオーケストラの責任者の任をうけたの、

プレッシャーで押しつぶされそうだったなあの時は、私の掛け声でスタートをする

創作曲の練習の時、琴のパートの責任者から私の尊敬してる人が「琴が大好きで三味線は

嫌いなのよ!」と告げられたの。 ショックで気力が失せたけど、ある有名な日本舞踊家が

公演している楽屋に呼んで下さり「そんなことはないのよ三味線の「流れ」という

曲が大好きなのよ」と云ってくれたの「ああよかった」と思うと同時に

どんな曲なんだろうと興味がわき師匠杵屋勝国先生に聞いたら知ってるよと

譜面をくれた、そして教えて下さった。川の源流をさぐって行くと

山の中の落ち葉の中からしみ出してくる1滴の水から始まるチョロチョロ流れる水が

だんだんと水かさを増してあちこち石や岩にぶつかりながら渓流を駆け下り

大河となり広大な海へと、私はそうゆう流れが頭に浮かぶ、政太郎さんが

1滴の水がだんだんに成長して大きなうねりにと・・・、人それぞれの思いがあっていいのよね?

世界平和の実現だって夢物語ではないよね?それを強く願う1人から2人、

3人とだんだん広がって行けば,必ず戦争なんか起きない世界になるよね!

以前あらゆる分野の芸術家が集まった会合で、独奏させていただいた時、皆さんから好評を受けたの、

古典に関係無い人にも誰にでも聞けば川の流れのイメージが沸くこれが<流れ>という曲なの

、仲間との演奏会の最後に唄の方にも三味線を持ってもらい全員で弾いたこともあります。

独奏,合奏, どっちもイケる曲です



[2002.12.3コラムを読んでー1]

今朝主人が「見る閑もなく忙しそうだったので、取っといたよ!」と東京新聞

土曜日の夕刊2週間分をポンとテーブルにおいてくれた。邦楽の世界が

2ページにわたって出てるのを私が楽しみに見ているのを知ってるからだ。

感謝しながら目を通すと「風車」というコラムが1つは「越路吹雪さん」という題名の花柳芳次郎さんが

書いたものもう1つは「神はみたもうか」という題名の今藤政太郎さんの書いたもの。

おっ! 2つとも興味が沸いたので読んで見た。芳次郎さんが越路さんの熱烈フアンだったこと

その大切な越路さんとの思い出を読んでるうち20数年前の白金の勝国先生の

稽古場が思い出された。越路さんのリサイタルでもあったのでしょうか?

「プロローグは間に合わないな?」と先生。ファンなんですか?と聞く私に、

家元がファンで良くいっしょに行くんだよ とのことです。

内心驚きながらも最前列で心酔しているお2人を想像しましたが、普段のお2人の

イメージから如何しても想像できませんでした。今日読んだ花柳芳次郎さんの

熱烈な思いを知りテレビでしか知らない私は猛烈に越路さんの魅力を聞きたいと思った次第です。



〔2002.10.22佐登糸会]

先日 東京証券会館ホールで友人杵屋佐登糸さん主催の会に賛助出演で

私は8曲ひかしていただきましたが、なんと彼女は25曲も弾きました

自分の弟子にえこひいき出来ないとの事で全員自分が共に演奏、小柄な体に秘めた情熱

それでいて全員にやさしい気配り(賛助の人にも)、本当に感動し感心致しました。

ライトに照らされ休む間もなく・・・私は一緒に弾くたび置いてあるペットボトルの

水をすすめました、そしてしっかりと弾きました。「あなたが隣で弾いてくれると

今までで一番弾きやすい」と云ってくれました。そういう時私は心の中で

いつも師匠杵屋勝国に感謝いたします。「勝国仕込みの演奏家になりたい」との

望みを受け止めて下さり、妥協無く仕込んでいただいた事が私の財産だと思って

今後も頑張ります活動することが恩返しと思って!



〔2002.10.14有喜会]

第10回 長唄有喜会も皆様のおかげをもちまして無事開催が出来

厚くお礼申し上げます演奏を聞きに来て下さった方々が一様に申しますのは

「この会の雰囲気がとても和やかな中にも年々みんな成長している」という嬉しい

お言葉を頂戴いたします。ただただ真面目に誠意を貫いていくことでメンバーの

みなさんがお持ちになっている良い個性が表われそれが、お互いを支えあって

いると感じます。皆さんこれからもよろしくお願い致します。それと、何といっても

わが師匠杵屋勝国先生の存在が大きく影響しています。このことは機会あるごとにお話致していきます


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