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さとじろう日記1 〜誕生編〜 (カツ作)
結婚して九年目にして初めてサト坊を妊娠したみどちん。だからまさか二人目を授かるなんて思ってもいませんでした。そしてサト坊が一歳半の時に驚くことに妊娠が発覚しました。そんな妊娠発覚からさとじろう誕生までをいろんなエピソードを思い出しながら「さとじろう日記」を書いていくことにしました。サト坊が二歳になったのでサト坊日記は完結したけど、今度はさとじろう日記を楽しみにして下さいね。
2003年4月某日 何の病気!?
サト坊も1歳半が近付き、そろそろ喋りそうになってきた。甘えん坊で、食いしん坊で、いつもパワー全開で元気いっぱいだ。ミドリをさらに強烈にした感じである。少しずつ赤ちゃんから子供になっているのが実感できる。そろそろ赤ちゃんの世話から子供の世話に変わってくるんだなぁ・・・と思っていた頃のことである。
ミドリ 「なぁなぁ、カツ。なんか体がだるくて吐き気がすんねん。病気になったかも。」
カツ 「もしかしてちょっと遅れてロタウィルスになったんちゃうか?お腹は大丈夫なん?」
ミドリ 「お腹は大丈夫みたい。」
カツ 「もしかして生理遅れてんちゃうか?」
ミドリ 「そういえば1月が最後やったような気がするわ。それにしても一体何の病気なんやろなぁ」
はよ気付け!という感じであったが、翌日早速検査薬で調べたところ、しっかりと反応が出たのであった。そして月曜日、サト坊を生んだ産婦人科へ行ったところ、「2ヶ月の終わりですね。心音もしっかりしてます。母子手帳をもらって来て下さい。」と先生に言われたのであった。
実はミドリはもうサト坊一人っ子のつもりでいたのだ。だから今でもサト坊に寝るときだけ母乳を与えていたし、書の師匠へ習いに行くのも復活したところだったのだ。予想外の妊娠に動揺してしまったのだが、やらねばならぬことは多い。何よりもまず行うことは、断乳である。早速開始したが、夜寝るときにサト坊がワンワン泣いたことは言うまでもない。それにしても、これからまた、あの地獄のようなつわりの日々、そして出産、寝不足の3時間おきの授乳が始まるかと思えばゾッとしてしまう。
そんなことを考えても仕方ない。つらいことばかりではない。赤ちゃんは幸せもたくさん持ってきてくれる。なんと言っても家族が増えるということはすばらしいことである。しかも妊娠発覚した日というのは偶然にも、入籍記念日であり、マイホームの契約を行ったというトリプルめでたい記念日なのであった。
2003年5月某日
3年前のゴールデンウィーク: フィリピン旅行中。子供ができるなど想像もしてなかった。
2年前のゴールデンウィーク: サト坊がおなかの中に!ツワリ真っ最中。
今年のゴールデンウィーク: ツワリがついに来たぞ。かなりダウン!
ということで、ここ数年での移り変わりはめまぐるしい。ついこの前サト坊のツワリだったようだが、既に2人目のツワリである。GOOファミリー、とも蔵ファミリーと川辺でバーベキューをしたのだが、ほとんど何も食べられなかったことなど言うまでもない。それにしてもウチは全く2人目を作る予定はなかったのに、2人目を欲しいとも蔵、3人目を欲しいMIKAより先に出来てしまうなんて・・・一体9年間できなかったのはなんだったんだろうかと思うカツ&ミドリであった。
この時点でのさとじろうの性別、体重ともに不明!
2003年6月下旬
そうこうしている間に、すこしずつミドリのお腹も大きくなってきた。それもそのはず、妊娠に気付いたのが遅かったもんだから、すでに5ヶ月の終わりなのだ。ちょうどそんな時に引っ越しとなったのであった。果たして、お腹の大きいミドリは無事引っ越しを終えることができるのだろうか。
そんな引っ越しの数日前のこと、嬉しいことにカツの両親が応援に駆けつけてくれたのだ。皆が手伝ってくれたので何とか荷造りも済ませ、引っ越し当日を迎える事ができたのだ。さてさて引っ越しは妊婦にとって大変なのだが、もっと大変なのはサト坊だ。、皆が荷造りしているとサト坊が邪魔する。引っ越し屋のおにいさんが荷物を運んでいると足下をちょろちょろ歩き回るもんだから危なくてしょうがない。仕方なくカツの母親がサト坊を外に連れていくのだが、それでミドリが楽になるかというと、そうではない。引っ越し屋のお兄さん達にあれこれ指示しないとならない。そしてトラックへの積み込みが終わると今度は新居に移動し、またまた引っ越し屋のお兄さんに指示して家具の配置、荷物の指示をしなければならない。お腹の中のさとじろうの事を気遣う暇もない。そんなこんなでバタバタしてたが、何とか無事引っ越しも終わったのであった。
う〜ん、これまでの団地と比べると段違いに広い!そう、さとじろうはこの家で生まれ、育つんだなぁ〜。なんてぜいたくもんなんだ!!
2003年8月某日 まだまだ分からぬ、さとじろうの性別
今年の夏は意外にも涼しく、過ごしやすい。妊婦にとってはありがたいことである。そんなある日のさとじろうの検診の日のことであった。この日の検診の様子をカツにメールしたのだが・・・
今日の検診は1時間半もかかってしまって大変でした。
何が大変かというと、サト坊の悪ガキぶり。
他の子供たちは本当におとなしくってお母さんのそばから
片時も離れないような子ばっかりだったのに
サト坊は病院にいる間ずーーーっと走り回りっぱなしでした。
「ううう〜ううう〜!」とうなりながらね。
私の検診より、サト坊でぐったり。。
他の子におもちゃを「あい!」と手渡したかと思うと
いきなり力づくで奪い取ったり、
女の子をげんこつでたたいたり、、、、。
もうあやまりっぱなしよ。
でも、ほかのお兄ちゃんとこに行って
「おにーちゃん」みたいな言葉をいって、みんなから
喜んでもらってました。
いろんな子に話しかけてたよ。
さとじろうは元気で今は830グラムくらい。
でも逆子になってたから、性別はまだはっきりしなかった。
そんなこんなで、まださとじろうの性別ははっきりしなのだが、いったいどちらなのだろうか。
2003年9月
今年の12月は家族でハワイ旅行する計画であった。というのもカツがホノルルマラソン出場を熱望していたからだ。しかし12月というと既にさとじろうが生まれているので、旅行どころではない。そんなこんなで計画を変更して、積み立てていた旅費を国内旅行に使うことにしたのだ。ということで9月某日、向かった先は丹後半島、木津温泉のゑびす屋である。これまたカツのマラソン応援ツアーを兼ねているが、3人での旅行はこれが最後かな?来年は4人で旅行しようね、さとじろう。
2003年10月某日
いよいよ来月が出産予定日。まだまだ日はあるが、ここに来てカツのマラソン熱もピークに達していた。なんと、妊婦のミドリとサト坊を置いて、抽選で当選した四万十川ウルトラマラソンに参加する始末だ(四国であるのだ)。周りから非難轟々、ブーイングの嵐であったが、カツもさとじろうが誕生する記念に何かしたかったのだ。その甲斐あって、無事完走したのだが、妊婦のミドリを置いていくのはカツも心配だ。
この頃のさとじろうの予想性別は女の子である。
2003年11月某日
いよいよ臨月である。サト坊の時と違って、妊娠発覚から臨月までがあっという間だ。妊娠発覚が遅かったのに加えて、毎日のサト坊との奮闘でどんどん時間が経つのだ。そんな11月19日の検診でのことである。
今日は午後二時頃に産院の検診がありました。
オペとかで二時間も待たされたよ〜
先週貧血と言われたので、今回も採血されたけど
数値は正常になってて一安心。
その後、四〇分間あかちゃんの心拍を計って
これまた元気そのもの、と太鼓判を押されました。
内診では、子宮口がもう一センチ開いてて軽い陣痛が
あるよ。と言われたけど昨日の夜のがそれだったのかしら、、、。
先生曰く「あと一週間で産まれたらいいねえ、だけど
けっこう時間かかりそうね。」と言われた。
でもさとちゃんの時もそんな風にいわれた記憶があるんだけど。
なんだかんだいってあの先生も適当よね〜
まあ、でももうすぐってことよね。
早くあかちゃんに会いたいわ!!
そう、もうすぐなのだ。無事生まれておいでね。さとじろう!
11月24日(月) その時は突然に・・
この週末は勤労感謝の日の振替休日に伴い、カツも三連休であった。そうそう、いつ生まれてもいいようにウメコもカツ&ミドリ宅に待機済だ。そんな感じで準備もできているので、「さとじろうが生まれるなら、カツがお休みで自宅にいる三連休の時がいいなぁ。」とミドリも言っていたのだ。しかし何事もなく、土曜、日曜と過ぎ、このまま三連休も終わるかと思われた最終日11月24日(月)の夕方のこと、カツとサト坊がお昼寝していたところにミドリが現れ、カツに「なんだか陣痛っぽい」と言うではないか。しかしその間隔はまだまだ長い。産婦人科に連絡したが、「陣痛が10分間隔になったら、再度連絡して下さい。」と言われた。まだまだそんな短い間隔ではなく、出産まではかなり時間がかかるに違いない。そうは言っても早ければ明日には生まれるかもしれない。ということで家の中の雰囲気は急変し、ミドリ、カツ、ウメコはバタバタと準備を始めたのであった。
午後6時
・ ミドリは入院準備。既に大方の荷物は用意しているものの、化粧品を初め、ちょっとした小物を準備する。
・ ウメコはサト坊の食事の準備に加えて、カツとミドリの食事を準備する。
・ カツは、入院したときのために、ビデオカメラ、デジカメ、ノートパソコン、携帯の準備だ。
出産直後の赤ちゃんの様子を撮影し、いつでも掲示板に書き込む準備はOK!
午後7時
ちょっと早めの夕食を済ませ、TVでバレーボールの観戦をしながら、皆で団欒する。そうこうしている間に、陣痛の間隔を時計で測ると、まだ不規則であるものの着実に短くなってきた。まだまだミドリの顔は笑って余裕がありそうだが、ミドリはもともと笑ったような顔なので油断はできない。
午後8時
いよいよ陣痛の間隔が短くなってきた。時計で測ると7-15分おきである。ということで再度病院に電話したところ、すぐに来るようにとの指示が出されたのだ。そして午後8時半頃である。サト坊をウメコに任せ、カツが車に荷物を積み込む。ミドリも乗り込んで病院へと向かったのだが、この時にはミドリの陣痛も結構激しくなってきたようだ。ミドリ曰く、「こんな間隔だったら、とてもじゃないけど自分で運転は無理やったわ。」とのことである。オイオイ、カツが休みだったから良かったものの、平日だったら大変だぞ!
午後9時
そうこうしながら病院に到着するとすぐに分娩室に向かった。このとき、午後9時である。休日とあって、先生も不在、いたのは若い助産婦さん一人である。内診をしてくれたのだが、「まだまだ1cmといったところかしら。まだまだね。」と言う。そしてミドリは分娩台に乗り、カツが入院部屋へ荷物を運んだ。この時に、助産婦さんは、先生や婦長さんに電話をしている様子であった。電話の声が聞こえてくるが、「う〜ん、まだまだ何時かよめませんねぇ。」と言っている様子だ。この調子だったら、明日の朝方かな・・・とカツとミドリも思ったのであった。
午後10時
だんだん陣痛が激しくなってきた。笑った顔のミドリに時折、苦痛の表情が見えてきた。サト坊の時にはこの状態から生まれるまで12時間以上要したが、二人目なのでそこまで時間はかからないだろう。ミドリは化粧を落とし、出産するための服に着替えたかったので、「化粧を落として着替えたいので、部屋に行きたいんですが。」と助産婦さんに言ったのだが、あまり良い顔をされなかった。「できるだけ早くしてね。」と言われたが、カツが付き添って部屋まで言って着替えたのだ。ところが、その直後に陣痛が激しくなり、顔を洗う余裕などなくなってしまうではないか。カツの付き添いでどうにかこうにか分娩室に戻ったのだが、分娩台に乗ったみどりの顔からは余裕の笑顔はなくなり、ついに辛そうな表情になってしまった。
助産婦さんが、「もう一回内診してみるからね。」と言い、様子を見たのだが、「まだ1.5cmくらいかしら。まだだけど、確実に進行してるわね。でも歩いたら一気に進行しちゃうから、部屋に戻って欲しくなかったのよね。」と言う。オイオイ最初にそう言えば部屋には行かなかったのに・・・と思いながら後の祭りである。
そうこうしている間にミドリの陣痛はさらに激しくなってきた。顔をしかめて思わず力が入ってしまうのが、そうすると助産婦さんから叱られる。「そんなに力いれたら、ダメよ!鼻からゆっくり息を吸って、そして口からゆっくり吐くのよ。ふ〜〜〜〜〜〜!」。どうにかこうにか、ミドリもリラックスしようとするのだが、激しい陣痛に見舞われドンドン余裕が無くなってしまう。カツも横で、「ふ〜〜〜〜〜!」と呼吸をしながらミドリをリラックスさせようとしていたのだが、ミドリの陣痛が治まったわずかの隙に急いで部屋に戻り、カメラ一式を運んだのであった。
午後10時半
ミドリが、「なんだか、赤ちゃんが出かかってるような気がするんですが・・・」と助産婦さんに言うと、「まだまだよ。」と言われた。そういいながら、陣痛で苦しむミドリに呼吸法を教えながら、片手で携帯を操作すると、「とにかく早く来てください!」と婦長さんだか先生だかにこっそり電話している様だ。そしてその直後、待ちに待った婦長さんが現れたのだ。そう、この婦長さんはサト坊も取り出してくれた超ベテランなのだ。婦長さんの登場にミドリも安心した様子だ。そして、苦しむミドリに対して婦長さんが一喝する。「そんな苦しい顔して力入れたらダメじゃない。生まれてくる赤ちゃんだって命懸けなのよ!お母さんが頑張らなくってどうするの!私はこんなお産を手伝いたくないわよ。もっと冷静になりなさい!」と言う。さすがにベテランだ。この一言にミドリも力づけられて平静さをちょっとだけ取り戻して、婦長さんに「何時頃出てきそうなんですか?」と質問したところ、「何言ってるの!もう頭が見えているのよ!」と言うではないか。そう、若い助産婦さんは、冷静そうに対応しながら実は、赤ちゃんが生まれるのを、なんとか婦長さんか先生が到着するまで延ばしていたのだ。
そうそう、婦長さんが若い助産婦さんに、「先生には連絡は取れたの!」と言うと、「えぇ、寝ぼけてたようですが、病院に向かうと言っていたので大丈夫だと思うんですが・・・・」と言っていた。うーん、ホントに大丈夫なんだろうか。
いよいよその時が
午後10時45分頃である。婦長さんが、「いい、良く聞いてね。ちゃんと私が言った通りにしたら11時までには生まれるからね。でもそれにはお母さんの協力が絶対に必要よ。そうすれば赤ちゃんも苦しまずに出てこれるからね。」と言ったのであった。そして次の激しい陣痛が来たときであある。「さぁ、掛け声にあわせていきむのよ!ひ、ひ、ふ〜〜〜ん」と婦長さんが言う。それに合わせて数回いきんだときであろうか、「ほら、頭が出てきたわよ。」と言われ、ミドリも、「えぇ!もう生まれるんですか!めっちゃ早い!」と言ったのであった。そして婦長さんがその言葉通り、一気に赤ちゃんを取り出し、後の処理を行うと、高らかに、「ホンギャー、ホンギャー!」と泣き出したのであった。サト坊の時と同様とても元気な泣き声であった。助産婦さんがすぐに体重を測り、「2782gの女の子よ!」と言ったのであった。
サト坊の出産時よりも、格段に早く出てきた赤ちゃんであり、カツも泣く暇も無かった。しかしミドリに、「サト坊が生まれた時とそっくりの顔やで!」と話しながら、ちょっとだけ涙ぐんだのであった。
さとじろう改め、梨花(リカ)ちゃんです!
入院して生まれるまで2時間ちょっとで、超安産と言ってもよいだろう。しかし、そうは言っても出産は母体も赤ちゃんも命懸けなのである。無事に生まれてきてホントに良かった。すぐに自宅で待機していたウメコに電話したところ、あまりにも早い出産にビックリしながらも、とても喜んでいたのであった。そしてサト坊もまだ起きていたもんだから、カツが迎えに行って、ウメコとサト坊も病室にいるミドリと赤ちゃんと対面したのだが、サト坊はとても不思議そうにしていたことを付け加えておこう。ミドリ、サト坊、さとじろう(?)、これからは家族4人だよ!たくさん、たくさん、思い出を作っていこうね。
追伸
そうそう、産まれて後処置もして一息ついた頃に助産婦さんの携帯に先生からの連絡が入ったのだが、「先生、もう生まれちゃいましたよ!」と助産婦さんが呆れたように言って切ったのであった。しばらくして到着した先生が、「おめでとう!」と言ってミドリとカツに握手をしたのであったが、「お前は何もしてないだろう!」と突っ込みたかったミドリとカツであった。
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