川瀬さんの周辺で何が起こったのか?
その3=ANSINメールが表彰!池田市もドコモ関西も!
〔メール友人に送ったものを掲載しています。〕
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「不審者情報をいち早く」と、ドコモ関西と共同開発し、全国に先駆けて導入したこのシステムを、池田市は『当初の役割を終わった』として、今月末で閉鎖するという。この記事を2月24日の産経新聞夕刊が報じた。→産経HP記事
『役割』って、ひょっとして、「罪なき人を逮捕へ導き、死に追いやれた」ことをさしてるの? それとも、「川瀬さんがハマってくれたお陰で、国から表彰を受けることができた」ことを言ってるのかな。いやいや、懲戒免職処分の取り消しを求めての口頭審理で、ANSINメールの問題が焦点になっているのを知ったから。…。
そうでなければ、今やめてしまう理由が分からない。この新聞記事では、大阪府警が配信している「安まちメール」に一元化するというが、それならもっと早くでもよかったはず。「なぜ今なのか」に答えていない。また、「児童殺傷事件があった時、1年生だった児童が卒業するから」とも言っているが、理由になっていない。
川瀬さんが逮捕されて以降、ANSINメールがどう扱われたかを、書いてみることにします。
「病院で医師に」の家族の訴えは退けられ、衰弱しきった彼は物を喉に詰まらせ、誰に看取られることなく、極寒の拘置所でこの世を去った。どんなに無念だったことか。
彼がなくなったのは05年2月6日。あろうことか、この同じ2月にANSINメールが「誘拐未遂犯逮捕」に貢献したとして、「地域づくり総務大臣表彰」を池田市が受賞している。
また、一緒に開発に加わったドコモ関西も、同年3月に同じ理由で、近畿情報通信協議会から表彰を受けている。
市危機管理課は、その後、池田市民に「ANSINメールで10万市民が見守り人に」のタイトルでHP掲載。そこの8ページに「誘拐未遂犯逮捕に貢献」と載せている。また、ドコモ関西は、05年10月発行の環境報告書の5ページに同様の内容を掲載している。また、同じページに池田市危機管理課の主幹が登場し、成果だったとして誇らしげに語っている。
まだまだある。その前年の8月、彼が最初に逮捕されて1ヶ月程経った04年8月に、逮捕に結びついた池田のANSINメールシステムを全国の各自治体に広めようと国が旗を振っていたことも分かった。モデル市として20市が上がり、大阪府では隣の豊中の名が乗っている。進める自治体には各500万円の補助を出すことも。→そのことが分かるHP
これらから分かることは、ANSINメールは「危機管理」の格好のシステムとして開発されたことである。「安全でない社会」こそが、このメールシステムが機能する。
そのために、それを演出してくれる人物の出現が待たれていた。……。
川瀬さんの死を無駄にしてはいけないし、彼が必死で訴えようとしたことを今受け止めなければいけないと思っている。二度と彼のような犠牲者を出さないために。
旧さと新しさがうまくとけ込んだ街。五月山と猪名川の自然が、人々の生活とともにある街。都会にありながら、妙にふるさとの味がいっぱい転がっている街。各界の著名人が数多く育った街。…
6年前にこの街を、おぞましい事件が襲った。
池田市民の多くが、再びこのような事件が起きることのないように願い、再び子どもたちの笑い声が絶えない街の復活を望んでいた。
「安全や安心」は、塀を高くしたり、頑丈な鍵をかけることで保たれるのものではないと思う。池田市危機管理課がいう「ANSINメールで10万人が見守り人に」では、安全・安心は確保できない。逆に、池田市民全員が隣人の監視役を果たすことになってしまう。
川瀬さんが、いつも多くの子どもたちに優しく笑顔で語りかけていた姿こそが、守られなければならなかったこと。子どもたちの輪の中にいた彼と子どもたちの心の通い合いこそ、大事にされなければならなかったことである。
“ANSINメールは、善人を死に追いやった。”そのことの総括も反省もないまま、「役割は終わった」はないでしょう! 簡単に終わらせるわけにはいかない!!
次号メールでは、処分者側(府教委)が処分を行った唯一の根拠=「たった30分の事情聴取」の問題点を中心に掲載します。
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