寄居玉淀水天宮祭

玉淀水天宮

 昭和六年、玉淀(県指定名勝)の観光開発をした玉淀保勝会(寄居町観光協会の前身)が、玉淀河原の下流の樋の下地区で、石の宮を発見しました。これを調べた所、この地方の漁師たちが水難除けに祀った水神様であることがわかり、この水神様をあらためておまつりしたものが玉淀水天宮です。奥社(奥の院)は荒川沿いの山林に、本宮は、そのすぐ上の道路沿いに造られましたが、奥の院は、その後の洪水の時流されてしまったので、現在のお宮はその後あらためて立てられたものだということです。
 最初のお祭は、日本橋の水天宮さまの毎月五日の縁日にならい、昭和六年八月五日に行われ、平成になり、八月の第一土曜日と変更になるまで毎年八月五日に行われていました。
 この水天宮は、水難除け、安産、子育ての神様として広く信仰されています。
 本宮  奥の院

参考文献:玉淀の歴史、寄居町史


例 祭

 毎年八月の第一土曜日に行われます。このお祭は寄居の市街地六町内(本町、中町、栄町、武町、茅町、花町)、観光協会、水天宮祭実行委員会等が中心となり行なわれます。玉淀水天宮祭は、まず午前に祭典が本宮で行なわれます。その後夕方、本宮よりお神輿を玉淀河原御旅所へ渡御します。その玉淀河原では各町から雪洞、提灯で飾られた舟山車がだされ、その舟の上でお囃子が行なわれます。また七時からは玉淀河原対岸の鉢形城跡から花火が打ち上げられます。すべての花火が終了し、お神輿を本宮に還御しお祭りが終了します。
 荒川をお囃子を奏でながら浮かぶ舟山車、河原から真上に見上げる花火、そのすばらしい光景から近年は「関東一の水祭」とも呼ばれています。

行 事 時  刻 実 施 要 項 各 町 供 奉 者
祭 典 午前十時開会 本町本宮にて執行 各町区長
親行事観光協会長
他招待者
渡 御 午後五時半出発 水天宮本宮を出発
各町を経て玉淀河原へ
各町行事二名
各町高張二名
供奉者五名
還 御 仕掛花火終了後 玉淀河原より徒歩にて本宮へ 各町行事二名
各町高張二名
供奉者五名

(時間は変更となることがあります。お出かけの際はご注意ください)



○渡御、還御の順路






○例祭日の一日の流れ
 

 このお祭は、朝七時の信号花火の奉納によりはじまります。その後、午前中に玉淀水天宮にて、祭典が行われます。
祭典は神官のほか、観光協会会長、各町区長、各町親行事の参列により行われ、御神体を奥の院より本宮へ遷御します。
 祭典に出席する区長、親行事の他は、各町内ごとに舟山車の飾り付け等、準備を行います。
 会館前での舟山車につけられる、ぼんぼりのはりかえ作業の様子です。  こちらも、会館前での花の取り付け作業の様子です。  付け祭会場の玉淀河原では、各町舟山車の組み立てがおこなわれます。


  ※茅町舟山車の組み立ての様子

 舟山車は非常にシンプルな構造になっています。まずは、あらかじめ用意された舟に骨組みとなる部分を組み立てます。  骨組みができたら万度をのせます  その後、会館前でつくった花を一本一本さしていきます。  最後にぼんぼりをつけて、ひとまず完成です。提灯、太鼓は、夕立の多い季節のため、夕方取り付けます。

お昼までには、ほぼ全町内、舟山車の飾り付けが終了し渡御をまちます

渡御は、五時半より行われ、玉淀水天宮本宮で御神体を神輿に移し、玉淀河原につくられた仮宮に向け出発します。
神輿の前に各町の高張がつき、神輿は、各町(本町、中町、栄町、武町、茅町、花町)より五名ずつ担ぎ手をだし、渡御を行います。
 渡御の様子。道中太鼓、高張提灯の後に神輿が続きます。  神輿は、六町内の担ぎ手で担がれます。  付け祭会場、玉淀河原に到着すると神輿は船にのせられ川を一回りします。


 神輿が無事仮宮に到着する頃には、舟山車もぼんぼり、提灯に灯がともされ、各町内の子供たちによって、お囃子が行われます。
舟山車は、本町、中町、栄町、武町、茅町からでます。花町も以前は舟山車を出していましたが、現在は出していません。
七時になると、いよいよ玉淀河原対岸の鉢形城跡から、花火が打ち上げられます。
花火は荒川の対岸といっても、それほど距離がありませんので、安全面上、大型の花火は打ち上げられませんが、河原から真上に見上げる花火、荒川を囃子を奏でながら浮かぶ五町の舟山車の様子は、他ではなかなか見られないものだと思います。
 午後九時にすべての花火が終了すると、還御が行われます。仮宮の神輿を玉淀水天宮本宮へおかえしして、例祭が終了します。

※一部写真は、新島章夫様(熊谷市)よりご提供いただきました。

 


ひとこと

 七月の八坂神社例祭が、市街地地区の人にとっての一年で最初の大きなお祭ですが、八坂神社例祭の、大人の神輿が担げない子供たちにとっては、お囃子の演奏という、大人と同じ舞台にたてる最初のお祭となります。
 夏休みに入る頃から、お囃子の練習を始め、当日には各町の子供たちが競い合うように太鼓をたたきます。子供の頃の私は本当に待ちに待ったお祭のため、八月五日の水天宮が終わると、夏休みが終わってしまったような気分になったものです。
現在でもそういった子供の頃の記憶からか、河原で花火を見上げていると、なんとなく切ない気持ちになるときがあります。
しかし、こういった心境になるのは私だけではなく、お祭り好きな寄居に生まれ育った人の多くがそう感じているのだとか・・・。
小学二年生の時の写真です

 

平成十六年九月作成(最終内容更新平成二十年六月十八日)


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