八坂神社例大祭

八坂神社

 古くから寄居は秩父の山間部と荒川下流の平野部とを結ぶ物資輸送の拠点でした。江戸時代には四・九の市が開催されさまざまなものがこの市で交易されていました。八坂神社はこうした市の繁栄を願う人々によって勧請されたものです。祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)、市千魂命(いちちたまのみこと)、天児屋根命(あまのこやねのみこと)。明治まで市街地では中町に祀られていましたが、明治四十二年四月の神社合祀の際、中町、常木、菅原にあった三社が、藤田の宗像神社末社として合祀されました。ここで紹介する夏祭りの他、二月三日にも市神節分祭があり、豆撒きや福引などが行われます。

参考文献:埼玉の神社(大里・北葛西・比企)、寄居町の民俗


例大祭

 毎年七月の第二日曜日とその前日の土曜日に行われます。
初日、土曜日の夕方から渡御が行われ、年番町(本町、中町、栄町、武町、茅町※の五町が交替で担当)の神輿が出御し、神霊が神輿に遷された後、神社から市街地の各祭場をまわり年番町に設けられた仮宮に向かいます。担ぎ手は年番町の担ぎ手の他、宗像神社氏子各町からもでて、神輿がその担ぎ手の町内を通るとき、神輿の花棒にはいります。仮宮に到着すると、神輿を仮宮におさめ渡御が終了します。
 日曜日は、午前に仮宮にて祭典がおこなわれます。その後お昼過ぎに仮宮に各町の神輿が集合し還御が行われます。
還御は渡御の順路と逆順に、やはり年番町の神輿を中心に行われます。その他の町内神輿は、市街地の歩行者天国内で担がれますが、年番町の神輿がその他の町内を通るときは、その町内神輿も年番町神輿に続くかたちで還御が行われていきます。
 年番町の神輿が神社に到着すると、神霊を神社におかえしして還御が終了します。 

※茅町は平成二十六年度より年番町を担当

 


神 輿 

 このお祭では、各町から六基の神輿(本町、中町、栄町、武町、茅町、宮本)と、有志による女神輿、子供神輿が出御します。
 以前は花町も神輿を出していましたが、現在はだされません。担ぎ方は、つい何年か前までは大変荒い担ぎ方で、私が子供の頃は、右へ、左へ神輿が移動して近くで見るのは危険なほどでした。現在ではそういうことは少なくなりましたが、威勢のよさは、変わらず受け継がれています。
 女神輿、子供神輿もこのお祭の名物で、お祭をさらに盛り上げています。

本 町 中 町
 
栄 町  武 町
   
茅 町  宮 本 
   


 市街地の本町、中町、栄町、武町、茅町はこの神輿、水天宮の舟山車、宗像神社祭りの山車をすべて所有しています。
(宮本も神輿と山車を所有、水天宮は市街地町内の祭りなので宮本は参加しません)
距離にしても数百メートルの範囲にあるこの五町が、これらを全て所有しているということからも、寄居っ子のお祭にかける気持ちが伝わるかと思います。 

ひとこと

 このサイトで紹介しているように、この町は年間たくさんのお祭りがおこなわれますが、市街地地区の人にとってこのお祭は一年で最初におこなわれる大きなお祭りとなります。(五月におこなわれる北条祭りも有名ですが、これは荒川の対岸、鉢形地区が中心のお祭です) そのため、お祭当日、特に二日目に全町の神輿が集結してくるときなど、本当に興奮します。最近はどこのお祭でも聞きますが、担ぎ手不足が問題になっています。しかし、これからたとえお祭のかたちはかわっても、この威勢のいい神輿祭りをずっと受け継いでいきたいなと思います。

私が三歳くらい(昭和五十五年頃)の写真。小学生と一緒に半纏を着ています。

 
平成十六年七月作成 (平成二十七年七月十九日更新)


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