ある年の新春の小林家(仮名)

父は親戚の新年会へでかけ、私は母とお茶して過ごしました。

母に
「横山さん(同僚。仮名)はヒワイが服を来て歩いている。って言われてさ…」 と話したところ、
「えっ 横山さんってそんな変な服着てあるいてるの?」 とびっくりしていました。

母とテレビを見ました。内容は”日本を捨てて未開の地へ渡った人々”でした。 現実逃避願望でふくれあがっている私にとって、とても興味深いものでした。

「アマゾンへ渡った女医さん」を見て
せっかくの人生、いろんなことをした方がいい。
何年かアマゾンに住むっていうのもなかなかできるもんじゃない。 うらやましい。

「ネパールへ渡ってタンカ絵師になった男」を見て
できることなら、飛んでいって弟子になりたい。

と、感想を、母に向かって熱く語っておりました。。
しまいには、「出家したい」などと、どんどん夢は広がりました。

「すべてを捨てて放浪の旅に出たいと思うことがよくある。」 と、母にいうと、
「頼むからあまり、変なことを口にしないでちょうだい。」 と、釘を刺されてしまいました。

そして、母は続けました。
「もし、そのようなことになったら、旅に出る前に相談してね。」
やっぱり我が子が心配なんだなあ。でも、そこまでせっぱ詰まってたら、 相談したからといってどうになるもんでもないのに。説得しようと思って いるのだろうか。と思いましたが、
「なんで?」と、とりあえず聞いてみました。すると、母はちょっと言お うかどうかためらった後
「もしかしたら、一緒にいけるかもしれないでしょ。」
まったく予想外の返事でした。どこの世界に、娘の家出に便乗する母親がいるの でしょうか???

その頃父は、スナック貸しきり6時間を経て、すっかりアルコールで熟成され、 歩いて20分くらいのところに住んでいる親戚の家にいました。
その家はカラオケボックスなみのシステムが完備されています。
父から、ガンガンする歌声をBGMに、「歩いて帰る」という電話が かかってきました。電話を切った後、「あんなによっぱらっていては、危ないから。」と、母と2人で歩いて父を迎 えに行くことにしました。それまではパジャマでくつろいでいたので、 外出できる服に着替え、父とすれ違いにならないようにと、道順の確認の電話 をかけました。

「…じゃ、迎えに行くから…の道から来てね。」というと、
「いま、みんなでね、うたってるの。」
「だから、迎えに行くからね。」
「うん。みんなでね、うたってるの。」
「遅くなると、迷惑かけるからね、…」
「みんなでね、うたってるの。」
母と私はまた、パジャマに着替えました。


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