+++犬+++


 ジュールが家出をしたのがわかった時、すでに陽は落ちて、辺りは暗くなってしまっていた。

 ロスマリネ家では、灯りをかざした使用人達が総出で近隣を捜索したが、ジュールの行方はさっぱりわからなかった。
数時間後、心配している執事に向かって、王子様はわざとらしく大きなため息をついて見せた。

「軟弱な香具師だなぁ…あれっくらいの『遊び』で根をあげて、逃げ出すなんてさぁ」

「坊ちゃま。もう真夜中ですよ…子供がこんな時間に行く当てもなく独りでふらふらしてたら…」

「ふん、2、3日放っとけば、勝手に帰ってくるよ…世の中そんなにあまくないしね」

 その夜、王子様は平然としながら部屋へ引き上げて休んだ。



 しかし、一週間経ってもそれらしき子供の情報はなかった。近辺の町や村にまで捜索の手は広がっていたが、ジュールは見つからずにいた。

「坊ちゃま、来週にはだんな様がこちらへお戻りになられます。いつまでも、ジュール様の件を黙っているわけにはまいりませんよ?」

「パパかぁ…ジュールは勝手に出て行ったんだから、僕が怒られるいわれはないと思うけど…」

「たしかに、四つん這いで食事させたり、首輪でつないで引き摺りまわしたり、縄でがんじがらめにして木に吊るして見たり、あいつの血を赤インクの替わりに使ったりもしたけど、そんなに厳しくやったつもりないよ」

「ジュール様は奴隷ではありません。だんな様は…」

「はいはい、わかった。パパに言いつけてもいいけど、今日はもう遅い。手紙を出すなら明日だ。僕が悪かったってちゃんと一筆書くよ」
 執事は王子様の言葉に従う事にした。子供の喧嘩でジュールがいなくなれば重大な責任問題だ。この管理能力を問われる場面で、当の坊ちゃまが一筆申し添えてくれるのはありがたかった。 むろんアリオーナもそれをわかってやっている。




 その頃、この話のもう一人の主役であるジュールがどこにいたのか? というと、館から近場ではあるが、入りくんだ森の深くにある森番の小屋の中にいた。とうぜんそこも捜索の範囲内なのだが、森を管理している森番が黙って知らない顔をすれば、後は誰も気にしない場所でもあった。ぶっちゃけ森番がいままでジュールを匿っていたのだ。ジュールが虐待され、館から逃げたがっているのを森番は知っていた。そこで彼はジュールに新しい奉公先を見つけるとともに、その逃亡の手助けをしたのである。

「ジュール様。館の追っ手はだんだん遠ざかってまいりました。あとは今夜、新しい奉公先のお使いの方がくるのを待つだけです」

「本当にお世話になりました。では、夕食はその方と3人分つくりましょうか?」

「そうしてくれるとありがたいがね。本当にジュール様はよくできた子だ。新しい所へ行ってもきっと可愛がられる」

「がんばります。あなたの顔に絶対に泥は塗りませんから…」
 
そう言うとジュールは裏の畑に夕食用の野菜を取りに出た。



 畑で取った野菜を小川で洗っていると、何処からともなく二匹の犬が現れた。そして、ジュールの目の前でいきなり交接を始めた。雄犬が雌犬の背中に乗っ掛かってしきりに腰を前後させている。ジュールは事の一部始終を見ながら、犬に声を掛けた。

「お前らってほんとに簡単だよなぁ…幸せ?」

 二匹の犬は満ち足りたように尻尾を振りながら、人懐っこくジュールに擦り寄ってきた。ジュールも犬の頭を撫でようと手を伸ばした。しかしその瞬間に犬達はおびえたように逃げ出した。

「ロスマリネ家から逃げ出した餓鬼ってのは、藻舞か?」

 背後でいきなり男の声がした。見ると、知らない男がそこに立っていた。犬は男を見て逃げ出したらしい。
 追っ手か…と思ってジュールが警戒すると、その男はちょっとクセのある笑顔を見せた。



 ジュールは男を森番の小屋に案内した。

「よう、なかなか良さそうなガキじゃないか」
「ええ、この子は愛想もいいし、掃除でも洗濯でも料理でもなんでも上手いんですよ。ほら、この小屋もこのとおりにピカピカにしてくれたしね」
「頭も良さそうだな、勉強はしてるのか?」
「勉強は大好きです」ジュールは嬉しそうな顔で答えた。
「ふん…俺は勉強は苦手だ…」男がジュールを見下すように言った。
「いつ、ここを出発ですか?」
「夜中にここを発つ…隣村に荷馬車が用意してある。そこまでは歩きになるから、しばらくゆっくりしてろ」
「夕食を作りますよ」
「頼む…腹が減ったままじゃ、いざって時に困る」

 使いの男は、ジュールが奉公先について尋ねても、薄ら笑いを浮かべるだけでなにも喋ってはくれなかった。やがて食事も終わり、後片付けまで済ませると、あとは夜が深まるのを待つだけになった。

「少し休みます」

 ジュールは奥の部屋にあるベンチに寝床を作ると、とりあえず横になった。

「バイバイ、アリオーナ…」


 眠りに落ちていくらも経たない頃、いきなり何かの気配を感じて、ジュールは飛び起きた。
気がつくと、部屋には蝋燭がいくつか灯されてていて、あの男…ジュールを連れにきた…が、寝床の横で自分を見つめていた。
「もう時間なんですか?」
「いや、まだまだなんだがね…」
「何の用です?」
「…おまえに自分の仕事でも教えといてやろうかと思ってね」
「はぁ…?」
 男はジュールを押さえつけると、服の上から撫で回しはじめた。頭のいいジュールには自分が置かれてる立場が、この時、はっきりとわかった。自分は男娼として売られる手筈なのだ。森番もこの男とグルなのだろう。下手に男達に逆らっても状況は良くはならない。

 男はジュールのシャツに手をかけてボタンを外し始めた。男が思うほど安直にはジュールは反応してくれなかった。平気の平左…石の人形を相手にしてるようだ。
 
「かわいげのねぇ…ホントはわかってるくせによぅ…」

 その時だった、いきなり誰かが小屋を訪ねてきた。
 隣室にいた森番が対応に出て、その第一声にジュールは驚いた。

「アリオーナ様!!!」

 どうやら、来たのはロスマリネ家の王子様のようである。夜道を馬で来たらしい。
「こんな夜半にすまない」アリオーナの声がした。
「お一人でこんな所まで? 何をなさっているのですか?」いきなりの珍客だった。森番は驚いて尋ねた。
「犬が、逃げた…」
「え?」
「犬が逃げたから探してるんだよ…パパのお気に入りだから逃げたのがばれると厄介なんだよ」
「お館で飼われている様な犬はこちらでは見かけませんが、この森で行方不明になったんですか」
「わからない。でもこの辺にいないとも限らないからね」
「はぁ…でも見当違いですよ。だいたいそんな犬を見れば、言われずともこちらからお屋敷にお連れいたします」
「そうだろうな…すまなかった」
「それにしても灯りも持たずによくここまで来られたものだ。すぐに館までお送りいたしましょう。馬とはいえ夜道は危ない」
「すまない。犬はもう駄目かも知れないね。残念だけど…」
「なぁに犬も、行くとこがなきゃ、そのうち、ふらふらと戻ってくるものですよ」
「そうだといいけど…」
「さぁ、ランプも用意いたしましたから、早くまいりましょう」
「ありがとう」

 会話はそこで終わった。森番はアリオーナを連れて小屋をでていった。


 遠ざかる気配…。男はジュールを羽交い絞めにして拘束しながら、息を殺してアリオーナたちの様子を伺っていたが、危機が去って、とりあえず安堵した。
「やれやれ、びっくりさせやがって、いまのがおまえのご主人様だろ…見たことあるぜ。べっぴんさんだよな。かどかわして売り飛ばせば、かなり儲かりそうだ」

 プラチナの髪にすみれ色の瞳…絵に描いたような王子様には、地味な配色のジュールより高値がつくことは、誰にも一目瞭然なのだろう。

「そんときゃ……おまえがあのご主人様を買ったっていいんだぜ?」
 男が笑った。
「金さえあればだが…」
 ジュールは男の皮肉に小さく微笑んだ。





 服を脱ぎながら、男が言った。
「…森番も出て行っちまったし、遠慮なく大声上げてもいいんだぜ?」
 あまり上品なとはいえない男の裸がジュールの目の前に曝け出された。
「お前も脱ぐんだよ…」
 ジュールのシャツのボタンを外しながら、その上半身に、生で卑劣な行為を加え始めた。

 ズボンが引き摺り下ろされて、男の手がそれを握っても無感覚のままでいられる自分がおかしかった。興味がない相手には何も感じないでいられた。ジュールは、心の中でただ男を嘲笑っていた。
 男はなんの反応も示さないジュールに焦りだした。正直これでは商品にならないからだ。

「やれやれ…調教しがいがありそうなガキだな。嫌なら嫌なりに、さっさと堕ちた方が楽な事だってあるぞ? もちっと賢くなるこった」
 男は口と手を使ってその部分を悪戯しだした。これは、王子様が自分を虐待するのと同じ理屈だった。すぐに謝ったり、泣き出したりする香具師はすぐに解放してもらえるが、そこで意地を張った香具師はさらなる追い討ちを喰らってしまう。ジュールはいつも後者だった。慣れてしまえば、それはそれで何も思わなくなる…。

 男は徐々に本気になりつつあった。

 おもむろにに自分のモノを突き入れようとして、失敗した。イライラしながら、指をつかって拡張しようとやっきになり始めた。
 ジュールもこれはさすがに嫌だったらしい…思いっきり男の顔を蹴飛ばして仕舞った…。

「なにしやがる!!!」

 真っ赤な顔で、男はジュールに殴りかかった…。

…と同時に、何故かいきなり一発の銃声が響いた。 男は目を見開いたまま床に倒れ、血が流れ始めた…。

 見ると部屋の戸口には、銃を手にしたアリオーナが立っていた。

「あーあ、やっちゃった…」

「ア、アリオーナ…?」

「やっと、見つけたぁ…ジュール。こんなところで何やってんの?」

「何って…」


 ジュールは汚れた体を丹念に拭いた。王子様はにこにこしながら「飼い犬」を眺めていた。それにしても無邪気な顔をしながら、一人で探し当てて、悪漢にいきなり銃をぶっ放すあたりは恐ろしい。

「なんで僕がここにいるってわかったんだ?」

「最初にこの森番の小屋を見たときかな…あの森番にしては室内がきれいに片付いてるし、奥の間の灯りが明るかったから、なんとなく人がいる気配がした。森番に身よりがないのは知ってたしね」

「…で、この小屋から少し離れた場所で、森番を問い詰めてやったんだ。なんで小屋の明かりを消さなかったのか? ってね。間抜けだよね…無人なら消して当然だろ?」

「あとは、この銃でちょっと遊んでやっただけで、君をブローカーに売った事も、まだ小屋に潜伏中だって事も簡単に吐いてくれたよ…」

「銃でか…?。森番はどうした」

「逃げちゃった。君の事もあるし、追っかけて捕まえてるヒマはないだろ。後ろから2、3発撃ったんだけど、暗いから当たったかどうだかもわからないなぁ」

「で…こっちに戻ったら君がこういう状態だったんだよね。とりあえず間一髪だったみたいだけど…?」


 アリオーナが長靴で男の股間のブツを持ち上げて見せる…。男は苦痛に苛まれて血まみれで喘いでいる。

「一発で死んじゃえば、楽だったのにね」

王子様はくすくすと微笑んだ。そのまま血塗れの傷口を踏みつけると、男が悶絶して気を失うまで傷口を弄んだ。

「これが君の新しいご主人様なわけ?」

「……」

「ねぇ…僕より良かった?」

 黙りこくっているジュールの耳元で王子様は囁いた。

「やめてくれよ…僕の事なんか、もうどうでもいいくせに」

「だってさ、だって、やっぱり家でするのってヤバイもん…」

 二人は、今までにも何度か肌を重ねあっていた。王子様の虐めがエスカレートするうちに、参謀の局部を弄んだのが事の始まりだった。アリオーナは早熟なジュールを面白がった。さかりのついた犬のように、二人は衝動に突き動かされて、そのまま互いの肉体を弄ぶ事を覚えていったのだった。

 王子様は血のついたブーツを脱ぐと、上着とズボンを取って、絹のシャツ一枚になった。

「ねぇ、久しぶりにご馳走してあげてもいいんだけど?」
 
 王子様はジュールの手を握ると自分の下腹部に導いた。熱くなっている。こんな時に、こんな場所で…ためらいながらも、ジュールは徐々に指を動かしはじめた。

「食べたいな…」

 そう言ってアリオーナの両足を開かせると、小さなそれを見つめた。
 舌を這わせていると、王子様が呟いた。

「舐めるの好きだなぁ…ほんとに犬みたいだ」

「犬で、いいよ」

 欲しいのは、王子様だけだった。他の主人はいらない。存在しない…。

「おいしいものが食べられるならね…」

 ジュールはアリオーナの肉体を貪りながら答えた。






 翌日、ロスマリネ家は大騒ぎだった。行方不明のジュールを王子様が一人で探し出したからだ。

「森番が人買いとグルになってジュール様を監禁してたところを、アリオーナ様が見つけたらしい。そんで上手い具合に、持ってた銃で人買いを仕留めたらしいよ…。森番の方は逃げ出したらしいが、ついさっき隣町で御用になったそうだ」

「へぇ、ジュール様なんてどうでもいいって顔してたくせにねぇ…。一人でそこまでやってのけるなんて意外とやってくれるじゃないか」

「まぁ…子供が危ない真似をするなともいいたいが、たいしたもんだよ。捕まえた人買いを問い詰めれば、この近辺での今までの失踪事件もいくつかは解決するだろう」

 アリオーナ坊ちゃまの武勇伝は、この調子で瞬く間に、領地中の人々に知れ渡っていったのだった…。



「とりあえず、これでめでたしめでたし…って事だね」
 人々が騒いでいる様子を眺めながら、王子様が言った。

「そういうことかな…でも、危ない真似はこれきりにしてくれっていうのが、みんなの本音だろう」

「ふーん、じゃ…ジュールも僕が助けに来ない方が良かったの?」

「それは…」

 言葉を詰まらせているジュールの唇を、王子様がキスで軽く塞いだ。わざわざアリオーナを危ない目には遇わせたくはないが、自分のために危険を無視して動いてくれた事には、ジュールは感動していた。それはとりあえず、自分にも脈ありってことなのだろう…。ジュールはキスを返した。


「まぁ、馬鹿犬の飼い主やってるのもおもしろいよね。いろいろあって…」


 キスの合間にアリオーナが呟いた…。


〈終〉
























〈付記:入れたかったが、本文に入らなかったので…〉

武勇伝の張本人である王子様は参謀と共にいつも通りに過ごしていた。ジュールはなかなか本命の餌にはありつけないものの、ご主人様のそばにいられるだけで満足していた。

「そういえば、人買いがね。君をかどかわして売る事になったら、そのときは僕が買ってもいいって言ってたな」

「売られるのは困るけど、僕の値段は気になるなぁ…幾らくらいなの?」

「わからない。でも、その時には、僕が君を買おうかな」

「ジュールが?」

「駄目?」

「まぁ…いいけど」