+++名無しさんの秘密+++




◆ロスマリネ

ラコンブラート学園の一角で、ひとりの名無しさんが迷っていた。
「うー、どこだ? 早くしないと漏れちゃうよぉ…」
そう…彼は初めての場所で、トイレを探していたのだった。
焦りながらきょろきょろうろうろしてると、ふと、金木犀が匂ってきた。

よくあるトイレの芳香剤の匂いである。

「ラッキー!」と思って匂いがするほうに振り向くと、そこには長いプラチナブロンドの綺麗な少年の人形が立っていた。

「どうした?。何かを探しているようだが?」いきなり、そのお人形さんは喋った。。。

びっくりした。どうも生きているようである、匂いのもとはこの少年のようだ。
「…すみませんが、トイレの場所を…」照れながら、名無しは言った。
少年は、優雅に微笑してすぐにその場所を教えてくれた。

その後、名無しさんはその少年がこの学校の生徒総監ロスマリネである事を知ったが、彼の香水『シオン・ノーレ』をトイレの芳香剤と勘違いしたとは誰にも言えなかった。(2006/1/16)




◆ジルベール

名無しがラコンブラートに編入して一ヶ月あまりが経ち、学校にも慣れたある日の出来事である。
なんとなく彼がひとりで森を散歩していると、また「あの匂い」に気がついた。

匂いのほうを見ると、Bクラスのリボンをつけた金髪のものすごい美少年がそこに立っていた…どうやらロスマリネと同じシオン・ノーレとかいう香水をつけているようだ。
「ふふふ…」
少年は、いきなり女のように名無しに向かって微笑んだ…意味深だ。
「あんた、はじめて見る顔だけど、名前は?」少年が言った。
コイツ…いきなり年上に何を言ってるんだ。名無しは少しムッとして少年を睨みつけた。
「ごめんごめん。でも怒った顔も逝けてるよね。名前なんかなくてもかまわないや…あんた、僕と遊ばない?」
「遊ぶってのは、どういう事かな?」
「こういう事さ…」
少年はいきなり名無しの胸に飛び込んできた…そして勝手に、他人のネクタイをほどき、シャツのボタンを外していく。

「なるほど、そういうことか」

名無しは、そのまま黙って少年のするがままにさせたのだった…。(2006/1/20)




◆オーギュスト

名無しは休日に遠出をして、マルセイユの大きな書店で本を眺めていた。マルセイユはアルルとは列車で数時間の距離なのだ。
田舎町にはないたくさんの本は、眺めているだけでも楽しい。

名無しはひとつの詩集に引かれた。装丁が美しく、読み始めると綺麗な言葉で綴られた幻想的な情景に引き込まれた…。
夢中になって読んでいると、彼は再びシオン・ノーレの匂いに気がついた…その匂いは何故か詩集のなかから立ち上ってくるようにも感じられた。

自分は夢でも見ているんじゃないだろうか…そう思って名無しはゆっくりと匂いを辿りながら自分の周りを見渡した。

彼の視線は一人の人物を探し当てた。そこには細身の非常に美しい紳士が名無しと同じ詩集を手にとって眺めていた。
彼の香水はシオン・ノーレで間違いない…夢の続きを見るように美しく優雅な物腰の持ち主だった。
シオン・ノーレの香りに包まれながら、しばらくその姿にぼうっと見とれていると…いきなり目が合った…紳士が名無しを見てにっこりと笑った。
「こんにちわ。その制服はラコンブラート学院のものだね」紳士が言った。
「はい、僕はそこの学生なんです」
「わたしはそこのOBだ」
「先輩でしたか」
「君はこの詩集に熱中していたようだが、面白いかね?」
「ええ、とても」名無しは満足げに微笑んで見せた。
「それは良かった」紳士は名無しに一枚の名刺を差し出した。そこにはオーギュスト・ボウと記されている。
それが詩集の著者であることに気がつくと、名無しはあらためてびっくりした…。(2006/1/25)




◆オーギュストの詩

オーギュスト・ボウの詩…それは名無しがジルと肌を重ねるたびに感じていたこの世ならぬ美しさ…と同じものだと、直感的に名無しは思った。
表現する媒体は違うが、オーギュストの詩とジルベールの性戯がもたらす不思議な愉悦は同じものなのだ。

極めて耽美な展開の中に、読者を迷わせるオーギュストの詩集。その中に描かれているものには人間臭さがまったくない。
万華鏡のように夢幻の言葉が満ち溢れるその世界は、宝石のように永遠で、美しい天使と悪魔が戯れている。姦淫を犯しながらもまったく罪の観念がなく…そこでは「美しさ」だけがすべてである。

ジルベールを育てた詩人オーギュスト・ボウ…おそらくジルとオーギュストの世界観が似ているのは、二人がそこで一緒に生きていた証明だろう。
あるいはオーギュストが「ジルベールを作った」のかも知れない。

名無しは悲しく愛おしく、狂おしい気分でオーギュストの詩集を閉じる。

―まさか―

同時に…名無しは直感した。(2006/2/14)