+++愛の逃避行3+++



船はアフリカ大陸をゆっくりと外周しながらあちこちの街に停泊して進んでいた。

オーギュストの周りには常に人が群れていた。

彼は行く先々の場所について、あらゆる事柄を熟知し、他の船客たちにその知識を惜しみなく披露していた。
その話を聞くために、人々は老若男女問わず金魚の糞のように彼の後をついて歩いていた。
誰もが彼の話に心酔して聞き入っている状態だった。

最初のうちはしぶしぶであったが、ロスマリネも結局は女の子達に引っ張られて、
みんなと一緒にオーギュストの後をついて歩くはめになった。

オーギュストの言葉は、彼の外見と同様に美しく、まったく淀むことがなかった。

実際、歴史、地理、政治にいたる彼の知識の豊富さにはみんな一様に驚いていた。
まるで図書館の本を引っ張り出して目の前で朗読しているような感じである。

ロスマリネはオーギュストのフランス語を英語圏の人間に、翻訳して伝える役目をするはめになった。

最初のうちは自主的な異国人に対する親切心だったが、それが度重なるにつれ、
自動的にオーギュストの通訳のようになっていったのだった。

オーギュストの手伝いは、彼にとって不快な事態ではあったが、まったく悪い事でもなかった。
取り巻きの少女達がアシスタントがわりに、身の周りの世話をしてくれるのは可愛らしいし、
他の船客達からは、ガイドのお礼として、食事の招待やプレゼントが引きも切らさずの状態である。

そんなふうに自分の周りが社交の場として常に華やいでいるのは、彼には心地良かった。

人の信用を得るという事は重要だ。実際オーギュストと一緒にいると実利的に得する事が多い。
船客はその国籍を問わず、もれなく社会的に立場のある大金持ちであり、
彼等への奉仕が自分やロスマリネ家にとって大きな宣伝になった。

わざわざ幸運の女神を逃すのはつまらない事だ…ロスマリネはそう考えていた。

ロスマリネは総監時代とあまり変わらない態度で、自分の保護者としてオーギュストと接した。
幸いにも、うわべだけの付き合いは二人ともかなり得意だった。





もともとオーギュストは旅行記の執筆の為に旅をしていた。

船の図書室は寄港地の本が豊富だったし、寄航先の土地の本屋や図書施設、博物館など、
調べものや書き物をするために立ち寄る事も多かった。
ロスマリネにしても遊んでばかりは疲れるので、オーギュストの傍らで手伝いをした。

それは彼にとっては実務的にオーギュストの仕事の手法を学ぶチャンスである。
学院で彼の指導を受けていた頃も、いくつものうまいやり方を教えられていたが、やはり、
そばにいるとオーギュストの効率の良さが肌身に染みて感じられる。

幸いなことにロスマリネ自身オーギュストの仕事の面白さがわかってきたし、それを補佐することは楽しかった。
オーギュストは、ロスマリネの知的探究心を快く受け入れて、いくつかの作業を任せたりした。






その夜はたまたま、暗くなるまで、作業に熱中していた。
ランプの灯りだけが二人を包んでいた。

こんな本の城の中で「彼」と夜遅くまで、よく一緒に勉強をしていた…。

ロスマリネは、ふとジュールのことを思い出した。


あの頃はジュールの頭の良さについていけない事が多かった。
一緒にいるとつい甘えてしまう…ジュールはそんな自分を受け入れてくれたが、正直、鬱陶しかったに相違ない。
そこには「彼」の優しさに気づかずに調子に乗ってしまう自分がいた。

しかし、いまは違う…自分は変わろうとがんばっている。
オーギュストを補佐しながら、彼に自分の仕事を認められたいと思う…足手まといにはなりたくなかった。

ぼんやりとそんな事を考えていると、オーギュストが横からコーヒーを差し出してくれた。
「もしかして、ジュール君の事でも思い出していたんじゃないかね?」
見透かしたようにオーギュストがたずねた。

ロスマリネは少し恥ずかしい思いを感じながらも、素直に答えた。
「ええ、まぁ…でも、どうしてわかったんですか?」

「そういう気がしただけだ」

「……」

「私が君達を破局させてしまったんだが…」

「彼はずっと僕の事はこころよく思ってはいなかったし、遅かれ早かれ、彼とこうなる運命だったと思っています。
貴方はただのきっかけで、実際は自分が悪かったんですから…気にしないでください」

「殊勝な事が言えるようになったな…悪くはないが、君らしくもない」

「自分でもそう思いますけどねぇ」ロスマリネが笑って見せた。

「彼もきっと…君が思う以上に君の事を考えていると思うよ」

「で、会いたいかね?」

「そうですね。でもその前に、もっと自分自身が大人にならないとダメだと思っています」

「大人になる…ねぇ」オーギュストがくすっと笑って皮肉な呟きを返した。

大人とは何なのか?。当の大人にも、実はその意味がよくわかっていない。
オーギュストの笑いにはそういう意味が含まれていた。

「茶化さないでください。真面目に言ってるんですから!!!」
ロスマリネは自分の言葉に照れながら、オーギュストが入れたコーヒーに口を付けた。



飲んだ途端、いきなり、あの時と同じ感じで体から力が抜けた。

「まさか、あなたは、また…」

やられた…と思った時には、オーギュストの腕の中にいた。