オーストリア旅行(2010年09月、個人)

2010/09/18現在

オーストリア ウィーンの地図
オーストリア地図(紫:鉄道)

オーストリアについて:
ヨーロッパのほぼ中央に位置する,オーストリア共和国は日本の北海道ほどの大きさで首都はウィーンである.有名なハプスブルグ家はドイツの一地方からこの地へ来て600年程統治した.「他の国は戦をするがよい。だが幸多きオーストリアよ,お前は結婚するがよい」という言葉が言い表しているように,戦争ではなく結婚によって領土を拡大した.現在のハンガリーもオーストリアの領土の一つであった.現在のオーストリアの大きさと成り,ハプスブルグ家の統治が終わると,「ウィーン世紀末」がやってくる.フロイトやマーラー,ヴィトゲンシュタインなどが優れた考えや作品を発表した.又,首都ウィーンは音楽の都と謳われるほど,音楽の選曲と演奏に関しては世界レヴェルのウィーン国立歌劇場管弦楽団の本拠地である,シューターツオパーがウィーンのリング内にある.

旅行のあらまし:
個人旅行は始めてであるが,ウィーンまでの航空券は格安のものを購入.2ヶ月前に問い合わせたが,殆ど満席の状態であった.何とか取れたチケットが,アエロフロート航空のモスクワ経由ウィーン行きのチケットであった.モスクワのセレメチェボ空港で4時間ほど乗り換えの待ち時間があるが,荷物はどうなるのかや,手続きは何時からかをホームページ等で調べた.現地の空港のホームページは,ロシア語と英語で記されていた.
 他の航空会社として,オーストリア航空がある.インターネットでも航空券の予約が出来るほか,値段も12月末には7-8万で入手できる.

オーストリア出身の人物一覧:

●作曲家
・Johann Joseph Fux(ヨハン・ヨーゼフ・フックス:1660-1741):シュタイヤーマルクの農家に生まれる.ウィーンで宮廷楽長.『グラードゥス・アド・パルナッスム』を記す.
・Joseph Haydn(ヨーゼフ・ハイドン;1732-1809):古典派音楽の形成期に最も影響があった人物.ウィーンの聖シュテファン大聖堂で少年合唱団に属していた.Rohrau出身.
・Michael Haydn(ミヒャエル・ハイドン;1737-1806):ヨーゼフ・ハイドンの弟.1762年,ザルツブルク大司教の楽団のコンサートマスターと成る.Rohrau出身.
・Franz Schubert(フランツ・シューベルト;1797-1828):ロマン派音楽の開拓者.父は小学校の校長でチェロを弾いていた.歌曲は700曲を超える.WienのAlsergrund出身.
・Anton Bruckner(アントン・ブルックナー;1824-1896):ロマン派交響曲の最大の作曲家の一人.ザンクト・フローリアン修道院,リンツ大聖堂のオルガニスト,ウィーンの宮廷オルガニストを歴任.作曲の根底にはオルガン音楽的発想があるとされる.Ansfelden出身.
・Johann Strauss, Sr.(ヨハン・シュトラウス(1世);1804-1849):ウィンナ・ワルツの草創期に重要な役割を果たしたワルツの父.初めM.パーマーの楽団,ついでそれから独立したランナーの楽団でヴァイオリニスト,指揮者として活躍.1825年自身の楽団を結成.ウィーン出身.
・Johann Strauss, Jr.(ヨハン・シュトラウス(2世);1825-1899):シュトラウス1世の長男.1844年自らの楽団を組織しワルツを発表して成功.ワルツ王.ウィーンのNeubau出身.
・Arnold Schoenberg(アーノルド・シェーンベルク;1874-1951):12音音楽の創始者.Leopoldstadt出身.
・Anton Webern(アントン・ヴェーベルン;1883-1945):シェーンベルクに学び,20世紀初頭の無音音楽,12音主義の開拓者となる.
・Alban Berg(アルバン・ベルク):12音技法の設立者.
・Wolfgang Amadeus Mozart(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト;1756-1791):古典派の典型を成す作曲家.生地ザルツブルクで父レオポルトから,姉ナンネルルととのみクラヴィアを学び,5歳で作曲を試みた.

●画家
・Ferdinand Georg Waldmuller(フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー;1793-1865):ベートーヴェンの肖像画を描いた.
・Rudolf von Alt(ルドルフ・アルト;1812-1905):風景画家.ウィーンの街を多く描いた.
・Hans Makart(1840-1884)
・Gustav Klimt(クリムト;1862-1918)

●建築家
・Johann Bernhard Fischer von Erlach(1656-1723):シェーンブルン宮殿を設計.
・Otto Wagner(オットー・ワーグナー;1841-1918):カールプラッツ駅を設計
・Adolf Loos(アドルフ・ロース;1870-1933):カフェ ムゼウムを設計

●科学者
・Ludwig Boltzmann(ボルツマン;1844-1906):統計力学の開始,「熱平衡法則に関する力学的熱理論の第2主法則と確率計算の関係について」のボルツマン定数.ウィーン出身.
・Ernst Mach(エルンスト・マッハ;1838-1916):音速を超えると衝撃波が生じることを示した.マッハ数
・Victor Franz Hess(ヴィクトール・フランツ・ヘス;1883-1964):放射線は宇宙から生じているものであることを示した.
・Christian Doppler(ドップラー;1803-1853):震源地と観測者の相対距離により振動数が変化するドップラー効果で有名.ザルツブルク出身.
・Erwin Schrodinger(エルヴィン・シュレーディンガー;1887-1961):シュレーディンガーの波動方程式を考案.量子力学の新たな境地を生み出した.ウィーン出身
・Wolfgang Pauli(ヴォルフガング・パウリ;1900-1958):パウリの排他律で有名.
・Anton Zeilinger(アントン・ツァイリンガー;1945-):量子情報.

●哲学者
Ludwig Wittgenstein(ヴィトゲンシュタイン;1889-1951):論理哲学論考.
Karl Popper(カール・ライムント・ポパー;1902-1994):反証可能性を提唱.

●生物学者
Gregor Mendel(グレゴール・メンデル;1822-1884):遺伝は遺伝子によって受け継がれる.メンデルの法則.
Konrad Lorenz(コンラート・ローレンツ;1903-1989):動物行動学.刷り込みの発見.

●数学者
Kurt Godel(クルト・ゲーゲル;1906-1978):不完全性定理.

●エンジニア
Ferdinand Porsche(フェルディナンド・ポルシェ;1875-1981):フォルクス・ワーゲンの設計など.
Siegfried Marcus(ジークフリード・マルクス;1831-1898):内燃機関により自動車を開発.

●作家
Peter Altenberg(ペーター・アルテンブルク;1859-1919)本名Richard Engländer.カフェ『わたしが見たままに(1896)』『その日わたしが見聞きしたこと(1901)』ウィーンの日常を細かに記した.
Ludwig Anzengruber(ルートヴィヒ・アンツェングルバー;1839-1889)生命力に満ちた民衆歌劇や戯曲を書いた.『Der Meineidbauer (The Perjuring Farmer;罪深き農夫)』などがある.
Hermann Bahr(ヘルマン・バール;1863-1964)ブルク劇場で文芸顧問を務める.パリ旅行後芸術評論家として活動.作品に,『Die Mutter(母;1891)』などがある.
Heimito von Doderer(ドーデラー;1896-1966)1958年に発表された『Die Posaunen von Jericho (novella)(The Trombones of Jericho)』はベートーヴェンの交響曲第7番に対応したものである.
Egon Friedell(エーゴン・フリーデル;1878-1938)劇作家,劇評家,俳優.『近代文化史』を書く.
Sigmund Freud(ジークムント・フロイト;1856-1939)精神分析.『夢判断』などの著書がある.
Franz Grillparzer(フランツ・グリルパルツァー;1791-1872)ハプスブルク帝国への情熱的関わり方について,音楽的内面な側面を特に強調する傾向がみられる.『König Ottokars Glück und Ende (The Fortune and Fall of King Ottokar』(1823)などの著書がある.
Robert Hamerling(ロベルト・ハーマーリング;1830-1889)詩人,小説家.色と生命に満ち溢れている作風を遺す.グラーツ近郊の出身.
Hugo von Hofmannsthal(フーゴ・フォン・ホーフマンスタール;1874-1929)リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ばらの騎士」の脚本を担当.きわめて繊細にゆり動く感覚.
Karl Kraus(カール・クラウス;1874-1936)「オペレッタの人物が人類の悲劇を演じた」とハプスブルク世界を辛辣に手厳しく批判した.『Sittlichkeit und Kriminalität(Morality and Criminal Justice)』(1908)などがある.
Adolf von Tschabuschnigg(チャブーシュニック;1809-1887)オーストリア文学史上,下層労働者の悲惨な生活を描いた最初の作家
Felix Salten(フェーリックス・ザルテン;1869-1945)1926年のBambi, ein Leben im Walde(Bambi, A Life in the Woods)が有名である.
Bertha von Suttner(ベルタ・フォン・ズットナー;1843-1914)ノーベル平和賞受賞者.
Stefan Zweig(シュテファン・ツヴァイク;1881-1942)1933年に『Marie Antoinette』を発表.
Joseph Schreyvogel(1768-1832)ウィーンの演劇批評家.短編『ザムエル・ブリンクの晩夏』の"晩夏"には夏が一時的に戻ってきた秋の小春日和のほかに老いらくの恋の意味がある.
Peter Rosegger(1843-1918)シュタイヤーマルクのアルプス山中,クリークラッハ生まれ.貧しさによる制約や視野の狭さが,むしろ人間教育のためには理想的な状態であると解釈しなおすのである.主な作品に,『森の故郷(1877)』がある.

2010.09.12(旅行1日目)
新幹線で東京駅へ.そこから,成田エキスプレスのチケットをあらかじめ予約していたため,東京駅のみどりの窓口で発行して貰い,成田空港へ向かう.成田エキスプレスは大変快適である.成田空港第1ターミナルまで1時間ほどで行くことが出来る.最終駅.
モスクワ・シェレメチェボ空港(成田→モスクワは約3時間)→ウィーン・シュヴェヒャート国際空港夜中着(モスクワ→ウィーンは約10時間).CATでホテルへ.ウィーンとの時差7時間(サマータイムを実施しているため)

成田空港
成田空港に到着.2時間位前に到着し,チェックインカウンターにて荷物を預け,両替を済ました.12:00のアエロフロート航空に乗って出発.成田からシェレメチェボ空港まで7,935キロあり,シェレメチェボ空港からウィーンまで1,805キロ距離がある.まめ知識:トランクを預けるときは,大き目の袋に被せて置いて預けるとキズがトランクに付かない.

飛行機内
飛行機内のエンターテイメント機器,映画(ロシアもの(ロシア語,売れない地方(ウクライナ?)から出た芸人がモスクワで一旗?あげるストーリー),アメリカもの,日本もの1本;ゲーム(バックギャモン,チェス,ボーリング,ゴルフ),飛行情報,音楽(POP,JAZZ,Classicなど)充実している.右のリモコンは上のボタンを押すと外れる仕組みになっている.下の端子は,USB端子とネットワーク端子.インターネットが利用できるかは不明.

飛行機内
飛行機内の経路表示.Tokyo(成田)からロシアを横断して,乗り継ぎ先であるモスクワの空港に向かう.高度は現在,35000ft=10600mで速度は,519mph(マイル/時)=時速約835キロである.

飛行機内
機内食.機内サービスは,飲み物(水,コーラ,スプライト,オレンジジュース;お手拭)→食事(Beaf OR Chicken)→食事(Beaf Or Fish;二回目の食事は行きのみ)ビーフが個人的には好みである.パンは固め.まめ知識:機内で新聞(ロシア語,英語)が配られる.他にも車の雑誌(英語)がある.読んでみるとその国の特徴が分かり、面白い.

シェレメチェーボ空港
成田から約10時間ほどでモスクワ・シェレメチェボ空港に到着.成田→モスクワ間の飛行機はジャンボであったが,モスクワ→ウィーン間は比較的小型の飛行機であった.

シェレメチェーボ空港トランジット
モスクワ・シェレメチェボ空港(Sheremetyevo International Airport)でTransit(乗り換え)の為のセキュリティチェックを行う.職員数名が窓口一つで応対されており,写真のように大変混んでいた.しかし,乗換えまでまだ2時間半余裕がある.まめ知識:ベルトと時計は外して置きカバンに入れておいた方が(検査用のケース上に忘れない)スムーズに行く.財布の中身も確認された.

乗り換え掲示板
モスクワ・シェレメチェボ空港内の乗り換え掲示板で次の行き先を確認する.パリやドイツその他北欧に行っている乗り換えの案内があった.言語はロシア語と英語の交互表示である.空港内は,1-90番と乗り口多く大変広い.乗り継ぎの待ち時間は,新聞を読んで時間をつぶす.チェブラースカの人形や書籍,化粧品の店が多くあった.食事が出来るスペースもあった.軽食店にて水とサンドウイッチを注文した.クレジット・カードが利用できる.モスクワからウィーンまで約3時間のフライト.飛行機はあまり大きくないこともあり,座席にテレビは無く機内食も一食のみ.かなり年季の入っている飛行機である.まめ知識:乗り換え掲示板に,自分が乗る予定の便が見当たらない場合は窓口で問い合わせると教えてくれる.私の場合は,乗り換えの飛行機のゲート番号が分からず,取り敢えず航空券に記されているターミナルへバスで移動して,そこの窓口で問い合わせて判明した.

バス
ターミナル移動用のバス内にて.様々な国の言語が行き交う.

乗り換え掲示板
ウィーン行きの飛行機に搭乗.ウィーンはロシア語でBEHAと記されている.20分ほど送れて搭乗.それまで,乗継まで5時間ほど時間が有ったので他の乗り口を見て廻った.モンゴルのウランバートル(旅行者は麻の袋,皮製の長靴を履いている), Prague, Yerevan(アルメニア共和国), Naryan-Mar and Krasnoyarsk(ロシア連邦), Istanbul, Venice, Stockholm, New York, Copenhagen, Amsterdam, Barcelona, Zurich, London, Paris, Simferopol(southern Ukraine), Antalya(southwestern Turkey), Tivat, Milano, Beijing, Shanghai, Tokyo, Seoulなどが目的地で国際色豊かだ.但し空港内はスペースが狭いのでゆっくり休むことが出来なかった.

ウィーン国際空港
ウィーン国際空港の手続きが終わり,荷物取り場へ向かう.深夜の為,便が表示が少ない掲示板(右上)

ウィーン国際空港
ウィーン国際空港に夜中到着.荷物を受け取りこの写真の反対の方面にVienna Tourist Service(下図)がある.そこでウィーンカードとCAT(City Airport Train)の往復切符を購入する.

ウィーン国際空港
ウィーン国際空港内にあるVienna Tourist Service(夜11時ごろまで開いている)
まめ知識:Vienna Tourist Serviceが閉まっているときは,後日市内でウィーンカードを購入する.

ウィーンカード
ウィーンカード(右)とCAT往復切符(あらかじめ往復分を買って置けば,帰りは楽である)ウィーンカード18,50ユーロ,CAT往復切符15,00ユーロ

ウィーンカード
CAT(City Airport Train)
まめ知識:トランクは車内では通路におかず,ドア付近の荷物置き場に置く.CATチケットを準備しておき,車掌に見せて刻印してもらう.CATの最終は23:35である.

ウィーンミッテ駅
ウィーンミッテ駅(Wien Mitte)に到着.駅から出るとこのような表示が出ていて,市内までU-bahn(地下鉄)に乗り換える.夜1時くらいまで列車は運行している.タクシーも反対車線で待機している.地下鉄が無くなったらタクシーを用いる手段もある.(2010年9月現在,駅は工事中のため,トランクは数回持って階段を上り下りをしなければならない)

ウィーンミッテ駅
上図の通り右へ曲がり信号を右に回ると大きな“U”の字が見える.地下鉄の駅の意味である.

ウィーンミッテ駅
ウィーンミッテ駅のチケット自販機.右の青い刻印機でウィーンカードの空白部分で日付と時間を必ず刻印する.これで72時間,U-bahnの鉄道などに乗り放題と成る.

ウィーンミッテ駅
ウィーンミッテ駅のチケット自販機.現金,カード支払いを選択できる.1.80ユーロの小額でもカードは使用できる.CATのチケットもココから購入できるがウィーンカードが使えないため,定価での購入となる.

ウィーンミッテ駅
ウィーンミッテ駅のプラットホーム(最終地点の駅名が表示されている)夜11時ごろの到着.若い男性数人が酔っ払って声を張り上げている.他にダンプ松本のような派手な髪形をした女性が電車を待っているが,怖いことはない.東京の深夜の駅と似たようなものか?

ホテル
ホテル(Hotel Atlas Vienna)へ到着.フロントで手続き.ドライヤーを借りた.24時間フロントは開いているとの事.直ぐに就寝.テレビにドイツZDFやARDやエンターテイメント放送をしていた.アナログ放送のようである.

ホテル
ホテルの洗面所(ユニットバス),ウィーンの廉価なホテル(一泊7000円前後)はアメニティは石鹸とボディソープのみ.まめ知識:安いホテルでは,髭剃り,シェービングクリーム,歯ブラシ,歯磨き粉,クシ,洗顔フォーム,体を洗うタオルは必須.たいていのホテルは,チップ(心付け)が必要で毎日テーブルの上においておく方がよい.

オーストリア旅行2日目

リンク集:(成田→モスクワ→ウィーン)
  • 地球の歩き方−各国情報,特派員ブログ:
    http://www.arukikata.co.jp/
  • 成田国際空港(各言語対応)−フライト情報,販売店の詳細:
    http://www.narita-airport.jp/
  • ウィーン国際空港(各言語対応)−フライト情報,販売店の詳細:
    http://www.viennaairport.com/
  • シェレメチェヴォ国際空港(各言語対応)−フライト情報,トランジットについての詳細,販売店の詳細:
    http://svo.aero/
  • Vienna Info.(各言語対応)−ウィーンカードについて,ウィーンの催し物:
    http://www.wien.info/
  • CAT−タイムテーブル,路線図,数ヶ月有効なカードの購入:
    http://www.cityairporttrain.com/
  • Austria-Forum :
    http://www.austria-lexikon.at/

  • 2005.09.14(旅行3日目)ウィーン国立歌劇場にてヴェルディ『運命の力』を鑑賞.19:30より.あらかじめ,日本のうぃーんチケットサービスから予約をしておいた.

    2005.09.15(旅行4日目)オーストリア国鉄でWien Westbahnhof→Salzburg Hbf(3時間)→Mozarts Geburtshaus(モーツァルト生家)→Stift Nonnberg(ノンベルク修道院)→Linz/Donau Hbf→ブルックナーの家→Linz/Donau Hbf→Wien Westbahnhof

    2005.09.16(旅行5日目)ウィーン・シュヴェヒャート国際空港→モスクワ・シェレメチェボ空港→成田空港

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