回覧文書(PDF)……新聞記事……その日の朝(写真11枚)


そこのけそこのけ自衛隊が通る!!

それは、我が家に届いた「自治会の回覧板」を見た時から始まる。ありふれた”日常生活”の場から!

〔このシリーズは、「実際に私の身の回りで起こったこと」をメールにして友人に送ったものです。〕

7月29日(そこのけそこのけ自衛隊が通る第1号)

昨夜、家に帰ると自治会からの「回覧」文が二つ届いていました。そのうちの一つをみてびっくり。陸上自衛隊500人が伊丹駐屯地を出て、川西→池田へと堂々行進を行うという「池田市からのお知らせ」。
”軍靴の音が目の前に”。こんな時代になってしまいました。〔地元自治体もきっちり加担するんだ!〕
8月4日の朝、私の「五感」で直接確かめてくることにします。付き合える方がいらっしゃったらお知らせください。
「回覧」文書を添付しています。川西・伊丹の情報がお分かりの方は教えてください。
クリックしてください→市からの回覧文(PDF)




7月31日(そこのけそこのけ自衛隊第2号)

「そこのけそこのけ自衛隊が通る」に3人の方からメールが届きましたので紹介しておきます。
池田市からの「回覧」文は”行進”日が8月4日〔火〕となっていますが、この日は水曜日のはず。「曜日を間違ってませんか」「何故池田市は市自身のコメントもせずに”自衛隊通知”を流すのか」「池田区間は何時から何時までか。車両規制を行うのか」といった最低限知りたいことを月曜日にでも池田市危機管理課に電話をして聞こうと思っています。
池田市の返答内容は月曜日夜にでもメールします。とりあえず私は4日朝5時に阪急池田駅のタクシー乗り場あたりにいます。いっしょにお付き合いしていただける人は、それぞれ各人が思いの物を用意してください。デモ申請といったことはいたしません。あくまで歩道を自衛隊行進に逆進・並進しながら、この事実を「確かめる」ことにします。あくまで通行人として。風景を撮るカメラマニアとして。…そんな感じでいきたいと思っていま〜す。
以下はここ数日に届いたメールです。

メール拝見しました。
問題はいろいろあると思いますが、池田市はこの「回覧」文書をどのような意図・目的で出したのでしょうか?
単に「お知らせ」するだけであって、何らのコメントも「要請」もありません。文書の発信人としての責任の所在をほうかむりしているように思います。
行進の申請はいつ・だれが・どこにして、「許可」いつ・誰がしたのか?市はそれにどのようにコミットしたのか。しなかったのか?市の関与・責任範囲はどのようなものなのか?疑問点は多々あります。できれば情報公開で明らかにしてほしいと思いますが・・・。

この間の講演会よかったよ。20年も前緑ヶ丘の自衛隊が地元と盆踊り会するのに
反対ビラを撒いた頃は手を引っ張ってもお荷物がちだった子がすてきな娘さんになって
聴きに来ていました。(そのお母ちゃんはわたしの前の席に座った麦藁帽の女性)
 
何もできないかも知れないけど、そしてそんな暁に女たちを動員できないけど、少なくとも
わたしはカメラ持ってバイクに乗って見物にいこうと思います。どこかのテレビ局に電話して
行進順路と通過時間を聞くなんてどう?
みなさんの待機(見学?)場所はどの辺り?  

毎日暑い日が続きますね。
さらに、あなたからのメールで暑くなりますね。
 
川西市では、今のところ住民に対しての回覧などは行っていません。
柴生さんは、単に自衛隊の業務の一環としてと言うことで、黙認しようと考えていると思います。
このことについて改めて、行政に聞こうとは思っていません。
その点、倉田さんは、自民党員で、青年会議所上がりですのでありえる話だと思います。
ならば、ここは我々も紅白の提灯を持って出迎えましょう。憲法9条堅持の横断幕付で。
この案はどうですか。




8月2日(そこのけそこのけ自衛隊が通る第3号)

少し涼しくなってきました。この土日は墓掃除で丹波へ帰っていました。あちらの朝夕は涼しいくらいで、すでに秋の気配すらありで、夜はすず虫がいい音色を聞かせてくれていましたよ。
福井へ復旧支援ボランティアへ行かれたみなさん。お疲れさんでした。私は全く何も出来ずでごめんなさい。
 
話を「自衛隊の池田行進」に変えます。今日夕刻に池田市危機管理課へ電話をしました。「桃園に長い間住んでいます池田市民の田中といいます」と丁寧にごあいさつ。それから例の回覧文書に触れて、「4日が火曜日となっていますが曜日の間違いですか」「自衛隊発文書をそのまま流されているような、市としての主体的コメントがないようなのですが」「市としてどんな思いで市民に伝えているのですか。」「何時にどこをどのように行進となるのですか」「車両規制は」「市は立ち会うのですか」とこんな問いかけをしてみました。
以外というかやっぱりというかそんな返事がかえってきました。
『火曜日は間違いで水曜日です。』『自衛隊から来られて他のところも許可してもらっているということでしたので「どうぞ」ということで…。』『市民には伝えておかないということで”お知らせ”しました。』『車両規制はしません』『市として立ち会いませんし何も。』『ちょっと待ってください。(少し間が空いて)朝4時に古江橋から』といった返事が。
さらに、こちらからは「自衛隊に対する市民の思いはさまざまですよ。イラク派遣がなされている時期ですからね。自衛隊から池田市のいろんな施設を使わせてくれといってきたらどうなされるんですか。」とたずねたがこれに対しては、返事は頂けなかった。
今日の話を要約してみると、よその市も許可を出しているのでそのまま了承した。市として主体的判断をしたわけでないが、「市民にお知らせだけはしとかないと」ということにした。だから、このことで市としては関わらない。よって、当日も立ち会わない。
 
私は4日朝5時に阪急池田駅のタクシー乗り場から歩き出そうと思います。
通行人としてカメラマニアとして。「街中を堂々と歩く自衛隊」。この事実を確認するために。
 
次はその後に届いたメールです。(3通)

見ました。目的は何のためですか。
それが最大のポイントだと思いますが。・・・嫌な世の中になってきました。

メールありがとうございます。
 8/4の出来事またメールください。

深夜にすみません。別添のような文案で、北大阪労組交流センターとして池田市・危機管理課へ3日・火曜日昼から申し入れ予定しています。また、婦人民主クラブ北大阪支部も同様な申し入れ予定しています。 草々。



8月3日(そこのけそこのけ自衛隊が通る第4号)


読売新聞は朝刊〔今朝・3日〕の大阪版で池田市危機管理課に「1日付けで危機管理担当監に自衛隊OBを採用」と報じた。(記事を添付しています)
     
こちらをクリックしてください→新聞記事
このことと明日(4日)の自衛隊行進と関連しているかどうかは分からないがあまりにもタイミングがよすぎるのではありませんか。
 
今日の午後、我がメル友の一人が他の数人と危機管理課に訪れたということ。そこで、「災害訓練」の名を借りた自衛隊の軍事訓練に強く抗議し、池田市において軍事訓練の非協力と…」の要望書を提出、そのあと不明な点の説明を聞いたとか。
対応した危機管理課職員の話はこういうことだったという。
@「お知らせ」は、自衛隊行進の進路にあたる地域の自治会に配布した。
Aこのことについて危機管理課での課内論議はしていない。
B池田市内を自衛隊が行進するのは始めて。迷彩服での行進なので、市民が驚かれるので「お知らせ」はすることにしたが、これも部長決裁止まりで市長・助役には回していない。
といった内容だったようだ。とても対応はよく何でも答えてくれたという。
さらに、読売新聞の朝刊に載った件については、「担当監」は課長級。何故この人がこの時期に採用発令されたのかは知らないという返事が返ってきたと。
その危機管理課の職員は明日(4日)朝の行動について図面を見せて、「絹延橋周辺にAM6時30分」と教えてくれたようだ。
そこで、明日一緒に付き合ってくださる方は、AM5時池田駅タクシー乗り場と先のメールに書きましたが、AM5時40分にそこから歩き出そうと思っています。それまでに間に合ってもらったらいいのでは。呼びかけた私は5時にその場にいることにします。
 
新たに届いたメール2通を紹介します。
 

メール拝見しています。
この様なことが何故簡単にされるのでしょう。
先の事が思いやられます。

友人からのメールである。池田で「市からのお知らせ」として回覧版が回ったそうだ。 それによると・・・
 8月4日伊丹駐屯地の陸上自衛隊500人が「防災訓練」をかねた行進 訓練と称して、威風堂々?と市中を行進なされるそうだ。 朝4時に駐屯地を出発。伊丹〜川西〜池田〜伊丹と4時間行軍される とのこと。はてさて、何が「防災」なのかよく判らぬ。
 シャベルやツルハシを担いでの行進なのか、小銃を担ぐのか。これは見ものだ。 最近やたらと、市民の眼前に現れる。小中学生を対象にした、特車(戦車 や装甲車)の試乗会。自衛艦の開放。航空ショー。それぞれに装備されてい る砲やミサイルの向こうに同じ年頃の人たちがいることを想像できるだろうか。

 


                 8月4日(そこのけそこのけ自衛隊が通る第5号)

すっごく眠い。でも今朝の様子を伝えたい。そんな思いでパソコンに向かっています。
AM5時5分、少し遅れた。何人が一緒に付き合ってくださるのかはさっぱり分からない。阪急池田駅のタクシー乗り場にすでに一人の男性が。そのあとすぐに二人の女性。そしてまた一人…。千里から単車を飛ばしてきた知り合いの女性も到着。「あっという間についちゃったよ。気持ちがよかった」とそしてパンを買いにいってくるわといって再び単車は発進。〔いろんな種類のパンが届く〕
5時45分に出発をした。その間にもこちらの様子を伺いにきたのか自衛隊車〔ジープ型〕が何度か私たちの前を通って行った。
この日に集まったのは18人〔男女各9人〕。よかった。数人じゃやはり心細いですもんね。わいわいと賑やかに喋りながら、自衛隊との出会いをめざして進んだ。少ししか歩いていないのに「まだかぁ」という者も。励まし〔?〕ながら前へと進める。
絹延橋が6時半と聞いていたが、20分には自衛隊の最初の部隊はやってきていた。早速それぞれが用意してきた横断幕や思いを書いた画用紙等が進む自衛隊の前に出される。それぞれが思いを訴えている。
次々と隊列が私たちの前を通り過ぎていく。
「そこのけそこのけ自衛隊が通る」「街の中を堂々と自衛隊が…」といった雰囲気ではない。完全武装で昨夜から40キロを歩いてきたこともあってか精彩はない。待ち受ける我々に驚きの顔さえ見せている。みな小銃を持っている。何故や、防災訓練に銃が必要なのか?!
隊員はこっちの問いにも答えずただ黙って歩き続けている。
もうそろそろラストかなと思う頃に隊と隊の間に我々も入った。下を向いて黙々と歩く自衛隊員。我々は元気だ。ゆっくり歩いてると後ろの隊に追い抜かされるようになるので少し急いだ。中橋で右にそれる。それから猪名川沿いにはいる。それからは我々はピタッと自衛隊のみなさんにくっついて呼びかけをした。
「イラクへ行ったらあかん」「ほんまに死ぬよ」「この戦争に大義はないよ」「来年3月にオランダ軍が国に帰る。もう誰も自衛隊を守ってくれへんよ」「あなたたちが行ったらますますイラクは混乱する」「憲法は海外派兵を禁じている」「命を大事にして」…こんなことを行進する自衛隊員の耳元で我々は訴えた。
来春に伊丹駐屯地から何百という単位の自衛隊員がイラクに向かうようだ。皆若い。今私たちの前にいる隊員たちがイラクに行かされるんだ。そう思うとますます声が大きくなった。500人は黙って歩いてる。数では圧倒的に負けているが、声は負けていない。18人の訴えは彼らの心に響いたと信じたい。
40キロ歩いてくたくたになっている彼ら。その最終場面に立ちふさがった決して年齢は若くないが、元気な「おばさん」と「おじさん」ら。〔ごめん若い人もいたいた。うん〕。彼らに私たちはどう映ったのだろうか。
 
それにしても警察や市関係者は誰もいない。完全武装の自衛隊員500人が街の中を黙々と歩いている。これは異様な状態だ。これは戦争風景だ。
3年前に多くの幼な子の命が奪われるという悲しいことがこの池田で起こった。安全な街づくりを多くの市民が望み、実践もされている。そんな時に「戦争参加」訓練と思われる自衛隊の街の中行進をいとも簡単に許可した市の態度を今後とも見続ける必要ありと感じました。

写真はこちらをクリックしてください
その日の朝(写真11枚)
 次の文。川西の友人から自衛隊が池田に入る前の様子をメールで送ってくれました。
池田の様子と合わせてみてもらったらと思います。

早朝からの兵隊さんウオッチングご苦労様でした。
 
予定どおり伊丹から川西を北上して多田神社近くを経由して猪名川の銀橋(ダイエー横)を渡り国道を南下して池田市に入りました。
思っていたとおりの展開で、自衛隊の歩兵による侵略進軍の真似事で全隊員が小銃を携えて進軍をしていました。
 
侵略された国からの民兵による不意打ちを想定してか隊列の中の数名が小銃を構えて行軍をしますと、
一隊列80名の歩兵と言えども、周囲が張り詰めた雰囲気になりますね。
ある意味滑稽ですが異様ですね。
 
市が発表した防災対策を目的とした回覧内容と大きく食い違っておりましたね。
池田市が、今回の回覧を配布した意図と8月1日付の自衛隊OBの雇用とを考える時、
次は伊丹空港を使用した防災訓練の名を借りた空軍と陸軍との都市制圧の軍事訓練ですね。
 
今回の訓練は、今に始まったことではなく従前から行われていたと思いますが、
この時期(憲法改定を、自民・民主が政治日程に入れた)に、わざわざ公表することに意義があったのだと思います。
(市との話し合いからでは)末端の担当者には、知らされていないようですが。
 
ベトナム戦争のときに伊丹空港に米軍の負傷兵・死者を輸送されてきた記憶がよみがえりますが、
まずは空港を利用した災害に会った住民(政府要人及び戦死者を想定した)の搬出搬入訓練からでしょうか?

 
次は昨日・今日と届いたメール3通を紹介します。

さて、自衛隊の件ですが、今どこの市でも危機管理課ができているのですね。
ひとつの流行かな? そして、自衛隊とタイアップしているような。
 確かに、最近の自衛隊の動きは、異常ですよね。
一時期国民から総すかんを食らっていた鬱憤を跳ね返すかのように・・・。

自衛隊の軍隊化をドンドン進められていくことに
沈黙していくわけにはいきません。
こうした情報提供は貴重です。
周りにも知らせていきます。

もし、豊中でこのようなことがあったら…。市民に対して、全面展開すべきです。
一度退官した人間が、何故、役所に再就職できるのか、これも疑問です。体感しなければいいのに、定年退職は、自衛隊でも60歳のはずです。
未練があるのですか、。世の中には、働きたくても働けない人がいると言うのに…。世の中おかしいです。

回覧文書(PDF)……新聞記事……その日の朝(写真11枚)

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