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Day Dream
(泣いているうちに眠っちゃったんだな……) 床に直に座ったままだったので、足がしびれていた。しばらく立てそうにないな。綱吉はベッドにつっぷしていた上半身を起こし、軽く首を振った。 「よいしょ」 しびれた足をなんとか伸ばして回復をはかる。 「……う」 伸ばした足の先からくすぐったさが伝わってきて、背筋がぶるっと震えた。これは本当に歩けるまでに時間がかかりそうだ。 綱吉の近くには暇をつぶせるようなものが何もなかった。もっともあったとしても見る余裕なんてなかっただろうけど。 なんとはなしに窓の外を見た。葉をキラキラと輝かせる太陽は高い所まで昇っていて、綱吉は随分と寝過ごしたことを知った。 風に揺れて形を変える木漏れ日が綺麗だ。 (そういえば、初めて会ったときも木漏れ日が綺麗だった。) ああ、やっぱり考えてしまう。 日常の出来事はすべて過去の思い出と直結して、悲しみを呼び起こす。 ベッドのシーツの白。 空の色。 道端の花。 なにも見ても悲しかった。いっそずっと眠ってしまえと思うのだけど。夢の中にも現れて、どこにも逃げ道はない。 ……逃げようとも思わないけれど。 トントン。 ドアを叩く軽やかな音がした。リボーンが起こしに来たのかな。綱吉の声はしわがれていた。 「はーい、今すぐ起きるよ」 ドアの取っ手が下にスライドして、ドアがゆっくりと開かれた。 「こんな昼頃まで寝てるなんて。感心しませんね」 現れた人物に、落ち着いた低音に、綱吉の目がまんまるになった。 状況がまるでおろしたてのタオルに水をしみこませるみたいにじわじわと綱吉のなかに浸透していく。水はなかなか入ってくれない。ほんの少ししっとりしたころ、綱吉の手はガタガタと震えた。 その手をそっとちかづいてきた骸が優しく包み込むと、綱吉のふるえは徐々に収まっていく。その手は確かに温かかった。 「あ……、あ……」 「ちょっと落ち着きなさい、僕は逃げない」 「……む、くろ」 名前を言葉にすると現実味が増してきた。綱吉の胸にたとえようもないくらいぐちゃぐちゃに混ざった物がこみ上げてくる。その感情は涙に変わった。とっくに枯れ果てたと思っていた綱吉の目から大粒の涙が零れた。 今までただ流れ落ちて絨毯にしみこむだけの涙だった。今度はそれを拭ってくれる手がある。 骸は眉根を寄せて、困ったように笑った。 「たくさん、泣いてくれたんですね……」 「……あたりまえ、だ」 綱吉にはそれだけを言うのがやっとだった。他に言いたい事がたくさんあるのに。もう一度会えたならば伝えたいと思った事も。 なのに、あまりにも多すぎて何も言えない。 長い言葉じゃなくていい。なにか一言で表すのならば。 「ありがとう」 そう、これだ。 だけど、先に骸に言われてしまった。 「ありがとう」 骸がもう一度繰り返した。そのまま綱吉が口を開く前に話し出した。 「僕のために泣いてくれる事はとてもうれしい。本当にたくさんたくさん悲しんでくれたんですね。僕なんかの、ために。……だけど僕は君の笑顔がなによりも好きだった、愛していた。僕のいないこれからも笑っていて欲しいから……」 頬にあった手が綱吉の目を隠すように覆った。視界が奪われる。 骸の声はとても穏やかで、初めて会った頃とは別人のようだ。 彼が変われた要因に少しでも加われていたら嬉しいと綱吉は常々思っていた。 骸が綱吉にとても感謝をしていたことを、彼は知らないままだった。 「だから、すべて忘れてしまってください」 骸の方にも伝えてない事がたくさんあった。だけど骸に伝える意志はない。どうせ消えてしまう言葉だから。 (だれよりも大切だった……) 綱吉には幸せになってほしい。彼にはこれからもある。そのための代償と思えば自分の存在くらい安いものだ。 傲慢にも彼が泣いている原因が自分だと考えるなら、記憶・存在ごとすべて綱吉から消してしまえば、彼は自分の笑顔を思い出す。骸は悲しげに微笑んだ。そして呪文を唱える。 「僕らは初めから出会ってなどいなかった。僕という人間は存在しなかった」 ぞくっと綱吉の肌が泡立つ。超直感の警告。 「やめ……!!」 慌ててあげた声は最後まで発せず、力の抜けた体が人形のようにベッドに倒れかかった。目の前もだんだんと白くなっていく。 (やだ……、やだ……) 倒れた拍子にはずれた骸の手。 消えた目隠し。 消えた体温。 体は思い通りにならなくて、手を伸ばす事さえも叶わない。せめて最後の抵抗とばかりに、必死に骸の顔を網膜に焼き付けた。 笑っていた。 さっき見たのと同じ、困ったような笑顔。最近よくするようになったその顔は、いつもの作り笑いよりも人間らしい感情が浮かんでいて、綱吉はとても好きだった。 そして、それが死体もみつからなかった骸の最後の顔になった。 こつんとベッドに頭をもたれさせて眠る綱吉の頭をそっと撫でた。 目を覚ませばすべて忘れる。それでいい。 徐々に自分の体が空気と同化していくのがわかった。 (ああ、今世は最高の人生でした) たとえ死していようと自分は決して忘れる事はない。骸は初めて自分のさがに感謝した。綱吉は忘れるけれど、自分が彼のことを、笑顔を覚えている。それで十分だと思えた。 来世も、その先もずっとずっと忘れない。 (いつのまに眠っちゃったんだろ……) 床に直に座ったままだったので、足がしびれていた。しばらく立てそうにないな。綱吉はベッドにつっぷしていた上半身を起こし、軽く首を振った。 「よいしょ」 しびれた足をなんとか伸ばして回復をはかる。 「……う」 伸ばした足の先からくすぐったさが伝わってきて、背筋がぶるっと震えた。これは本当に歩けるまでに時間がかかりそうだ。 なんとはなしに窓の外を見た。空には大きな月がこちらを見ていて、綱吉は随分と寝過ごしたことを知った。 |