あなたをうちおとしたひ




(ついにやった! 長年の念願が叶った……!)

六道骸の胸は奥底からわき上がってくる歓喜で満ちあふれていた。正確にいえば、六道骸ではないかもしれない。その体は沢田綱吉のものだからだ。
沢田綱吉の、赤ん坊のようにやわらかな産毛で守られた頬に走る一筋の切り傷を指先でそっと辿る。そして見た指先には、まだ温かな血液が付いていた。
相応の時を経て、やっと目的は達成したのだ。
「これで、世界を破滅させるのも時間の問題になりましたね。さて、なにから始めましょうか……」
骸は自分のものではない左手をぎゅっと握りしめた。その手は節々が目立ち、硬い皮膚をしている自分の手に比べれば、まるで女の手のように頼りなかった。彼はその手で、マフィアにもかかわらずよく子どもの頭を撫でていた。守られる存在であるにもかかわらず、部下を後ろに庇って戦っていた。やわらかそうに見える肌にはいくつか戦いの跡が残っていた。
「まずはボンゴレを内部から壊滅させるのも悪くありません。彼の部下たちは彼を異常なほどにまで慕っていたから、」
つい、いつもの癖で髪をかき上げた。あちこちに跳ねた猫っ毛は思いの外やわらかく、骸に初めてその髪に触れた時のことを思い出させた。
「そうすれば、崩壊したボンゴレの座を手に入れようと薄汚いマフィア共が勝手に潰し合ってくれるでしょうしね」
気を取り直して腰に手を置いた。簡単に折れてしまいそうな、薄っぺらい腰だった。過去に彼がだらしなく腹を出して寝ていたときのことを思い出した。そのとき、骸はなんでか慌てて目をそらしたのだった。胸が初恋のように激しく高鳴っていた。
「……それじゃ、あまりにも定番ですかね。そうだ、彼のルックスを利用するなんでどうでしょう。好都合にもこんな変態共に好かれそうな甘い顔をしているんだ、利用しない手はないでしょう」
いつだったか、その顔は困ったように眉を歪めて骸に微笑みかけた。その表情に骸の胸は甘く締め付けられるように痛んだ。
「………。」
言葉が、喉の奥につっかえて出てこなくなった。
すこしだけ時間が経って、やっと一言絞り出す。その声は微かに震えていた。
「……なんだ、これは」
念願が叶って嬉しいはずなのに。
しかし、先ほどまで骸の胸中を占めていた歓喜はまるで嘘のように引いてしまっていた。あとに残ったのは空虚感と、後悔。
熱いものは、目頭と頬を伝う涙ばかりだ。
乗っ取られた沢田綱吉が泣いているのだろうか。そんな疑問も頭をよぎったが、自分の術に対する確固たる自信がすぐにその可能性を否定した。
間違いない。泣いているのは、紛れもなく骸自身なのだ。
骸は、綱吉から溢れる自分の涙をそっと手で辿って呆然と呟いた。
「僕は、どうしてこんなにも悲しい……?」