イタリア南部の丘に、まだいくらも歴史を刻んでいないレンガ造りの大きな建物がある。真新しいレンガがイタリアの強い日差しを反射して建物は眩しく光っていた。
その中の廊下を男が一人大股で歩いていた。フォーマルには見えないマントをがたいの良い体に纏った男の顔は、整ってはいたがお世辞にも上品とは言えず、むしろ怖い印象を対面するものに与えるようなものだった。現に廊下ですれ違うスーツを着た人々も彼が近づくとやりすぎなほどに頭を下げて角を曲がって姿が見えなくなるまで動かない。
そんな態度で接せられても男はなんとも思わない。
彼は自分が興味を持った人間以外、関係ないと思っているからだ。そして彼は今、自分がもっとも大切なものの元へと向かっていた。
最深部の重厚なドアを激しい音がするほど乱雑に開ければ、そんな事をまったく気にしていない笑顔で全体的に色素の薄い人物が迎えた。
金に近い髪色に白い肌、食べているのかと心配になるような細い体の青年。日の当たる場所で穏やかに微笑んでいるのが誰よりも似合う容貌をしている。それでも彼は自らの拳で数々の敵を打ち倒すこの武闘派マフィアのボスだった。青年がマフィアをやろうと言い出したのは相次ぐ領地争いの戦火から自らの町を守るためだったか何だったか、男はよく覚えていない。自分の側に彼がいることが肝心だったから。彼のすることには何であろうと協力してやるつもりだ。
「よう、偉大なるボンゴレのプリーモ」
青年は男の調子に合わせて答える。
「なんだい?我が信頼なる手足のひとつ、暗殺部隊の隊長さん」
お互いのらしくない挨拶に同時に吹き出す。部屋の中に声を抑えた二人分の笑いが響いた。
「お前の集めた奴ら、見たぜ」
「そう」
「驚いたぜ。国王・軍人・ライバルマフィア・宗教家……ありとあらゆる人種が揃ってやがる。人種の見本市でもやる気か?こんな事するやつは確実に前代未聞だぜ」
男の呆れたため息に気分を害する訳でもなく、青年はさらりと答えた。
「だからさ」
「……ハァ?」
「誰もやったことがない、だから俺がやれば初めてじゃなくなる。未来のボンゴレファミリーのボスの助けになるかもしれないだろ?」
「てめぇ意外にこんな事、やろうとするやつが出てくるとも思えないけどな」
「うーん……」
青年は苦い薬を飲んだような表情で、少し傾けた頭のこめかみに中指をつと添えて考え込むような仕草をした。
「いつか、誰かがやってくれる気がするんだよ。……勘だけど」
「じゃあ、確実だな」
「なぜ?」
「てめぇの勘ほど当たるものはない。長い付き合いだからな、いい加減理解してるぜ」
男の言葉に青年は嬉しそうに微笑んだ。
目を細めて笑うその様はまるで大輪の花のようで。幼い頃から見てきたこの笑顔が男は本当に好きだ。普段近寄りがたいほど高貴な彼がこんな風に笑うのは自分だけだと知っているからなお。
「お茶でも飲む?守護者のみんなも呼ぼうか」
「あいつらといると疲れる。呼ぶな」
「そう?俺は賑やかでおもしろいと思うけどな」
「それで済むのは世界でもてめぇくらいだろうな」
「ひどいなぁ!」
言いながら、青年は男の腰掛けたソファの前にどかっと座り込んだ。
「お前も守護者になってくれればよかったのに」
「あいにく守ることには慣れてないんでな。壊す事の方が性に合ってていい」
「ええ、意外だな。昔、よく俺を助けてくれたじゃないか」
お前だけだ。男は思ったが、口には出さなかった。
メイドに頼んで持ってこさせた紅茶に口を付けながら、青年はぽつりと呟いた。
「これも勘なんだけど。今みたいな賑やかな仲間達とお前や俺みたいなやつがこんな風に揃う日がまた来る。……そんな気がするんだ」
そう言う青年はとても楽しそうだった。

ここから数年のち、ボンゴレの世界における地位を確実に確立にしたとき、青年は一人極東の地へと去った。行き先もなにも誰にも告げずにひっそりと。
残された男はイタリアに残り地に伏すまで役目を全うしたが、その心情は悲しみでいっぱいだった。置いて行かれた悲しみは男が生きている間中癒される事はなく、愛しさゆえに深い憎悪へと変わっていった。死に際に呟いたのは青年への呪詛。
そしてこのときのすべての鎖は現在へと続く。