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背後に執拗に自分を追い回す人の気配を感じたスクアーロは静かに刀に手をかけた。アジトとなっているビルから出たときからずっとついてくる視線。 職業柄、自分に向けられる些細な視線にすら敏感で、尾行されることもよくあることだった。だから今回もそういった物と断定して冷静に対処に備える。 スクアーロは備えるだけで自分から斬り掛かることはしない。相手がちかづけば返りうちにするつもりだ。 日本にきてからというもの平和でしばらく血をみてなかった分、スクアーロは自分の気分が高揚するのを感じた。思わず口元がほころんでしまう。さぁ、来い。 しかし、相手はいつまでたっても襲う気配をみせない。視線だけをスクアーロにぺったりと張りつけて。尾行しているというのに気配を全く殺していなかったから、てっきり殺る気まんまんの相手だと予想していた。なのにへたくそなかくれんぼを続けたまま、動かない。 (さっさと来ねえかぁ‥‥!) 生来スクアーロは気が長いほうじゃない。それに今は久しぶりの血がみたくてうずうずしている。一流の暗殺者としてのプライドと相手が覚悟を決めるまでの猶予として、心のなかで10だけ数えて背後の相手へ斬り掛かった。 瞬く間に身を翻し相手に近づいたかと思うと、刀を思いっきり振り下ろす。 「ひぃっ!」 1撃目は避けられた。敵は臆病なわりに意外にすばしっこいようだ。いいや、速さだけではスクアーロの剣は避けられない。勘が良いのか。舌打ちをして、スクアーロは再び斬撃を繰り出すべく剣を構え直し態勢を整えた。 「ちょ、ちょ、ちょっと‥‥!ストップ、ストップ〜!!」 どこかで聞き覚えのある声だ。それも近いうちに。どうしようもないくらい、頼りなくて情けない声だ。 スクアーロは腰を抜かして道路に座り込んでいる少年の青ざめた顔を目を細めてじっと見つめた。その顔はどう見てもにらんでいるようにしか見えなくて、少年はまた小さく悲鳴を洩らす。 「‥‥お前は‥‥?」 へたりこんでいる少年には確かに見覚えがある。しかし、名前がなかなか思い出せずにスクアーロは途中で口をつぐんだ。 その様子を悟ったらしい少年は蚊の鳴くような声で言った。 「ツナです、沢田綱吉」 「‥‥わりぃ」 「イエ、慣れてますんで‥‥」 「大空の守護者のやつでいいかぁ」 「‥‥できれば否定したいんですけど、めんどくさいんでそれでいいです」 ツナは全てを諦めているかのようなため息をついた。なんとなく親近感のわく行動だな、と思えば普段の自分に思い当たった。 ‥‥こいつも苦労人か。 一瞬、ほだされそうになる。が、状況が状況だけにそうもいかない。 スクアーロが気配の主を間違えるはずがない。さっきからスクアーロをつけていたのはツナだと断定できる。 しかしその理由がさっぱり思いつかない。 考える事は性に合わないので、てっとり早く当人に聞く事にした。ツナはいまだに座り込んだままだ。 「さっきからちょろちょろと。いったい俺になんのようだぁ?」 「あ、えっと‥‥」 ツナはなにか言いたげに口をぱくぱくとさせたが、スクアーロと目をあわせるとすぐにうつむいてしまった。 後ろの気配は20分も自分の後ろを着いてきた。なにか目的があることはいくら人の気持ちをくみ取るのが苦手なスクアーロでもわかる。様子からして目的は暗殺ではないようだ。ならばスクアーロに言う事があるにちがいない。さっさと伝えればいいものを。いざ話しかければうじうじうじうじ‥‥。 (うざいぞぉ‥‥!) スクアーロは苛立ちを隠そうともせずにつま先を地面にリズミカルに叩きつけた。 「さっさと言え!!」 怒鳴りつけるように言えば、ツナはますますうつむいた。 「ちっ‥‥!」 臆病で内向的なツナに威圧的な態度のスクアーロがどんなに尋ねたって、ツナの恐怖心を煽ってさらにうつむかせてしまうだけに思えた。だからといって態度を変える事をスクアーロは考えなかった。今まで人に気遣いなんてした事がないからだ。 なんて聞けばいいのか、から始まって考え込むうちに考える事すら面倒くさくなったスクアーロは道路にへたり込むツナを置いてさっさと歩き出した。 ほどなくして再びツナがスクアーロの後を着いてきているのが気配で窺えた。もうつけているのがばれたのだから隣を歩けばいいのに、先ほどと同じ一定の距離を保っている。 いつまでも着いてきそうなその様子にスクアーロは困り果てた。 あまりに暇だったから散歩をしに外にでただけだったのにとんだ拾いものをしたものだ。とくに行き先も決めていない。さて、どうしたものか。 振り返れば、ツナは一瞬びくっと体をゆらしてから電柱の影に隠れた。 それを見たスクアーロは再びため息をつく。電柱の横から癖毛がばっちりのぞいているのに見えてないと思っているのだろうか。 しょうがない。 なんとなくスクアーロはツナを放っておけなかった。頭の中でさっと目的地を決め、機敏な足取りで歩き出した。 それをみたツナも慌ててスクアーロのあとを追う。 スクアーロのスピードは速く、やっと目的地らしきところに着いたときにはツナの息はもう切れ切れになっていた。 (喉、渇いた‥‥) どうしても話がしたくって姿を見かけたときに思わず追いかけてしまったまではいいのだけど。一体家を出てからどれくらい経っているのだろう。 そんなツナの様子を気づかれないように見て、スクアーロは身近にあるベンチに腰を下ろした。夕暮れ時という時間帯もあってか、いつもは煩わしい子ども達で溢れかえっているそこは人っ気もなくがらんとしている。使用者のいない遊具が寂しげに揺れていた。 (ここって公園だよね‥‥?) スクアーロの用事ってここだったのかな。ツナの脳裏にご老人のごとく日当たりの良いベンチに腰掛けてひなたぼっこをして過ごすスクアーロの姿が浮かんだ。似合わない、壮絶にイメージと違いすぎる。 すると、ベンチに座ったスクアーロがツナの方を見て、空いている隣の席を手で叩いた。もしかして来いと言ってるのだろうか。 ツナはとまどいに瞳をゆらした。 そんな様子にじれたのか、スクアーロがもう一度ベンチを叩いた。慌ててツナは駆け寄る。走っている間、もしかして気遣ってくれたのかな、なんて考えが頭をよぎった。 ツナがベンチに腰を下ろした。その様子をスクアーロが少しだけ意外な気持ちで見ていた。もちろん顔には出さなかったけど。まさかこんなにあっさり来るとは思わなかったのだ。意外に度胸はあるのか?そう思って横を見ればやっぱりツナはうつむいていて。‥‥前言撤回、だ。 綱吉も遙かに身長の高いスクアーロはやはり座ってもツナを見下ろす形になる。スクアーロはいつまで経っても行動しようとしないツナをじっとみつめた。 仮にもヴァリアーのボスであるザンザスを倒した男だ。敵であったときからいかにもひ弱な男だと思ったが、改めて近くで見てみると余計にそう感じた。あまりにも華奢であまりにも小さい。こんな男が‥‥。 「あの‥‥」 そこまで考えたとき、やっと覚悟が出来たらしいツナが口を開いた。 考えるのをやめたスクアーロがツナに向き直る。ツナはおずおずとした、いかにも人見知りそうな物言いだった。 「さっきから後をつけちゃってごめんなさい‥‥俺、スクアーロさん、にどうしてもお礼が言いたくって」 「‥‥はぁぁ?!」 理解するのに時間がかかった。まさに予想外、だ。 お礼‥‥、お礼ってたしか「お礼参り」とかいう使い方もされていてその意味は復讐することだったはず。ジャポネーゼの言葉って難しいナァ。 (‥‥て、ことは!コイツの目的はやはり暗殺なのかぁ?!) さっと緊張したスクアーロは体を少しだけツナから離してすぐにでも戦える体制をとった。しつこいようだがツナはこんなのでも、あのザンザスを破り、納得していないがスクアーロをも破った守護者のボス! しかし、ツナの言いたいのはそんなことではなかった。ずっと下を向いていた顔を上げスクアーロの目をしっかり見つめた。まだ少しの恐怖心があるらしく、ツナの顔には若干の緊張が窺えた。 「あのとき、雨のリングの争奪戦のとき‥‥山本を助けてくれた事、ずっとお礼が言いたくって。ありがとうございました」 ぺこりと頭を下げたツナに戦闘態勢をといたスクアーロは怪訝な顔をした。 「う゛おぉい、俺はあいつを傷つけた以外はなにもしてないぞぉ‥‥?」 「なに言ってるんですか。あなたはあのとき山本を突き飛ばして助けてくれた」 「それはだなぁ、アイツが俺を助けようなんて甘ったるいことをしたからだなぁ‥‥!」 俺は当然の事として借りを返したまで。借りたものはしっかり返す事がスジで、ましてや勝敗のついている戦い。どちらも生き残らないのなら戦いにはなんの意味もないとスクアーロは考える。剣士として基本だと思っている。 「当然、ですか?」 「おかしくないだろぉ、当たり前のことだ」 そう、スクアーロはきっぱりと言い切った。 ツナはぽかんとしてスクアーロに見入った。そして惚けたような様子で呟いた。 「あなたはそういったことが当たり前と言い切れちゃう人なんですね‥‥」 「ハァ?」 「‥‥え、えと!ごめんなさい!!な、なんでもないです‥‥!ひとりごとなので!!お、俺、それが言いたかっただけなのでそろそろ帰りますね!」 早口でそう言うなり、そそくさと席をたって、公園の入り口まで歩いて行ってしまった。そのツナの一瞬見えた横顔が赤いように思えたのは夕暮れのせいだろうか。 「う゛ぉい!」 驚いたのはスクアーロだ。自分はそんなに変な事を言ったのだろうかと気になってしまう。 かけられた声に出口の前で一度だけツナは振り返った。そして捨て台詞のように一言だけ言い残して走って行ってしまった。 スクアーロは追いかけることをせずに、ベンチに腰掛けたまま口元を覆うように手をあてた。その顔もツナに負けないくらいに真っ赤で。 「‥‥なんだぁ、アイツ」 なんの飾り気もないけれど、それ故にまっすぐに届く言葉だった。スクアーロは生きてきた環境のため今までこんな風にまっすぐな言葉を負けないくらいまっすぐな目で言われた事がない。 あんな風に来られたら。スクアーロはどう返していいかわからなくなるではないか。 (ツナ‥‥、ツナ‥‥) 心の中で反芻してみる。蘇るさきほどの台詞。 『俺、あなたのそういうところとてもいいと思います。好きです』 不思議と心が温かくなる気がした。もう一度、二人で話してみたいものだと思った。 |