宛先違い




「おやまぁ、またたくさん貰ったものだね」
今日も今日とて床に入っている主人を看病しに離れを訪れた仁吉の袂から覗くたくさんの懸想文をみつけた若だんなは驚きの声を上げた。
外から見てもたくさん入っている事が分かると言うくらい膨らんでいる。一体どれほど多くの娘から頂いたのだろう。ちょっと使いに出る度にこうなのだからなおすごい。
(子どもにはお駄賃、仁吉には懸想文だね)
なかなかにぴったりな例えを思いついて、まん丸くした目をぱちくりさせた。
少し動くだけでも2通ほど零れ出てしまっている。
「道だったら構わないんですが……店や離れですと落としてしまってはまずいですからね。厄介だ」
汚れてしまいますし。
そう言って零れ出た文をいかにも煩わしそうに拾い上げて、若だんなの側までやってきた。その手には薬と口直しの盆がある。懸想文をじっと見ていた若だんなはそれをみつけると嫌そうに顔をしかめた。
仁吉は若だんなの横に腰をおろしたかと思うと、おもむろに袂から鷲づかみに懸想文をだした。
「読みますか?」
毎回送る娘達には悪いとは思うのだけど。未知の世界への好奇心には敵わない。若だんなは縦に大きく首を振った。それを見た仁吉はニッコリと微笑む。
「それでは、薬をちゃんと飲んだら渡しましょう」
「へ?ちょっとそれはずるくないかい?!」
「当然の代償です」
「………」
「では、やめますか」
「飲む!飲むから、しまわないでおくれ……!」
慌てて飛び起きる。
そして手に取った丸薬は苦いと知っているからこそ、より大きく感じられた。ごくりと一度ツバを飲み干して、口の中に放り投げた。飲み込むのとほとんど同時に口直しも放り込む。口直しは繊細な細工がしてある見事な菓子だったがもったいないことにじっくりとながめる余裕はなかった。
ほんの少しでも薬の苦みが残らないように甘味を口の隅々まで行き渡らせる。
これでやっとひと心地つけた。
少し涙目になりながら、若だんなは手を仁吉に差し出す。
「はいはい」
仁吉は出された手にこぼれ落ちるほどの文を乗せた。それは端から見たよりも多くてまるで手妻のようだと若だんなは思った。



文からして、香を焚いてあるものや少し薄桃の霞がかったもの、はたまた金粉が埋め込んであるものなど多種多様であるのに、さらにその文章にもいろいろあるのだから恋文というものは実に奥深い。
(恋心というものは人の数だけあるのだなぁ……)
毎回そんな風に感嘆せざるを得ない。
伝えたい事は同じなのに、なぜこんなにも表現方法が違うのだろうと、若だんなはのぞき見るたびに色恋の不思議を思う。
「ふぅ……いろいろ、あるねぇ。見てご覧、この子なんかお前に受け入れてもらえなければ死ぬとまで書いてあるよ」
「昔から人の心以上に理解しがたいものはございませんからね」
仁吉はにべもなく言い捨てた。そんな仁吉をちょっと冷たいと若だんなは思う。そりゃ妖だからしょうがないのかもしれないけれど。でも仁吉だってお祖母さまが好きだったのだから恋心がわからないはずないのだ。
(少しくらい心動かされることはないのかしら)
呆れた吐息が若だんなの口から漏れた。
「どうしました?」
「ねぇ、仁吉や」
「なんです?」
「仁吉が恋心を打ち明けるとき、なんといって伝えるの?」
「……はい?」
仁吉にとっては全くどこから沸いたのか分からない質問だった。怪訝そうな目を若だんなに向けたのだが、なぜか若だんなの表情は真剣そのもので。これは答えたほうがいいようだ。内心やれやれとため息をつきながら仁吉は考えてみる。
そう言えば今まで自分の感情について深く考える行為をした事がない。
(ふむ……)
一度じっくり考えてみるのも良いかも知れない。仁吉は思った。
過去の恋は自分の人生とも言えるほどの恋で、命の限り続くのだろうと思っていた。なのに若だんなはそれを跡形もなく塗り替えてしまった。
側に居るだけでは足らず、こまめに世話をしなければあっという間にころりといってしまう。どうしようもなく弱い存在だったが、その弱さを含めてどうしようもなく愛おしい。
皮衣が同じ人を何千年も待ったのならば、自分ももう一度生まれてくるまで待ってみても良いと思う。皮衣の行動に疑問を持っていた頃が嘘みたいだ。
きっと誠の恋とはそういうものなのだろう。
若だんなに出会って初めて理解ができた。
考えてみると、いかに自分が惚れ込んでいるかがよく分かる。それが少し誇らしい。
仁吉の顔は意識せずとも微笑んでいた。それを若だんなが大きな目で不思議そうに覗き込む。
「……仁吉?」
「そうですね……『ずっと側にいさせてほしい』ってとこでしょうか」
にこりと仁吉は笑ったが。
若だんなはなぜか難しい顔をしている。まるでさっき飲んだ丸薬をもう一個飲まされたような顔だった。
もしや具合を悪くしたのではあるまいか、と仁吉は心配そうに若だんなの顔を覗き込んだ。
「どうしました?」
答える若だんなの声にはなぜか申し訳なさがにじみ出ている。
「仁吉や、やっぱりまだ……」
お祖母さまのことが好きなんだね。
しゅんと項垂れる若だんなに仁吉はもう一度ため息をついた。
若だんなは本当にまだ子どもで色恋がとんとわからぬ。当人に言うのでなければ、あんなに情感を込めるものか。
「違いますよ……」
「……へ?」
「もっと近くに居る人がいるでしょう?」
そう言われて、若だんなはとっさに仁吉の周りを思い浮かべるが、誰を当ててもぴったりこない。それに仁吉の行動範囲は若だんなより広い。
なんとなく負けた気分になって恨めしげな声を出す。
「……わからない……」
「恋とは、奥深いものなんです。早く大人になってください」
追い打ちをかけるように、またため息。
自分が仁吉にそう言いたかったのに、逆に言われてしまった。
すっかりすねた若だんなは頭まですっぽりと布団をかぶってふて寝を決め込んだ。それからは仁吉がいくら話しかけても返事が返ってこない。
(そういうところがまだまだ子どもなんですって……)
嫌だと怒る子ども扱いはこういうところから来ているのに気が付かないのか。
「……しょうがないですね」
口調はやれやれと言った感じだったが、それを見つめる仁吉の表情は柔らかかった。