さよならだいすきなひと




注意!:ステーシー化した少年少女にむやみに近寄ってはいけません。
食べられてしまいます。
再殺部隊を呼ぶか、ご自分でお持ちの刃物で彼等の体を165個以上に分けましょう。

(ステーシー化時における再殺のしおりより)




山本は公園のベンチに腰掛けながら、自身の膝を枕にして眠るツナを見つめていた。つい先ほどまでは笑顔ばかり浮かべていた顔が、今ではぴくりとも動かない。それもそのはず。ツナはさっき死んだのだから。



ツナがこの世の全ての幸せを手にしたような笑み「ニアネスハピネス」を浮かべ始めたのは1週間前だった。山本とツナはツナの部屋で補習の宿題を片づけているところだった。目の前で難問にうんうん唸っていたはずのツナが、いきなりけたたましく笑い始めた。
「ツナ……?」
「なんかねヒヒヒヒヒ、すっごくすっごく山本がすきだよウヒヒヒヒ」
意味の通らない会話、止まらない笑い声。
理由もなくニコニコと笑顔を浮かべるツナを見たとき、山本はついにその時が来てしまった事を知った。

ステーシーはいわゆるゾンビである。15〜18才の少年少女が急死、そして死んだ数時間後に動き回り、周りの人間をつぎつぎと殺していく。殺す事に意味はない。ただ、少女たちは殺したくてしょうがないからやる。
「ニアネスハピネス」はステーシー化の予兆とされていた。ステーシーになってしまう1週間前に少年少女たちに現れる。この状態の時の彼等は意味もなく幸せで、死んでステーシーとなってしまう事やその時に「再殺」されてしまうことに恐れを抱かず、話す事もてんで意味を成さない。「ニアネスハピネス」の時間はまるで神が少女たちに与えた最後のご褒美のようだった。
「ねぇ、山本イヒヒヒヒヒ」
「なんだ?」
「お願いだから山本が俺を再殺してよだいすきだからウヒヒヒ」
「……え?」
「俺、決めてたんだ。ステーシーになってしまったら絶対一番好きな人に殺されようってヒヒヒ、山本が一番すき!」
「……わかった」
「ねぇ、嬉しい? 嬉しい? ヒヒヒヒヒ」
「うん、ありがとう」
それから1週間、山本とツナは最後の時が来るまで、ずっと一緒に過ごした。
ツナがずっと笑っていたから、山本もそれにつられるように一緒にずっと笑っていた。ただ、心の中は嘘みたいに冷え切っていた。
笑っている間にも、自分がツナを殺す時は確実に近づいていた。
犯罪にあたってしまうが、このままステーシーになってしまってもツナをつれてどこまでも逃げようかと思った。だけど、発症前のツナがそんなこと望むはずがないと思うとできない。なによりツナは自分に最後のお願いとして「再殺」を望んだのだ。叶えてやる事が山本に出来る精一杯の誠意と思えた。

朝、ツナが公園に行きたいと言ったので二人で出かけた。いつもと少しだけ違う様子に、山本はツナの死期が近い事を悟った。行きの道のりは手をしっかり握って、ことさらゆっくり歩いた。右手にはツナの温かさ、左手には昨日特売で買った電動チェーンソー。ツナが少しでも苦しまないように、切れ味が良いものを選んだ。
公園で二人はベンチに腰掛けながら、なにをするでもなくひなたぼっこをしていた。その間もツナの口からは絶え間なく笑いと訳の分からない話がこぼれていた。
耳を澄ますと鳥の声に混じって、遠くでチェーンソーのうなり声が聞こえた。誰かがどこかで再殺しているんだろう、これは日常。これは日常。

少し肌寒く感じたとき、隣のツナの声が聞こえなくなった。
「……ツナ?」
話しかけると意外なくらいしっかりした声で返事が返ってきた。
「俺は最後まで山本といられて幸せ。ちゃんと殺してね。俺を殺してね。また会えるから。」
「うん」
「じゃあ、またね」
「またな」
ツナは糸の切れた人形のように、ぱったりとベンチに倒れ込んだ。山本はツナの頭を膝の上に乗せてやる。死体が固くなってしまう前に動かさなければ。外気に吸い取られるように、ツナの体はどんどん冷えてゆく。
またね。
またね。
本当にそうだな、数時間のちにはまたツナに会える。俺の事なんて、分からないだろうけど。

せめて、ツナの発症より先に、俺がステーシーになれたらよかったのに。そうしたら、悲しい思いをしなくてすんだ。ツナを殺さなくてすんだ。
このまま連れて逃げようか、それとも先に俺が死んでしまおうか。眠ったようなツナの顔を眺めながら山本はすっとぐるぐる考えていた。考えるだけで、実際は行動しようともしなかったが。

ツナが死んでから何時間たったのだろう。
山本が公園の街灯に照らされながら、腕時計をみたとき、突然ツナの体が淡く光り始めた。輝く頬にそっと指をそわせれば、山本の指に光る鱗粉が付着した。これは、ステーシーになる直前に起こる現象だった。
全身淡く輝いたツナはとても綺麗だった。
生きていたときもツナはずっと綺麗だった。ただまっすぐ素直に進んでいた。そんなツナが山本にはとても眩しかった。
またね、またね、大好きな人。
ツナが美しいままでいられる最後の姿を目に焼き付けながら、山本はチェーンソーに手を伸ばした。