やくそく




今日はあいにくの雨模様で、運動場はびっしょり。
せっかく隣のクラスが水族館に遠足に行って、いつもはとりあいになる遊具が独り占めできるのに、お外に出られないなんて。園児達は窓に張り付いて、水溜まりがたくさんの運動場を恨めしげに見ています。
「つな、きょうはやきゅうできないな」
「そ、そうだね」
山本に話しかけられてツナは戸惑いながらも答えます。
運動は苦手だから雨が降ってよかった、なんて残念そうな山本にはとてもじゃないけど、優しいツナは言えません。
「なにをしよっか?」
「うーんと、うーんと……」
ツナはキョロキョロと部屋の中を見渡しました。
積み木、折り紙、お絵かき、絵本、それに、それに……見るもの全てが楽しそうに思えて、優柔不断なツナにはなかなか決められません。
そんなツナの心うちを読み取ったのか、山本はツナの手を引いて笑いかけました。
「おれ、おえかきがいいなぁ。つなもそれでいいか?」
「……うん!」
ツナは山本が楽しそうならなんだって良いので、決まった事に安心して、にこにこしました。山本はそんなツナの顔を眩しいものを見るように見つめました。ツナの笑顔をみるといつだって胸がほこほこしてあたたかくなります。
山本は野球の次に、その笑顔をみるのがだいすきでした。


ロッカーからクレヨンをだして、床に画用紙を広げて、準備は万端です。
「なにを書こう?」
「おれはもうきめたぜ!」
「えぇ、はやーい!やまもと、なにをかくの?」
「おうち」
そう言うなり、山本は画用紙の右隅に屋根が三角の家を描きました。
「にわは、やきゅうができるくらいひろくって、マウンドがあるんだっ」
家の左側に、家よりも大きな球場を描き足しました。
「つな、いぬはすき?」
「うーん、おおきいやつはこわいけど、ちいさいのはかわいい」
「じゃあ、ちいさいいぬな」
家の前に、赤い屋根の犬小屋とそれに鎖で繋がれたいぬを描きました。覗き込んだツナは、犬に見えないなと少しだけ思いましたが、優しい子なので、黙っていました。
「じゃあ、まどはどんなのがいい?」
「まるいの」
家の真っ白な壁に丸い窓を2つ。
「やねのいろは?」
「ええと……あお」
ぐりぐりと青色のクレヨンで、三角の屋根を塗りつぶしました。そしてついでに真っ赤なおひさまと水色の雲を書き足して。今、外は雨でも画用紙の中はとっても良い天気!
「じゃあ、つぎは……」
まだ聞きたそうな山本に、ツナは首をかしげました。
「やまもとのえなのに、なんでおれにきくの?」
今度は山本がきょとんと不思議そうなツナの顔を見返しました。
「だってこれ、おれたちのいえだもん」
「え?」
「おれ、つなとけっこんするってきめてるんだ!」
「………おれと」
「おう!」
にかっと山本はツナに笑いかけました。
すると、どうでしょう。ツナの目が潤みだし、涙が溜まり始めました。突然の的ごとに山本が目を白黒させている間にも、涙の量は増え続け、大粒の滴となってツナの頬を伝い、下にあったまだ真っ白なままの画用紙をくしゃくしゃにしました。

この様子を周りの園児達も見ていました。
ツナが泣き出したとわかるなり、わあわあと囃し立て、部屋の中は蜂の巣をつついたような騒ぎ。
「せんせー、やまもとくんがツナを泣かせたー!」
「ツナ、はなみずたらしてる!」
周りの園児の声でやっと状況が分かった山本はにわかに慌て出しました。
周りの子に囃されたからじゃありません。大事なツナが目の前で泣いているからです。
「つな、つな、おれなんかわるいこといったか?」
山本は自分の制服で、真っ赤になったツナの鼻とほっぺを、鼻水と涙を一緒くたにしてごしごしと拭きました。
でも、拭いても、拭いても、ツナから溢れてきて、キリがありません。
「おれとけっこんするのがいやなのか?」
聞いてみて、山本も泣きそうになってきました。もし、本当にそうだったらどうしよう。
しかし、その質問にツナはすぐに首を振りました。山本はすこしほっとします。
「じゃあ、なにがいやなの?」
「……ひ、あのねっ……ひくっ……えとね」
ツナは一生懸命に説明しようとしますが、しゃっくりが混ざって、話している事がよくわかりません。これは泣きやませないとだめだな。山本は思いました。
「つな、おれがだっこしててやるから、泣きやめ」
「うくっ……うん……!」
座ったまま、ツナの体を腕でぎゅっと抱きしめました。
前、公園でツナが泣いてしまったときに奈々がそうやって慰めていたのを見たのです。
人肌と温かさとだいすきな山本に包まれている安心感で、ツナは次第に落ち着きを取り戻しました。しゃっくりもだんだんと小さくなってゆきます。それがわかった山本は、そとお腕を緩めました。
「もう、だいじょうぶか?」
「……うん」
山本もこれで一安心。……と行きたいところですが、まだまだ問題は残っています。これを解決しないからには、山本はツナと「けっこん」できないのです。
「なんでないたんだ……?」
恐る恐る、山本は聞きました。
ツナは拙い言葉で、けれども一生懸命に説明しようとします。
「けっこんって、ずっといっしょにいるねっていうやくそくでしょう……?」
「うん」
「おれね、うれしかったんだ」
「?」
「やまもととずっといっしょにいていい、なんてやまもとにいってもらえるとおもわなかったから!」
言い切るなり、またツナの目に涙が浮かびました。
しかし、今度は山本も慌てません。だってこれはツナの喜びの涙だから。悪いものではないのです。顔を嬉しさでくしゃくしゃにして、山本はツナの頭を力一杯抱きしめました。
「もーう、つながだいすき!ずっといっしょにいような!」
「……う゛んっ」
山本は嫌いなはずの雨がちっとも嫌に感じられなくなりました。雨が終われば、次の日はきっと良い天気に違いないからです。
早く「明日」になって、大人になればいい。山本は思いました。