「さてさて、続いて二人目いってみましょう……お、あちらに美人さんを発見しました〜」

『ピピピピ・・・ボン!』

「お、しかもマイ心器『スカウター』が火を噴いた〜。魄啓力、計測不能でーす。
はい、そこ行く天に二物を与えられたお姉さん、ちょーっとジャストアモーメントー」

「…………は、私か?」




「いえーす! わたくし月刊バトルマニアインタビューアの野凪猫々子やなぎねねこと言いますが、
少しばかりお時間よろしいでしょうかー?」

「……まあ、構わないが」




「おおっとー、いきなりの凛々しい口調でわたくし思わず悩殺されてしまいそうでーす!
ですがわたくしそっちの気はありませんのであしからず!
では男装をさせたら倒錯した色気を醸し出しそうなお姉さん、お名前と年齢と職業をお願いしまーす!」

「……(さっさと終わらせることに決めた)。八雲乙葉21歳、民間特殊機動警官隊の実働班所属だ」




「おおっとー、警察の人に続いて今度は民警の人でした。
実働班と言うことはやはりなにか武術をなされているんですか?」

「無手戦術と、銃の取り扱いを少々」




「ふむふむ、なにやら不思議な取り合わせですが何か理由でも?」

「……まあ、少し」




「おおっと、言いづらいことは話さなくて結構ですよー。
それではずばりお聞きしますが、お姉さんのように強くキレイになる方法とは一体なんでしょうか?」

「褒めてもらえるのは嬉しいが……容姿に関しては親譲りだからな、すまないが答えようがない。
強くなるには……そうだな、明確な目的を持った上で実戦と鍛錬を繰り返すことだろう」




「目的がハッキリしていれば自ずと身が入るというですね。なるほど、説得力のあるお言葉ですー」

「……それで? もういいだろうか?」




「あ、それじゃ最後にもう一つだけお願いします! 強くなろうと思ったきっかけはなんですか?」

「一度死にかけたからかな……もうあんな目に遭うのはごめんだと思ったのがきっかけだ。
ただ、強くなるには何度も死ぬような目に遭わなくてはいけなくてな……」




「なかなか上手くはいかないってことですねー。
はい、それではインタビューはこの辺で。ご協力ありがとうございましたー」































 奇妙で小さな赤い糸・中編 「交戦」 作:放浪猫クロ





























 話の起こりはその日の早朝だった。

 民間特殊機動警官隊――通称『民警』――のオフィスの一室。
 盗聴・透視を防ぐための厳重な結界装置が張られたその部屋には、とある三人が集まっていた。
 
「……………………というワケで〜、今回はこの豚野郎のオフィスと、取り引き場所にも使われてる倉庫の二点同時襲撃ってコトなのよね〜」
「年端もいかぬ少女を弄ぶ輩か、ふむ……殺していいのかや?」
「ん〜、いちおー任務内容は『生死問わずデッドオアアライブ』だから殺っちゃってもオッケーだけど〜」
「いや、こういう外道は社会的地位を抹消してやれば周りが嫌と言うほどいたぶってくれる。殺さない程度に痛めつけて悪事を公表してやったほうがいい」
「そうね〜、私もそっちの方がいいと思うわ〜」
「生殺しというやつじゃな? ふん、確かに外道には相応しい末路よの」
 
 極めて物騒な発言。どう間違っても民警の隊員が口にするような内容では無いが、この三人は紛れもない民警隊員だ。

 ただ――――それだけというわけでもない。

“視る”心器能力者。『団長』こと、藤宮静ふじみやしずか――――暗号名コードネーム三眼魔人サザンアイズ

 自然信仰系の神術士。アイヌの巫女姫、ホロ――――暗号名“獣神姫ビーストプリンセス

“共感”偽身能力者。八雲の失敗作にして体現者、八雲乙葉やくもおとは――――暗号名“疫病神ブラック・ラック

 警視庁の秘匿部隊、魄啓犯罪特別対応部。その実働班たる三人。
 とある民間警備会社の皮を被った少女売春組織の資料を前に、彼女たちは壊滅作戦の打ち合わせを行っていた。

「――――わっちはオフィスの方がよい。このような外道、わっちの爪で引き裂いてやらねば気が済まぬ」

 資料を全て読み終えたホロが、剣呑な目つきでそう宣言する。
 たしなめるべきかとも思うが、乙葉も心情は似たようなものだ。故に止めない。

「そうだな……じゃあ、この人質がいるかもしれない倉庫の方に私が行こう」
「ぬ、またぬしとは別行動かや?」
「ああ、戦術的にみてもその方がいいだろう。団長はホロのサポートを――――私は、虎一に声をかけてみます」

 もし人質――彼等にとっての商品――がいた場合、単純な戦闘では片付かない可能性もある。
 その場の外道共を半殺しで済ますにせよ、息の根を止めるにせよ――――少女達の事を考慮するなら幾島の能力は非常に役に立つ。

「うん、そっちの方がよさそうね〜。いっそのこと、弟クンもウチに正式所属させちゃう?」
「却下します。今回は人質救出を優先させるために連れて行くだけですから」

 ――――が、それとこれとは話が別だ。
 毎度の如く、乙葉は静の提案というか要望を言下に切り捨てる。

「んもう、相変わらずガンコなんだから〜」
「それが虎一を関わらせる最低条件です。ともかく、決行は今夜の零時ということで」
「はいはい、念のため通信は全員ONにしといてね〜。それじゃ、今日のお仕事はほどほどにね〜」

 そう言って静はパンパンと手を打ち鳴らす。
 これは特別対応部としての活動終了の合図であり――――同時に、民警としての一日が始まる合図だ。
 乙葉達が表向き所属している民間特殊機動警官隊としての肩書きも、決してただの飾りではない。
 むしろ割合的には民警として任務に就く方が断然多く、加えて慢性的な人手不足という事情もあり――――

「こっちの任務の日くらい、昼は休ませてほしいのじゃが……」
「そうさせたいのはヤマヤマなんだけど、どこも人手不足なのよね〜」
「…………いつもの事とはいえ、もう少しなんとかなりませんか?」
「だから、弟クンを――――」
「却下します」

 そんなやり取りも、毎度のことなのであった。









 そして深夜――――









「どういうことですか、団ちょ……いえ、“サザンアイズ”?」

 場所は水羽市南区の海に面した倉庫街。
 立ち並ぶ倉庫の屋根の上にしゃがみ込みながら、乙葉は呆れとも不満ともとれる声で通信機の向こうの人間に問いかけていた。

『えっと〜……どういうことって、どういう意味かしら〜?』
「それくらい言うまでもないでしょう……何故警察が先に来ている・・・・・・・・・・・んです!?」

 深夜零時にはまだ少し早い刻限。

 倉庫街外れの空き倉庫に陣取り、いざ偵察を行おうとした乙葉達を嘲うかのようなタイミングで問題の倉庫から爆音が上がったのだ。
  たった二人の――――しかし伝わってくる魄冥波動からして兵器級と思われる二人組の襲撃。
 敵対組織の襲撃という最悪の可能性――その場合は少女達が戦闘に巻き込まれる危険があるからだ――を考え、大急ぎで問題の倉庫まで移動した乙葉だったが、幸いにもそれは杞憂で済んだ。

 小さな火竜を従えた男と、巫女服でバットを振るう女。

 捕らわれていた少女のうち一人の視覚に“共感”し、内部の様子を覗った乙葉の目に飛び込んできたのはそんな光景だった。
 あまりにもシュールな絵に――特に女性の方に――乙葉はめまいを起こしかけるが、その人相に該当する二人の兵器級能力者が水羽南署にいることは聞き及んでいる。

 ――――だが、そうすると一つ疑問が生まれる。

 非公式とはいえ、魄啓犯罪特別対応部は警視庁に所属する部隊だ。
 である以上、かなり特殊ではあっても命令系統の大元は同じであり――――乙葉達実働班に任務が回ってくる際には、一般警察とかち合わぬように指令や情報の操作、時には改竄まで行う班も存在する。
 それは今回も同様であり、警察が介入するのは早くても零時を過ぎてからのはずだったのだが……

『それなんだけど〜、匿名の怪人Xさんから通報があって、芋づる式に辿られちゃったみたいなのよ〜
 でも“視た”ところ全員半殺しみたいだし、欲求不満ならトドメさして来ちゃってもいいわよ〜』

 じゃあね〜と気楽な口調で締め、返事を待つことなく通信が切られた。

「……………………」

 あの上司とは一度徹底的に話し合う必要があるのかもしれない――――主に拳で。
 そんなことを考えてしまう乙葉だったが、ちょいちょいと袖を引っ張られる感触で我に返る。

「なあ……乙葉さん、結局どういうことなんだ?」
「ん、ああ……結論から言うと、無駄足だったという事だ。理由までは分からないが、私達以外にもこいつ等を潰そうとする勢力があったらしい」

 手持ち無沙汰な様子で尋ねてきた幾島に、乙葉は通信機を仕舞いながらマスク越しのややくぐもった声で答える。
 怨恨か、それとも商売敵か……まあ彼等がやっていたコトがコトだし、そもそも趣味で逆心者を狩る連中までいる昨今だ。理由など考えるだけ無駄なのかもしれない。

 ――――と。

 轟ッ!!

 倉庫内で落雷が起こり、乙葉達が足場にしている屋根にまで衝撃が伝わる。

「うおっ、なんかすげぇ派手な音がしたけど?」
「雷撃の術式行使――――あれが上砂慶子警部か。噂には聞いていたが凄まじいな……しかもあれだけの術式の威力をきっちり半殺し用に制御するとは」
「あれ、半殺しって……もしかしてマズイのか?」
「いや、私もそれで済ますつもりだったからな。やることを肩代わりしてもらえたとも言えるが……」

 任務内容が殲滅ならそれなりの手段を取るが、乙葉も殺害愛好家というわけでは決してない。
 だからといって少女達ばかりか、男達にまで乙葉の顔を覚えられてしまうわけにもいかないので……いつもは付けないマスクに加え、縁無し帽まで目深に被って顔を隠していたのだが。

「ふーん、じゃあいいんじゃね? いくらクソ野郎相手だからって、乙葉さんがドンパチするのは正直好きじゃねえし」
「……それもそうだな。すまないな、わざわざ付き合ってもらったというのに――――」

 そこまで言いかけて。

 なんとはなしに繋げっぱなしだった少女の視覚に意識を移した乙葉は。

 竜使いの男――――樋川辰則巡査部長が屋根を、それも自分たちがいるところを正確に睨みつけているのに気付いた。

「なんだと――――気付かれた!?」
「ええっ!?」

 馬鹿な、と思う。
 乙葉が能力を行使しているとはいえ、少女への“共感”は魄冥波動が洩れないようそれこそ糸のように細く絞った魄啓で行っている。
 それ故に樋川達の動きに気付くのが遅れたとも言えるが――――大元たる乙葉や幾島の周辺は、幾島の能力で音や魄冥波動、念のため姿まで隠してあったというのに。

「まずい、退くぞ虎一!」
「どわっ、ちょ、ちょっと乙葉さん!?」

 とりあえず理由を考えるのは後回しだ。
 乙葉は幾島を小脇に抱えこみ、全力で跳躍。屋根から屋根に飛び移りその場からの離脱を図る。

 だが――――

「待て!」

 倉庫から飛び出してきた樋川が屋根に飛び移る。
 既に共鳴同化を完了している証拠にその瞳は赤く染まり、服の隙間からは紅宝石のような光沢の鱗が見えている。
 共に兵器級、位階で言えば乙葉の方がやや上とはいえその身は偽身能力者だ。加えて幾島という荷物を抱えているわけで――――

「くそっ――――逃がしてくれる気は無いらしいな!」

 能力を行使している乙葉の頭に、樋川の逃がすまいとする意志が届き始める。
 それは乙葉の能力の有効射程にまで距離を詰められたということであり、決して歓迎できる事態では無いが――――

「――――熱だ」
「……え?」

 樋川の思考から乙葉は気付かれた――――幾島の能力が通じず、今もって追われている理由を知る。

「私達の熱が感知されているんだ。熱を“遮断”しろ、虎一!」
「りょ、了解!」

 幾島の返事と同時、樋川からは動揺の感情が伝わってくる。
 感知し、追跡していた『熱』が急速に薄まっていく状況なのだから当然だ。
 もし樋川があと5秒も戸惑ってくれれば“遮断”は完了し、逃げ切れるだろう。

 だが――――

(「――――――――いくぞ、サラ!」)

 頭が痛くなるほどに強烈な思考が伝わる。
 やはりそこまで甘い相手でもなかったらしいと、そんなことを乙葉が思う暇もなく樋川の速度が爆発的な勢いで増し、

「グレイプニル!」

 瞬間的に距離を詰められ、その手に顕現した紐の先端が五条に分かれて乙葉達を包み込むように飛来する。

「心器持ち――――そんな話もあったか!」

 さすがに能力の詳細までは聞き及んでいないが、樋川の『捉えてしまえばなんとかなる』という思考から封印系か直接干渉系と判断し、

「先に行け、虎一!」
「え? ――――うわぁ!」

 乙葉は抱えていた幾島を思いきり前に突き飛ばし、その反動で急停止。
 幾島の悲鳴のような感情が伝わって来る――どうやら屋根から落ちている最中らしい――が彼とて銃器級、加えてそれなりに乙葉の無茶に付き合ってきた実績がある。
 幾ばくかの信頼を持って幾島の安否は意識から閉め出し、乙葉は全神経を完全回避へと注ぐ。

 頼るべきは視覚ではなく、相手の意識の流れ。

 上下左右から獲物を捕らえる顎の如く迫るそれは、しかし樋川の意志により制御された心器の紐。
 ならば自身を捉えるためにどう動くか――――迫り来る軌道も、そのタイミングも、答えは樋川の頭の中に全てある。
 樋川の思考と意志。それを捉えることで乙葉は攻撃を予測する。
 そこから導かれる最適な行動を、最適な回避を、最適なタイミングで行う。

 それは無音で行われる、紙一重という表現すら生ぬるい刹那の攻防――――







 グレイプニルが何も捉えることなく、縒り合わさって再び一本の紐となる。

「なっ――――!?」

 樋川は思わず驚愕の声を上げた。
 己の心器が包み込み、何者かがいたのなら間違いなく捉えたはずの空間に、何事もなかったかのように佇む人間を見て。

「…………何者だ?」

 足を止め、素早くグレイプニルを手元に引き戻しながら樋川は構える。
 視線の先にあるのは、幾島の能力範囲から外れ、その姿を晒した乙葉だ。
 しかし何より樋川を驚愕させたのは、隠されることなく乙葉の身体から放たれる魄冥波動。
 彼の上司には及ばずとも、自身より一回り上のそれを前に。
 約10メートル――――お互いその気になれば無にも等しい距離で、目元以外の全てを隠した乙葉と共鳴同化した樋川は対峙する。

 一瞬の沈黙。それを先に破ったのは乙葉だった。

「通りすがりの者……そう言えば見逃してくれるか?」
「無茶を言うな」

 間髪入れずに樋川は答える。そりゃそうだろう。

「戦う意志は無い、と言っても?」
「だったら身元と事情を聞かせてもらう。逃げたもう一人も含めて、ね」

 交渉決裂――――そんな呟きが樋川の耳に届く。

 もしここで、もう一つの肩書きである民警としての身分を明かせばこの場は収まるかも知れない。
 だがそうすると何故民警が警察からの要請も無しに動いたのかという話になるし、なにより幾島の存在も明かさなければいけない。
 おまけに遠方からは倉庫街へと向かってくるパトカーのものらしき赤色光とサイレン。
 自分のような能力者も存在する以上、乙葉の立場としては警察の人間相手だろうと顔を晒すわけにはいかないのだ。

 ――――もっとも、そんな事情は樋川が知る由もないわけで。

「それは出来ない。アイツは私が巻き込んだ一般人でね、キミ達に目を付けさせるわけにはいかない」

 だから乙葉のそんな言葉にも、樋川は頷くわけにはいかない。

「そうか……だがこっちも立場上、はいそうですかって見逃すわけにもいかなくてね」

 乙葉と樋川は同時に身構え、

戦いたくはない・・・・・・・んだ――――本当に」

 乙葉の呟きを聞いた樋川の身体から、戦意が剥がれ落ちていく。

「…………?」

 己の心情に樋川が訝しむ間もなく、乙葉が弾かれたように急接近。掌底の形にした右手を浅く引いた構えで突っ込んでくる。
 一瞬の逡巡の後、樋川は己の心を叱咤して――――次の瞬間、目の前には自分の姿があった。

「……………………は?」

 目の前の自分は構えていながらも唖然とした表情で、その姿からはどうしようもなく戦意というものが感じられなかった。
 そして自分も目の前の自分も動いていないのに、何故か視界に映る自分は大きくなっていき――――

 ガツン、と顎に掬い上げるような衝撃が走った。







「…………すまない」

 意識を失い、倒れかかってくる樋川を乙葉は抱き止める。

“共感”とは、感応系として使えば相手の感情や思考、五感を共有することの出来る能力だ。
 そして感応系の逆……干渉系として使用した場合は、自分の感情や五感を流し込むことで相手の行動を妨害、あるいは操作することすら可能となる。
 つまり樋川が感じた『戦いたくはない』という感情は、偽りのない乙葉の本心。
 感情を意志の力で塗りつぶすことに慣れていなければ致命的ともいえる隙を生むそれは、しかもそれだけに留まらない。
 後の世で、「舞台戦ステージプレイ」と称される法則。
 その戦いに対して積極的では無い者、後ろめたさを感じている者が陥る魂の減衰――――この場合は乙葉が陥っているそれに、無理矢理相手まで付き合わせてしまう。
 ある意味で魂の冒涜とさえいえる、技ともいえない何か。
 もっともこの法則はまだ解明されておらず、乙葉自身も相手の戦意を挫く、程度の認識でしか使っていないわけだが……

「テメェ……そいつに何をした」

 とっくに追いついていたのに、今まで手を出さずにいた上砂警部が声をかけてくる。
 口調こそ落ち着いているし、まだ表情も平静だが――――乙葉は静かに怒り狂うその心情を悟り、心の中で冷や汗を流す。

「……戦意を奪い、視覚を妨害して、脳震盪を起こす打撃を入れた。言い訳にもならないが……後遺症を残さず無力化させるには、それくらいしか手が無かった」

 そう言って乙葉は樋川をそっと足下に横たえてそのまま隣の倉庫へと飛び移り、樋川の元に降り立った上砂警部と距離を置く。

「言っておくが逃げるなよ。こいつが無事だろうとテメエが何者だろうと、この隙に逃げたりしやがったらぜってー殺すからな」

 ギロリ、と剣呑な目つきで放たれた言葉に、乙葉は小さく頷く。
 上砂警部は樋川の魄冥波動を確認し、瞳孔・脈拍もチェック。鼻を摘んで左右に引っ張り――――フガフガとかうめき声が聞こえる。いや、なんの意味が?

「ふん、どうやら本当みてーだな」
「私としては最後の行為が気になるのだが……」
「ついでだ、気にすんな」

 どういうついでなんだろう……探ろうとして乙葉は止めた。なんとなく無駄な気がするし。

「ヤツらの仲間には見えねえな……ボス連中を潰した匿名野郎の関係者か?」

 乙葉に向き直り、警部はそう問いかけてくる。

「いいや、その人物は私等にとっても完全なイレギュラーだ。そのせいで予定が狂い、貴女達に仕事を押しつけてしまった」

 もう一日、それどころかもう半時間どちらかの行動がずれていれば、この遭遇は無かっただろう。
 運命の女神とやらがいるのならば言ってやりたい、どうか余計なことをするなと。

「つまり、どっちかってーと俺らの側だと?」
「そうだ。私は貴女達が欲する情報はおそらく何も持っていないし、また交戦する意志もない」

 だからこれ以上構わないで欲しい、そう言外に匂わせる乙葉の言葉に、

「気にいらねえな」

 上砂警部はそう吐き捨てる。

「匿名野郎もテメェも、間違ったことやってないってんならもっと堂々としてろよ。コソコソしたり見つかった途端逃げ出したり、おまけに顔まで隠しやがって。実は後ろめたいことがあるんですって白状してるようなもんじゃねえか」

 どれほどその行いが正しかろうと、それは上砂警部の信念からすれば見過ごせない“悪”だ。

「そうだな、貴女の言っていることは正しい――――正論だ。理想とも言える。だが、正論や理想だけで回るほど、この世界は優しくない」
「馬鹿かテメェは。世界が優しくないってんなら力ずくでも優しくしてやりゃいいんだよ。俺らがな」

 辛辣とも傲慢ともとれる言葉を返され、しかし乙葉は眩しいものでも見たかのように目を細める。

 正義を信じ、常に自身が正しいと思える行為を行う上砂警部と。
 自身の目的の為に、悪を滅ぼすためなら自らも悪となることを躊躇わない乙葉。

 対極であり、それ故に乙葉は彼女を眩しいと思う。
 だが、

「平行線…………か」

 それと同時に、悟ってしまう。
 自分と彼女と、二人は敵対する関係にはならないだろう。
 時には轡を並べ、背を預け合うこともあるかもしれない。
 しかし例え道が交わることがあろうと、その信念はどこまで行っても交わることは無いのだと。

「そう言うな。話す時間ならたっぷり作ってやるから――――まずは樋川のカタキに一発ぶん殴らせろ」

 上砂警部はそう言って手にした金属バットを一振りするが、その本心は少し違う。
 それに乙葉は気付いた。気付いて――――――――口に出してしまった。

「そんな無茶な。いくら彼を抱き止めたのを怒っているから……って………………」

 ビシリ、とそんな音を立てて空気が凍り付く。
 ザ・ワールド。時よ止まれ。
 いやむしろ戻して。

「……………………誰が、なにに、怒ってるって?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、とかそんな音が聞こえる。

 地雷を踏んでしまったことに気付いた乙葉だが、時すでに遅し。






 八雲乙葉。
 最近はドジっ娘属性も確認されているお姉さん系ヒロインである。

































































「――――――――っだれがドジっ娘だ!!」
「んがぁっ!?」

 不愉快な幻聴が聞こえた気がして乙葉は跳ね起きる。
 と同時に額に鈍い衝撃が走り、目蓋の裏に星が散った。

「っつぅ……………………虎一?」

 ズキズキする額をさすりながら声のした方を見ると、やはり額を抑えた幾島が蹲っていた。
 廃墟か何かだろうか――――乙葉達がいるのは人気のない建物の中で、周辺の建物にも明かりはほとんど無い。

「あたた…………よ、よかった。気がついたんだな」
「あ、ああ……ここは? いやそれより、何故お前がいる。先に逃げなかったのか?」
「馬鹿言え、乙葉さんを置いて逃げられるわけがないだろ」

 そう言ってどこか誇らしげに胸を張る幾島を、

「…………この、大馬鹿者っ!」

 ガツン、と音がするくらい強くぶん殴る。

「ってぇー! なにすんだよ!?」
「現場では私の指示に従えと何度言わせるんだ! わざわざ足止めした意味が無いだろう!」

 だが――――と、乙葉の中で冷静な部分が声を上げる。

 意識を失う前の記憶が蘇る。
 激怒した上砂警部。
 いくら読もうと避けようのない、天を覆うような雷。
 直撃を受け、次いで起こった爆発で吹き飛ばされて倉庫から落下する自分。
 朦朧とした意識の中、自分を抱えて懸命に走る幾島の――――意外にも力強かったその両腕。

「……………………すまない。まずは礼が先だった。ありがとう虎一……おかげで助かった」
「あ、ああ…………いやその、俺の方こそ、言いつけ守らなくてゴメン」

 しばし気まずい沈黙が流れる。

「あの二人……乙葉さんの顔見知りなのか?」
「いや……噂は聞いているが、任務で一緒になったことはないな」

 民警は基本的に警察からの要請で動く。
 なので今までに会うことがあってもおかしくはなかったはずだが――――当人達を見てその機会が無かったことも納得できた。

「彼等は大抵のことは自分でなんとかしようとするタイプだ。あの性格と力量なら、民警に頼る必要などないのだろうな」
「確かにとんでもない連中だったな……特に巫女さんの方が」
「まったくだ……信じられるか? 彼がやられるまで放っておいたくせに、自分でもよく分かっていない嫉妬心と照れ隠しで相手を殺しかねない、むしろ殺すつもりの攻撃を仕掛けて来たんだぞ」
「うわぁ…………」

 上砂慶子警部。
 三十路巫女という稀少存在にして、作者公言のツンデレ女史である。

「さて、と――――」

 乙葉は座り込んだまま幾島に向き直る。
 正直に言えばこのままで救援を頼みたいところだったが……いくら『戦車が踏んでも壊れない』を謳い文句にしていようと所詮は精密機械。雷の直撃を受けた乙葉の通信機は当然のように壊れ、幾島が持っていた携帯も近くで起こった雷の影響でお亡くなりになっていた。
 静の“視る”心器でも、幾島がここまで逃げる際に能力を使っている以上、こちらを追い切れずピントが外れてしまっていることだろう。
 だとしたら、取れる手段はそう多くない。

「虎一……お前は先に行け」
「またそれかよ!?」

 まあ聞け、と乙葉は幾島をなだめ。

「ここは先程の倉庫街からそう離れていない、水羽市南区の廃棄地区……そうだな?」
「ああ、そうだけど……」
「ここは治安が悪い。いつまでも長居するのは危険だ」
「だからっ!」
「一人なら能力を使ってここから離れられるくらいは出来るだろう。なら、お前は署に行って団長かホロに事情を話すんだ」
「…………」
「ここに留まるのは得策ではないし、私が一緒に行くのはお前の足手まといになる」

 戦闘時ならまだ八雲の異能を振るうことが出来たのだろうが、今の乙葉ではそれすら難しい。

「身体を動かすのは正直きついが、能力の行使に影響は無い。むしろ今は手加減するのが難しいくらいだからな――――お前がいては、万一のとき無用な危険に晒してしまう」

 だから行け、と。
 その視線に押されたように渋々立ち上がった幾島に、

「念のために言うが、間違っても隠れて私を見守ろうなんて思うな。今度私の指示を無視したら……もう二度とお前には声をかけん」
「ああもう分かったよ! 分かったから――――絶対無事でいろよ!!」

 そう言って姿を消した幾島の気配が遠ざかるのを感じ、

「――――行って、くれたか……」

 糸が切れたように乙葉は起こしていた身体を投げ出す。

 白状してしまえば。
 服の下の乙葉の身体は、先程の一撃でかなり酷い状態になっていた。
 乙葉が纏う戦闘服は防弾・防刃効果に加え、ある程度の耐火・耐電効果を持つ優れ物だが、それとて限度はある。
 兵器級が本気で放った攻撃を和らげただけでも制作者は称賛されてしかるべきだろうが……ありていに言って、今の乙葉は行動不能一歩手前だった。

「おねーさん、おねーさん。怪我治そうか?」

 唐突に。
 気配も何も無く、いきなり頭上から声が聞こえた。

「――――っ!?」

 跳ね起き――――ようとして、思うように動かない身体は地面を無様に滑る。
 辛うじて顔をそちらに向けることに成功し、視界に映ったのは心の底から“心配”しているのがわかる顔をする青年。
 彼は屋根の上で、立位体前屈の姿勢でこちらの様子を心配そうに眺めていた。
 
「…………」

 その姿に軽く震えたことは秘密にしようと乙葉は思う。
 柔軟性に富んでいるというよりも富みすぎているその体勢。
 顔が足って言うか屋根の縁より下って……どんなお化けだ。

「えっと……大丈夫? 無理すると危ないんじゃない?」

 その原因が何を言う。
 と、怒鳴りつけたい気持ちを抑え、乙葉は眼前の相手の思考を読む。
 だが読めない。
 いや、読めないわけではない。だがこれは――――?

「キミは……? 医者には見えないが、何者だ?」

 今までに見てきた誰とも違う、その形容しがたい思考と感情。
 少しでも突破口になればとどうでもいい問いかけを口にし、頭の中では能力を研ぎ澄まして――――

「三雲武司です」
「……は?」
「困ってる人は助けろ、って翔也に言われてるんで」

 ぽかん、と。
 その思考を探ることも忘れ、乙葉は呆然と目の前の青年を見つめていた。










 それが、八雲乙葉と三雲武司の出会い。

 彼女は疫病神としてではなく。
 彼は人形としてではなく。

 死神が紡いだ縁を、竜使いと戦巫女が結んだ、それは奇妙な出会いだった。
















 なぎーさんに続きます。



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