そして気づけば、暗黒の中にいた。









 黒い――――黒い部屋、だった。
 部屋の中には椅子や、机や、棚、TVなどの家具がある。ある、はずだ。
 その全て――――黒すぎる。もはや視認さえ困難となるほどの、圧倒的な単一色。

 その昏すぎる部屋の真ん中に、緑色のランタンが、炯炯と光っていた。

「安心するといい」

 ぽつり。
 そんな呟きが、どこからか響いて、少女は怯えた。おもわずランタンに駆け寄ってそれを抱え上げ、四方に向けて声の主を探す。

「別に、俺は君を殺したいわけではないからな」

 ひ、と、少女の喉で悲鳴が潰れる。
 ランタンが照らし出した少女の容姿は、高校生かそのあたりだろう。

「どこにいる!」

 涙声の叫びが迸り、少女の傍らに2m近い異形の人影が現れた。

 スタンド、というらしい。超能力のようなもの、だそうだ。つい10分前に少女が語ったことを信じるなら、その異形が両手で殴りつけたものは、それがなんであれ「ズタズタに引き裂かれる」のだそうだ。

「怯えなくてもいい」

 そのことを思い出し、いっそ優しげな声で、『彼』は呟く。怯える少女を舐めるように観察しながら。

「俺は君を殺したいわけではない。君の素性や、君たちの目的や、君の言うところのスタンドとやらがなんなのか、それが知りたいわけでもない。ただ――――」

 ぬら、と。
 怯える少女の真後ろで、ランタンの光を反射し、白刃が嗤った。

「君に生き地獄を味合わせたいだけだから」

 優しく抱きしめるように――――彼は少女の両目を、刃で舐めた。




 一拍――――




 ――――そして絶叫。

「両手と両足を切り落として」

 少女の傍らで台風のように暴れだしたスタンドの拳足を無視し、少女の手足を言った通りにしてやる。

「ひきィィィィィィィ! あぃ、ああああああああああああああああああああああああ」

 当然の帰結として少女は転倒する。
 可能である動作をすべてやる、といった感じで、「先」を失った手足をむちゃくちゃにバタつかせて、少女は絶叫する

「両目を潰して、鼻を殺いで、耳を千切り、歯を抜いて、顔を焼いて、喉を潰し、皮を剥いで――――」

 呟きながら、暴れる少女の傍にしゃがみこみ、彼は優しげに呟いた

「そして手当てする」

 少女の動きが止まり――――

「決して死なないように」

 ――――震えだす

「怯えなくてもいい。君は助かるよ」

 ああ。
 溜息のような声が、少女から漏れる。

「俺は君を殺したいわけではない。君の素性や、君たちの目的や、君の言うところのスタンドとやらがなんなのか、それが知りたいわけでもない。ただ――――」
「ああ、あー、あああー、アー」




 ――――ただ、君がどうか話させてください、というなら、考えなくもないが?


























 ――――楽に殺してやった。甘かったかもしれない。

「まあいい」

 彼女の上役で「続き」をすればいいだけだ。
 東京へ向かう新幹線の中で、窓の外を眺めながらそんなことを呟く。

 途中通過した駅で買った駅弁を取り出して、ふと、パッケージに目が留まる

『経済特区記念弁当』

「……」

 視線をずらし、値札の¥2000を生ぬるい目で見る。
 溜息ひとつ。ビニールを破いて中を見てみても、フツーの中身だった。

 納得いかない表情で甘すぎる気がする出し巻き卵をつつきつつ、彼は考えをめぐらす。

 ――――経済特区

 正式名称は東京都経済特別なんちゃらとか言うらしいが、誰もそんな風には呼ばない。

 メガフロート。
 あるいは、ネオクーロン。

 北海道のインジウム鉱山の第二次大規模採掘と、メタンハイドレート層の発見に伴う政治的なアレコレとか他複数の要素でできた、と友人は言っていたものの、その二つをどう混ぜればあんな馬鹿げた代物を作ろうという話になるのか、彼にはさっぱり理解できない。

 理解できないが、先ほど買った2015年版の地図の中で、東京湾の代わりに乗っかっているメガフロートには日本政府の思惑通り数え切れないほどの外資系企業が誘致され、莫大な利益を生んでいるらしい。

 よく解らんが日本人調子乗りすぎ、という感想はさておき、それが彼の目指す場所だった。

(…………)

 彼は箸を加えたまま、足元のリュックから小さなメモ帳を取り出し、パラパラとめくる。

・スタンドとは、生命エネルギーが作り出すパワーある像
・スタンドは一人につき一体
・スタンドを見ることができるのはスタンド使いだけ
・スタンドに触る事が出来るのはスタンドだけ
・スタンドは本体の意思によって動く
・スタンドが傷つけば本体も傷つく
・本体から離れて行動できる距離に限界がある ……
・スタンドは一部の人間のみが持つ(生まれつき、遺伝、『矢』他)

「矢……か」

 一人ごちる。彼は自らのスタンドのルーツを、「生まれつき」だと推測している。親族にスタンド使いがいたならば、相当早い段階でその存在を教えられていたはずだし、矢なるものに刺された覚えもないからだ。もっとも、少女のいう「矢」が矢の外見をしていないなら話は別だが……

「ま、それはいい」

 ページをめくる。

・近距離パワー型
 本体から遠く離れることはできないが、力や速度に優れる。このタイプは殆どの場合銃弾程度なら叩き落とせる。また、中には鋼鉄を曲げるほどのパワーを持つスタンドもいるらしい

・遠隔操作型
 本体からの射程距離は長いが、力は弱い。また遠くまで行けるが、本体の近くにいなければ強いパワーを出せない、遠距離でも特定の条件下で強いパワーを発揮できる場合がある

・遠隔自動操縦型
 長射程をもち、本体との距離に関係なく強力。さらに、スタンドへのダメージが本体へ影響しない場合が多い。上の遠隔操作型と重複することもある。欠点としては、一定の規則や条件によってしか行動できないため、攻撃は大味で単調になる。

「俺の場合は遠隔操作型か。自動操縦も出来るのかもしれないが……要検証だな」

 ページをめくる

・『ビューティフル・ワールド』
・組織規模不明。最終的な目的不明。
・現在「スタンド使いをメガフロートに集める」べく行動中
・彼女の目的は『俺』をメガフロートへ連れて行くこと
・そのための手段の一つとして、『人質』をとること。
・彼女への支持はインターネットを介して行われ、顔を知っているのは数人
・その「数人」の外見特徴、組織内の役割、そしてスタンド能力の内容は別記

(美由希……)

 人質、と書かれた部分を指でなぞり、彼の顔が曇る。
 地面に転がっていたもの。少女が踏みつけていたもの。







 ――――左腕。






「皆殺しだ」

 途方も無く重い声を落として、彼はひとまず、思考を先へ進める。

(彼女は最初から『俺』がスタンド使いだと知っていた。『使っているところを偶然見られた』という可能性が皆無とは言わないが……)

 それはない、だろう。なぜなら彼は己のスタンドに興味がなく、むしろ忌み嫌っていたとさえ言えるのだから。彼はその能力を自覚してから、最低限の現状把握のための十数回を除いて、もう三年近く使用していなかったのだ。

(そもそも『集めよう』というんだ。スタンド使いを見つけ出すスタンドがある、と考えたほうがいいな)

 それを含めて行動しよう。
 彼は一つ頷き、メモをめくる。




・2015年12月24日
・ホテル リッツ メガフロート

 それが、もはや永遠に物言わぬ彼女が、懐に呑んでいた招待状の内容であり――――































 現代の九龍半島、ネオクーロンで吹き荒れる嵐の前触れであった。


































スタンド:『クイルズ』
本体:香坂奈央
『再起不能』











スタンド:『 』
本体:高町恭也
状態:無傷。新幹線で移動中(12月15日午後)

思考1:スタンドは『ジョー・ブラック』と名づけよう
思考2:スタンド使いではない上におそらく重症である美由希が心配
思考3:『ビューティフル・ワールド』は皆殺しだ