そこに、死が渦巻いていた。
何故って、そこに久瀬真冬と川澄舞、倉田佐祐理が居たから。
この三人が一同に集う事は、彼らの確執上有り得ない事だったし、彼女らの性格上、話しかける事など皆無。
では、何故、そこに三人がいるか。
理由は単純明快だが、有り得ない。
まさか。
あの、あの久瀬真冬から。
「――――――川澄舞、倉田佐祐理」
まるでそこに居るのが当然のように、その二人に声を掛けるのが必然のように、久瀬真冬は温度のない声で、二人に声を掛けた。
その時点で周囲の大学生や教師が、その他もろもろが死を受け入れる準備を行い―――――具体的には天を仰いだり、知人の不動明王に後を看取ってもらおうと電話をしたり、遺書を書いたり、恋人にメールを送ったりと様々―――――三人に、注目した。
「何の用…………」
「………………っ」
川澄舞の手にはテスタメント。
倉田佐祐理の手には名も無きナイフ。
そして、殺意と力の奔流。
川澄舞の、久瀬真冬に対する感情はそれしかなく。それ以外に有り得ず。
隙あらばその首を取って見せようと、硬く握り締められたテスタメントが唸り、彼女が扱う、彼女しか扱えない剣技――――七星剣――――は、いつでも彼を殺そうと、悦んでいる。
倉田佐祐理の久瀬真冬に対する感情はそれだけだ。
舞の後方に位置取り、その短刀を右手に持ち、前衛である舞の援護をできるように知恵を働かせ、真冬の行動次第でどうにでもなれるように準備をする。仮にも常識人の彼女だが、しかし久瀬真冬が関わるとその言葉は吹っ飛び、ただの復讐鬼となる。
それ故に。
久瀬真冬にだけ向けられたその殺意だが、それでも僅かに漏れ―――――それを浴びた可哀想な犠牲者1が笑顔で昏倒し、それに釣られた犠牲者2が昏倒し、周囲の奴らは諦めた。―――――ああ、俺たちここで死ぬんだなぁ。
「ふん……」
鼻を鳴らし、その奔流を軽く受け流す真冬。
そして、口を開いた。
白昼堂々と。
天下の往来で。
全ての環境を無視し、久瀬真冬は二人に言った。
「川澄舞、倉田佐祐理。――――僕とデートしてもらおうか」
「「………………はい?」」
その言葉に、みなを守ろうとダッシュで駆けつけた斉藤辰巳がヘットスライディングで三人の横を滑りぬけていったが、まあ些細な事であった。
パラレル・パラドックス異聞〜Eli,Eli,lema
sabachthani、斉藤辰巳の呟きだけど、流派が違うみたいな?〜
それは、いつもの事といえばいつもの事だった。
死に逝く者たちへの最後の手向け―――――ラストオーダー。
久瀬真冬は、いつものように毅然とした無表情でそこに立って、彼の手向けの花を聞いていた。
「――――――」
久瀬真冬にしか聞き取れない、久瀬真冬しか聞くものがいないその言葉を聞き、
初めて、久瀬真冬は顔を顰める。―――――ラストオーダーで。
「すまないが、もう一度言ってくれないか?」
ラストデイズ、ではなく、ラストオーダーとその名前を変更してから、初めて真冬は“死者”に対して、聞きなおした。
“彼”は、苦笑した様子を見せながら、もう一度真冬に言う。――――親愛と敬愛を込めて。
「―――――――――――」
聞き違いではなかったようだ、と珍しく動揺した様子で―――――それでも彼を知らない人からすれば、動揺していることなど見て取れないが―――――額に一筋汗を浮かべ、耳の中をご丁寧に譲り受けた心器で掃除して、首を左右に振り、もう一度尋ねる。
“彼”は大爆笑していた。
恐らくは、生涯最後にして最高の笑顔を。
一息吐く。
ようやく脳にその言葉が届き、承諾され、理解され――――――
そして、この夜、最後の言葉を残す。
「―――――――ラストオーダーは、確かに受け取った」
ちょっぴり後悔しつつも。
二人にあの言葉を言った後、真冬は午後の講義を自主休講した。―――――理由、不機嫌極まりなかったから。
帰宅。
倉田家には及ばないが、だが一般家庭の十数倍はあろうな自宅の門を潜った。
当然といえば当然だが、門を潜っただけで家に入れるわけではなく、真冬は左右対称に作られた中庭を通り、今度は屋敷の扉を開ける。
「お、おかえりなさいませぇぇっ!?」
―――――そして、メイド服を着た君影小夜子が出迎えの言葉を最後まで言うことなく、ずっこけた。
すぐに、まずいと思ったのだろう――――というかまずいのだが――――すぐさま立ち上がろうとして、服の裾を踏み、またずっこける。その痛みと、やらかした失敗に思わず瞳を潤ませ、所謂半泣きの状態でを自分を見上げながら、何か言おうとしていたが――――――
「―――――劣等が」
「ひぅぅぅ!?」
一蹴する。
気弱な小動物か貴様は、とは口に出さずに置いたが、偽身能力者特有の精神波で叩き付けてやる。そっちの方が効くから、というわけではないが、余り口に出して小夜子を罵倒すると、彼女を庇護する他のメイドたちが鬱陶しいので、そうしたまでだった。
「愚図が」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
虫を見るような目で睨み、真冬はそのまま自室へ続く屋敷の中央の階段を上る。目的地は自分の部屋だ。身体を覆う脱力感が歩みを僅かに遅くしたが、真冬はそれを鼻息を鳴らす事で払拭し、部屋に辿り着き―――――部屋に入るのを見ていたかのように、電話が鳴った。
真冬にとっては唯一といっていいだろう、専用の着信音(といっても、着信音2という程度だ)が響く事で真冬は出るまでもなく、誰から掛かってきたかを理解し、更にはその彼の用件を把握する。把握し、僅かに苛立つがそれでも出ないわけにはいかないだろうということで、電話を取り出し、出る。
「うははははは」
切った。
目障りかつ喧しい嘲笑(真冬の感覚で)が耳朶を反響するだけに留まらず、部屋に響き渡った。
苛立ちを消失させ、明日の事を考えようとベッドへと寝そべり、再び専用の着信音が鳴った。仕方ないので律儀に出てみる。
「き、聞いたぞひゃははっは、お前ふははは、あの二人にデート申し込んだあっはははっははっははっははははっは」
「喧しい」
「斉藤が顔に擦り傷したまま相談しにきたぞうははははは」
「笑うか死ぬかどちらにしろ」
「いい後輩を持ったなくくくくくくくくくくくくうはうあっはうはうははうはうはうhづあbvぢがいうvはお」
「言語を話せアンテナ猿」
北川潤。
それが電話の相手であった。
悪友にして親友(とは認めてはいないが)の笑い声に、真冬は青筋を僅かに浮かべながら怒気の混じる声で言い放つ。
「くくくくく」
鬱陶しいので切ろう。真冬はそう思い行動に移し、すぐさま電話が鳴る。電源を切る間もなかった。
僅かに殺気を生み出しながら、もう一度電話に出る。笑い声しか聞こえてこなかった。
小さく深呼吸をする。北川は笑っていた。
もう一度深呼吸をする。―――――今度は深く、大きく息を吸い込み、表情を変えぬまま殺気だけを纏い、
「黙れ!」
叫ぶ。廊下からびたん、と誰かがずっこける音が聞こえた。
誰が転んだかなど、ドアを開けなくてもわかる。―――――小夜子だった。
「――――劣等がっ!」
苛立ちに身を任せてもう一度叫ぶ。余計に苛立つ気持ちが上がり、思わず携帯電話を握り締め、
「相沢とかにも知らせてや―――――」
ばきん。
力を入れすぎて携帯を粉砕してしまった。
……………………。
ドアを開ける。
「ひぅぅぅぅ!?」
断末魔の表情とでも言うのだろうか、それぐらいに悲惨な顔をした小夜子が涙目で床にコーヒーをぶちまけ、グラスを割り、カーペットを使い物にならなくしていた。
結構な値段がするだろうに。
それをわかっているのだろう、小夜子の表情は絶望を累乗しても足りないぐらいな哀れな目を―――――
「…………愚図が」
真冬は一言そう呟き、ドアを閉める。
小夜子の断末魔の声が聞こえてきたが、真冬の怒りを紛らわせるには全く意味が無く、むしろ倍増させるぐらいにしか効果が無かった。
「“独裁者”」
心器の名を口に出し、真冬はその能力を行使して外界から情報を全てにおいて“却下”する。
今、この部屋に存在するのは自身が持つ少ない調度品と、彼自身しか有り得ない。
無残に壊れた携帯電話と。
「………………」
着ていたコートの内ポケットから一つ煙草を取り出し、火を付け――――――思い切り吸い込む。
胸に満たされていく有害な煙が僅かに心地よく、真冬の感情の荒立ちを抑えるのに一役買った。そして、もう一息吸い込み、今さっきの分を含めて一気に吐き出した。紫煙が呼吸器から排出される。その煙をぼんやりと眺めながら、真冬は“彼”の四つ目の言葉を思い出す。
“川澄先輩と、倉田佐祐理先輩と、お幸せに”
余計なお世話だ、とも、勘違いするな、とも真冬は“彼”に言わなかった。―――――言う必要がなかったから。
死国へ旅立つものへ何を言っても、もう意味の無い事だと何度も繰り返した光景の中で理解しているから。真冬は、“彼ら”に対して何を言う事もない。わざわざ、彼らの真実を曲げる事も無い。それが真実であろうと無かろうと。
「“愛子”」
昨夜の“彼”の式神を呼び出す。その式神の名前は“彼”が好きなアーティストの名前からもじって名付けたものだ。生憎と、そのアーティストとは性別が違うのだが、それは宿主である“彼”の性別上仕方の無い事で―――――どうしようもない。
だけども彼は一度も、式神の性別がそのアーティストと異なる事を不服とした事も無い。むしろ、誇りに思っていたぐらいだ。
―――――森 優希。
最終位階はC+。精々突出した一般人、というのが世間の評判で、人が良すぎる、というのが彼の友人たちの評判だった。
名前は女性のような字をしているが、しかし“彼”の信念は男のように、強く逞し―――――かった。
“人々に優しく希望を照らす。”
それが、彼の夢だった。
そして、それが真冬にも遺された。
お節介だとは言わない。―――――それが彼の魂の欠片なのだから。
余計なお世話だとは言わせない。―――――“死者”を貶すことは赦さない。
『久瀬さん、本当にありがとうございます』
「気にするな。君が気にする事ではない。それが僕の――――――」
真冬は最後まで言わずに煙草の火を消す。
“愛子”は何も言わずにただ微笑んでいた。
翌日。
デートだというのに服装にも格好にも気を使わずに、いつもの私服で出かけた真冬は待ち合わせ場所である、水羽駅前の噴水の前のベンチで座っていた。
ふと煙草に手をやろうとして止める。ふと疑問に思ったのだ“あの二人は、煙草は苦手だったか”と。
一秒にも満たない思考の後、真冬は結局煙草に火をつける。どうせ意味の無い事だからだ。
相手の思考が何であれ、相手の嗜好が何であれ、真冬には意味を成さない。―――――興味が無いからだ。
相手の事を慮ることなど無い、それが生者である限り。それが真冬の基本だ。
だから。真冬は気にしない。
「「……………………」」
機能性と耐久性において富んだ服装で、こちらを殺そうとしている二人が目の前に立っていても。
公衆の面前であるからか、流石に魄啓力は抑えているがそれでも押えきれない殺気。空気が歪むかのようなその殺気を受けながらも、真冬は意に介さないとばかりに無視し、二人の服装を観察し、感想を言う。
「センスが無いな」
確かに、とは誰も頷かなかった。
その代わりに、呆けた二人の表情がそこにあった。
更に、「知恵の無い猿どもに期待する事ではなかったな」、と続ける。とたんに二人は改めて事態を認識し、確認し――――――赤面する。
それが怒りの所為なのか、恥ずかしさの所為なのかはわからない。わからないが、舞と佐祐理の顔は赤く染まっていた。
そして、真冬は続けた。
「生憎と、僕はデートは遥か昔にしたことがあるだけだが。それでもこちらから誘ったんだ。―――――精々楽しめ」
狂的な笑みを浮かべて。
そこから結構離れた位置にあるデパートの屋上に、兵器級三人、大達人一人が三人の様子を眺めていた。
「アイツ、テンパってやがるくかうあくあくくかくくあ」
「せめて人間らしい笑い方をするべきだと思う」
腹抱えてアホ笑いしているのが北川潤。
それを諌めるのは斉藤辰巳。
「…………」
「相沢君は結構複雑な顔してるのね」
「なんだよ」
「言葉通りよ」
“それ”を眺めながら複雑な表情をしているのは相沢祐一。
祐一を観察して口に出したのは美坂香里。
なんていうか、絶好調尾行中の四人であった。