聡美さんの幸福論
 #1 予定調和の美学




 Cast

 鷺乃宮聡美 八歳。御嬢様。
 日比野良文 八歳。暢気屋。
 火野本桂介 八歳。野蛮人。
 左木里雛菊 八歳。愉快犯。

 鷺乃宮宗吾 父親。
 鷺乃宮秀治 祖父。
 執事    女性。秘書でもメイドでもない。

 海の家のおっさん 伝統の味を守り続けて10年。

















 さて、鷺乃宮聡美、8歳の夏である。

「聡美」
「なんですか、お父様」
「まとまった休暇が取れたから、旅行へ行こう。そうだな、カリブ海でも見に行くか」
「いえ、私は…………」
「お前はなんだか消極的な面があるな。何事も経験だぞ」
「一理あります。解りました、行きましょう」
「お前のドレスを新調しよう。涼やかな色合いのものがいいな」
「お任せいたします」






「素晴らしい景色だ。そうは思わんか? 聡美」
「同意します」

「うむ、実に美味だな。シェフの技巧が際立つ一品だ」
「同感です」

「ほう、これはいい。どうだ聡美。お前もそろそろ着飾るということを覚え始めても良い」
「そうですね…………では」

「やはり文化とは直に触れたほうが良い。伝聞では感動が薄れる」
「全くですね」






「やれやれ、楽しかったが、少々疲れたな。今日はゆっくり休むとしよう」
「はい」







「あの旅行からもう三日か。まだ少し時差惚けが残っているな」
「ご無理はなさらないようにお願いします、お父様」
「お食事中申し訳ございません。お嬢様、少々よろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です。なんでしょうか」
「ヒビノヨシフミと名乗られた方からお電話が入っているのですが」
「ああ、良文は私の学友です。出ましょう」

「もしもし、鷺乃宮聡美です」
『あ、聡美ちゃんー?』
「はい。なにか御用でしょうか、良文」
『うん、明日ねー。僕と桂介と雛菊ちゃん、一緒に海にいくんだけど、聡美ちゃんもどうー?』
「そうですね…………」
『きっと楽しいよー』
「何事も経験ですね。わかりました。ご一緒させていただきます」











「うわー、凄い人だねー」
「芋荒いってやつだな」
「…………ある意味、素晴らしい景色ですね」
「ま、海は景色みて和むもんじゃない。年寄りでもあるまいにな。泳ごう泳ごう」
「泳ぐ……?」
「じゃー着替えようかー」
「着替え……?」
「んだよギミヤ。水着忘れてきたのか?」
「誰がギミヤですかこの愚民」
「えーっと、確か…………あああったあった。あそこで売ってるから買ってしまおう」
「…………まあ、お任せいたします」


「むう…………競泳水着とは大分違うのですね。どういった機能を狙った部位なのでしょうか、このフリルは」
「んー? さあー?」
「はっはァ。それにしてもすげえ人。ゾンビみてえ」
「ヤなことをいう…………まあ泳ごう」
「解りました」
「競争しようぜ競争! あっちの堤防からあのテトラポッドまでな!」
「いえ……せっかくなのでゆっくr」
「駄目だよー。聡美ちゃん、あんまり泳ぎ得意じゃないんだからー」
「むっ…………それは誤解です良文。けして水泳が苦手なわけではありません」
「そうなのー?」
「んじゃ問題ねえんだな?」
「受けて立ちましょう。いざ勝負とならば鷺乃宮に後退はありません」
「わかったー。じゃーいちについてー」






「っしゃあっ! 当然だぜっ」
「わーい、2位ー」
「体力値カンストなケイはいいとして…………日比野が2位というのはなんか納得いかないな…………」
「…………こんな馬鹿な…………いえ、結果は結果。敗北を認めぬほど私は狭量ではありません」
「うんー。次で勝てばいいよー」
「ええっ! 特訓です!」
「はっはァ。いつでも受けてたつぜギミヤ」
「まあ、一度休憩を入れようか。ちょうどいいし、あそこの海の家で昼を食べよう」








「去年と変わらず、もはやスープ級に水っぽいこのカレー」
「去年と変わらず、色水程度に味薄いこのカキ氷」
「去年と変わらず、麺というより焦げなこの焼きそばー」
『うん、やっぱ今年もマズかった!』

「じーん…………夏はまずこれやらねえとな」
「全くだ」
「鉄板だねー」
「…………なにが貴方たちをそれほどに駆り立てるのですか」
「ちっちっち。解ってねえなギミヤ」
「疫病にかかりなさい愚民」
「これが海の家の楽しみかただよ、聡美」
「悪しき習慣でしょうどう考えても」
「まあまあ、聡美ちゃんもやってみたらー?」
「…………まあ、何事も経験ですしね。どれがいいでしょうか、良文」
「どれも不味いから大丈夫ー」
「…………まあいいです。では店主、イチゴ味のカキ氷を一つ所望します」
「あいよっ。…………おおおおおおおおおお!」
「うわあー」
「大回転大回転あっはっは」
「うんうん、海の家の売り子はこうじゃなきゃな」
「ちょっ、店主、少し落ち着きなさい! 倒れますよ!?」
「へいおまちっ! …………ぜえはあぜえはあ」
「はあ。…………では失礼して…………ヴ」
「どうー?」
「味がしません…………」
「どうだい? 凄くがっかりだろう、聡美」
「本当ですよ…………」
「まあ来年以降は逆にホッとするぜ。ああ今年もやっぱりマズいって」
「意味不明です…………」
「今に解るよー」








「じゃあ気をとりなおしてー」
「スイカ割りだぜ!」
「はいじゃあトップバッター聡美」
「わ、私ですか…………解りました、最善を尽くしましょう」
「じゃあ目隠しー」
「わ、わっ」
「んでブン回す!」
「わわわわわわわわわわわ――――回しすぎです愚民っ!」
「聡美ー。スイカ逆、逆」
「こ、こちらですか」
「ちょっと右ー」
「えと」
「あ、行きすぎだぜギミヤ。二歩ぐらい左」
「こ、こうですか」
「そうそう、んで左足上げて」
「右足の横に下ろしてー」「風をイメージしつつターン」「軽やかに跳んで」「三三七拍子でー」「虎のように伏せろ」「窓ガラスを拭くときの動きだよ」
「こう、こう、こう、こう、こうで――――こう! どうですか!?」
「うん、面白い踊りだけど早くスイカ割ってー」
「はっはァ。どうですかもなにも何がァ?」
「やれやれ、ガッカリだよ聡美」
「あ、あ、あ――――貴方たちィィィィィィィィ!!」










「さて、超正義☆俺様マンのフナムシバズーカによって悪は断たれたわけだが」
「覚えてなさいよ愚民…………」
「なんだかんだでもう夕方だねー。そろそろ帰ろっかー」
「うん。ゴミはちゃんと拾っていこう」




























「はあ、なんだかやけに疲れました…………」
「帰ったのかい、聡美」
「これはお爺様。ただいま帰りました」
「うむ。――――ああ、聡美や、少々質問していいかな?」
「なんでしょうか?」
「小学校の方はどうだい? 今日も親しい友人と出かけていたようだが」
「…………毎日が嵐のようですよ。夏休みで多少静かになると思っていましたが…………彼らにとっては逆だったようで。今日も――――」




「――――なるほど。それは大変な一日だったな」
「そうなんですよ。火野本君はひたすら野蛮人だし、左木里さんはひたすら愉快犯だし、良文はひたすら暢気屋だしで」
「そうか……楽しかったかい?」
「…………一概にはどうとも。…………長話になりましたね。それではまた夕食時に」










「“一概にはどうとも”…………ふむ。今日一日で大分焼けたな。先日、宗吾が連れて行ったというカリブ海はいい体験でしたの一言だった。…………ふむ、ふむ。宗吾は反対したが、やはり市井の学校へ行かせて正解のようだ」




















→ #2「今是昨非の模索」