任意後見制度の説明と手続の流れ
1、まずご相談ください。(相談料は無料です。)
2、契約の当事者(本人と後見人)が契約書案を作成します。ひな形はありますのでそれに沿って、「はい」か「いいえ」で答えてくださればそれほど難しくありません。
3、 その後、後見人(行政書士)が、契約書案を持って公証役場に行き公証人と内容の打ち合わせをします。
4、契約書案を公証人と打ち合わせた後は、実際に公証人の前で契約を結びます。(手数料は15000円から30000円程度)このときには基本的に依頼者(ご本人)が公証人に会っていただく必要があります。
病気や事故等で公証役場に行けない場合は、公証人に出張をお願いできます。(この場合手数料は1,5倍になります。)
5、公証人は依頼人の判断能力を確認します。必要なら診断書を提出を求めます。
6、公証人は任意後見人の適格性を審査します。
7、公証人から依頼人に任意後見制度についての説明があります。
8、依頼人と任意後見人が公証人の前で契約内容を述べます。
9、公証人は聞いた内容を証書にして依頼人と任意後見人に読ませ、その承認を得ます。
10、公証人と依頼人、任意後見人が証書に署名捺印します。
11、署名捺印された証書(公正証書)は原本が公証役場に保管されます。正本と謄本は依頼人と任意後見人が保管します。
12、公証人は公正証書を作成したことを登記所に知らせ、登記してもらいます。(任意後見契約は戸籍に記載されることはありません。)
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任意後見契約を結ぶまでの流れを詳しく書きましたが、時間はそれほどかかりません。依頼される方が、ご自分の財産の状況を把握し、今後自分がどのように生きていきたいのかという希望がはっきりしていれば1週間程度で手続は完了します。公証役場での時間も長くても2時間程度です。
ただ、そこまではっきりとしたプランを持っておられない場合、過去の事例等も交えてゆっくりとご相談に応じますのでその点もご安心ください。
年をとってくると,たとえ,いくらお金を持っていても,自分のお金であって自分で使えない,自分で自分に関することが処理できないという事態が起き得ます。任意後見制度とは、そのようなことを防ぐため,自分の判断能力が低下した場合に備えて,あらかじめ,自分がもしそういう状態になったときに,自分に代わって,財産を管理してもらったり,必要な契約締結等を代理でしてもらうこと等を,自分の信頼できる人に頼んでおく制度です。すべてその人(「任意後見人」と言います。)にしてもらえるわけで,依頼された方は、安心して老後を迎えることができます。
このように,自分が元気なうちに,自分が信頼できる人を見つけて,その人との間で,もし自分の判断能力が衰えてきた場合には,自分に代わって,自分の財産を管理したり,必要な契約締結等をしてほしいと頼み、これを引き受けてもらう契約を,任意後見契約といいます。契約書は公証人に公正証書で作ってもらいます。(下に続きます)
事例@ 私の経験ですが末期の耐性結核を患っておられたSさんという40代の女性の後見人をしました。Sさんの場合、判断能力は最後までほとんど衰えることがなかったので、委任契約を使って財産管理と、療養看護をしました。委任契約に関してはこちら。
私が後見人をした期間の半分は病院で、残りの半分は自宅で過ごされました。本当はずっと入院していることが必要な容態でしたが、在宅での生活を強く希望されたため、医師と協力して態勢づくりを進めました。
まず、家事援助や身体介助が必要でしたが、介護事業者は、無理もないのですが感染を恐れて協力してもらえませんでした。それで、家政婦紹介所に頼んで来てもらいました。さらに、階段を登れないのでリフトを付けたり様々な工夫をしました。
また、在宅が限界になり再入院が必要になった時は、とても寂しがられるので兵庫県宝塚市から、病院のある大阪府羽曳野市まで週に何度か通いました。私が面会に行く時はいつも頼まれた食べ物をお土産に持って行きました。それがささやかな楽しみだったのです。
家で過ごされていても、入院されていても必要な支払いはSさんの財産を預かってすべて私がしていました。また、結核は保健所や市役所の障害福祉課等との連携が必要でしたので、そうした手続きもしました。
そして最後の看取りも私が行いました。近くに住んでおられた親族の方は病弱でしたし、他の親族とは折り合いが悪かったからです。その後葬儀社を頼み、遺言執行者に指定されていたので遺産の相続手続きをし、遺品の整理まですべて行いました。
結核の感染の可能性があったので面会するときは、いつもN95という高性能のマスクをしていました。そうした面もあり大変な仕事でしたが、「この仕事を引き受けて、Sさんのことを思いやりながら果たせるのは自分しかいない」という責任感があったので、なんとか後見人の職務を全うできたと思います。
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事例A もう一人の方の事例も紹介したいと思います。Yさんという方でとても善良な優しい60代の女性でした。Yさんの場合も判断能力は最後までほとんど衰えることがなかったので、委任契約を使って財産管理と、療養看護をしました。委任契約に関してはこちら。
ほぼ7年間にわたって後見人をしたのですが、Yさんは病弱な方でしたのでよく病院に一緒に通いました。耳が遠いので主治医の話を聞いて、それをYさんに伝えるといったこともしました。また、毎年1回程度心臓の病気や肺炎等で入院されたので、その際の保証人になったり、医師の説明を一緒に受けたり、週に何度かお見舞いに行ったりしました。
Yさんは最後までヘルパーさんの援助を受けながら一人暮らしをされていたのですが、亡くなられる前の2年ほどはショートスティも利用されていました。月に4日から8日程度でしたが、その間もショートスティをされている施設に顔を出して職員さんと顔見知りになり、どんなお世話を受けておられるかを見守りました。
また、ご親族が亡くなった時は葬儀にお連れしたり、一度は遺骨を和歌山県の田辺市まで持って行かれるのに、運転手をしたこともあります。
そして、Yさんの趣味は喫茶店でお茶をすることでした。これにもよく付き合いました。午前中に病院に行き、昼食を一緒に食べ、百貨店で買い物をし、喫茶店によって帰る、ということをよくしました。
財産管理は私がしていたのですが、日常に必要なお金はYさんにお渡ししていました。その中から、買い物をされたり、私にお茶をおごってくださったりしたのです。
後見人というとお金の管理がどうしても強調されてしまいます。しかし私がYさんとしたように、共に時間を過ごすということもとても大切なことだと私は考えています。確かにYさんと過ごす時間のために断らなければならなかった仕事もありました。でも、共に時間を過ごすことを喜んでくださる依頼者がおられて、一定の報酬も払ってくださるなら、喜んでそうしたいと思うのです。
Yさんは肺炎で亡くなられたのですが、やはり看取りは私がしました。従妹さんたちに保険金の形で財産を残され、残りは公的な団体に遺言により寄付されました。私は遺言執行者にも指定されていたので、こうした手続きすべてを行い、遺品の整理等も行いました。
本当に家族のようにお付き合いしたので、今でもYさんのことを思い出し寂しい気持ちになることがあります。でも後見人として最後までお世話できたことには満足しています。(下に続きます)